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102 前触れ


 百二話  前触れ



 言い合いしているヤンキー女子三人をオレが助けると勘違いした石井さんが、期待の眼差しを向けてきてはいるが……すまないな。 オレはそこまでお人好しじゃないんだ。

 下手に出たらオレが標的にされてしまう。 そんな馬鹿げた話はないだろう。



「加藤くん」


「じゃあ石井さん、オレお腹痛いからこれで」


「えっ」



 石井さんからの好感度が下がるのを承知で隣を通り過ぎる。

 しかしその瞬間、何故だろう……今までよりも格段に心が弱くなった、聖・進藤さんがオレの脳裏をよぎった。



 まさかだけど……あの言い合いがトリガーとなって、また闇・進藤さんが出てくるなんて可能性は……



「あるかもしれない」



 オレの思わず口にした独り言に、石井さんが振り返りながら反応する。



「か、加藤くん? いきなりどうしたの?」


「石井さん、ちょっとここから離れてくれる?」


「離れ……う、うん。 分かった」



 石井さんは嬉しそうに微笑むと、小走りでそこから退避。

 その後オレは、再び中庭の近くへと向かった。

 


「またあの闇・進藤さんに出てこられたら、面倒だからな」



 オレはその場で小さく発声練習。 普段とは違う野太い声を作り、中庭まで聞こえるような声量で、誰かに電話をしている生徒の演技を試みた。



「あーそうそう、中庭に、女子相手にみっともなくキレてる男どもいるから、その近くにいるおー!!」



「「!!!」」



 オレの声にヤンキー共はすぐに反応。 自分たちのことを言ってると分かったのか、数人が校舎の方へと駆け寄ってくる。



 ククク、想定通り。



 しかし奴らが中に入った頃にはもちろんそこにオレはおらず、少し時間を空けて、我関せずな表情で自然に参上。 ヤンキー共の横を通り過ぎ、進藤さんたちヤンキー女子のもとへと向かった。



「あー、いたいた。 佐々木さんに黒沢さん」


「あれ、加藤」

「なんでここに?」



 佐々木さん黒沢さんが揃ってオレに視線を向けてくる。

 近くにまだヤンキーが一人いたのだが、オレは構わず話を続けた。



「なんか先生がキレながら探し回ってたよ。 今日が期限の提出物をまだ受け取ってないって」


「え」

「マジ?」



 二人の顔が急に固まる。



「うん。 多分先生、近くにいるんじゃないかな。 今見つかったら説教コースかと思って。 早めに職員室まで持って行った方がいいよ」



 オレの言葉に佐々木さん黒沢さんは顔を見合わせ、「てか提出物何かあったっけ」やら「いや、覚えてない」やら話し始める。

 


「ねぇ加藤、提出物ってなに?」

「もー! 私、内申点あんまないからピンチだってー!!」



 慌てふためく二人をよそに、オレは進藤さん近くで浮いていた姉・すみれさんの霊にアイコンタクト。 全てを察したすみれさんが進藤さんに耳打ちをし、オレの発言がフェイクだと言うことを伝えてくれた。



「そういうこと……。 奈々、楓、早くしないと危ないんじゃない?」



 進藤さんがスマートフォンの時間を確認しながら「もうあんまり時間ないよ」と二人をかす。



「いやゆりか、そんなこと言われても!!」

「そうそう、ウチ、どの提出物なのか、なんも分かんないって!!」


「それは教室戻りながら考えよ。 ここでジッとしてても先生に見つかって怒られるだけだって」


「うわあああ、ほんとだ!! あんな奴らに構ってる場合じゃないや!! 急げえええ!!!」

「てか偶然にもあいつらの数減ってるとかラッキーじゃん!!」



 近くにいたヤンキーは、一人では行動する勇気がなかったのだろう。 教室へと向かうヤンキー女子三人を制止させる様子はなく、オレはそんな一人では何も出来ないヤンキーを鼻で笑いながらその場を去った。



「ヤベェ、さすが今のオレ……頭が冴え渡りすぎてるぜ。 これガチで信頼感がありすぎて、女子相手にモテまくるんじゃないか?」



 オレはニヤつきながら教室へ戻る。

 しかしそんなオレに待ち受けていたのは、「よくも騙したな加藤ー!!」という陽キャ・佐々木さんからの急所キックだった。



「ぐええええ……っ!!!」



 蹴り慣れているのか佐々木さんの足の甲がクリーンヒット。

 オレはその場でガクリと崩れ去る。



「は? てかなんでお腹押さえてんの? もしかしてまだ食中毒だったとか?」


「ううん、楓、男子ってそこ蹴られたら、お腹に痛みがくるらしいよ」


「そうなんだ……って、ゆりか詳しいね」



 もう、何があっても進藤さん以外は助けん。



 ◆◇



「ーー……ってことがあってさ、普通はオレに感謝すると思わねーか?」



 夕方。 家で夕飯を作りながら今日あったことを御白に愚痴っていると、いつの間にか愛ちゃんがオレの背後に。 プリント両手で持ちながら、何やらモジモジしている。


 

「ん、どうしたの愛ちゃん」



 声をかけると愛ちゃんは視線を泳がせながらプリントを差し出してきた。



「お兄ちゃん……これ」


「お?」



 受け取ったそれに目を通してみると、学校公開……授業参観のお知らせというタイトルだ。



「授業参観……」



 思わず口に出して呟くと、愛ちゃんがオレを見上げながら小さく頷く。



「うん。 それで……あのね、お兄ちゃん、その日って来れたりとか……しないよね?」


「えっと……日付いつだっけ」



 日程を見てみると、その日はバリバリの平日。

「流石にオレも学校あるし無理かな」と答えたのだが、どうしたのだろう……いつもならそこで素直に引き下がる愛ちゃんが、拳を胸の辺りで握りしめながらずっとオレを見つめてきている。



「あ、愛ちゃん?」


「お兄ちゃん、どうしても無理?」


「え」


「マリアちゃんはお兄ちゃんに迷惑がかかるから言わない方がいいって言ってくれたんだけど、私、どうしてもお兄ちゃんに来てほしくて……」


「ーー……!!」



 おいみんな、聞いたか。

 今愛ちゃんが、自分の欲望のためにわがままを言ったぞ。



『おい良樹、愛が今……!』



 御白もそれに気づいたのか、驚きながらオレに耳打ちをする。



「あぁ、これは……いい傾向かもしれないな」


『ということは、良樹』


「もちろんだ」



 オレは御白に頷いた後、視線を愛ちゃんの目の高さに合わせる。

 愛ちゃんは十中八九オレが断ると思っているのか、顔には諦めの表情が滲み出ていたのだが……



「分かった。 明日先生にどうにかならないか聞いてみるよ。 だから……返事は明日でもいいかな」


「!」



 オレの返答に愛ちゃんの瞳がキラッと光る。

 その後嬉しそうに大きく頷くと、早くこの気持ちを伝えたかったのだろうな。「マリアちゃーん!!」とマリアの部屋へと駆けていったのだった。



『良樹、そうは言ったが大丈夫なのか? これでダメとなれば、期待させてしまった分、愛はへこむぞ』


「あぁ。 許可が出なかったらその時はその時だ。 仮病でも使って意地でも行ってやるさ」



 その日の夜、オレはこっそりと高槻さんに相談。 明日、オレの担任から授業参観について連絡があるかもしれないことを伝えておいた。



お読みいただきましてありがとうございます!!

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