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魔法人  作者: ケシゴム
一章
68/69

あの日

「妃美ちゃん!」


 真夏の照り付ける太陽がアスファルトを焦がし、国道を疎らに行き交う車両が騒音を上げる。立ち昇る熱気は道路に蜃気楼を繰り出し、蒼天の色を映し出す。

 夏真っ盛りの気温は正に夏休みという匂いを発し、信号待ちの車内から零れる音楽や浮き輪の姿に、田舎の国道は行楽に活気づいていた。


 そんな国道沿いを、買い物袋片手に歩く理利愛たちは、突然後ろから聞こえた名を呼ぶ声に足を止めた。


「妃美ちゃん! 妃美ちゃんでしょ! ちょっと待って!」


 振り返るとそこには、息を切らした汗だく姿の舞の姿があった。


「どちら様ですか?」


 人見知りの激しい妃美華は突然名を呼ばれ一瞬戸惑った。それを見て姉の理利愛は、妹を守るように半歩前へ出て訊いた。


「あ……わ、私だよ私。新垣舞。お、覚えてる?」


 “戻って来た”舞は悲劇を繰り返さないために必死だった。そんな思いがなりふり構わず体を動かし運んだ。それが原因で、理利愛の質問の答えは用意しておらず咄嗟に嘘を付いた。


「ヒー、知り合いなんですか?」

「…………いえ」

「……そうですか」


 理利愛が不思議そうに尋ねると、妃美華は何かを訴えるように理利愛と目を合わし、逡巡するように答えた。


「どうやら人違いのようです舞さん。すみませんが私たちはあなたを知りません」


 そう言うと二人は会釈をして、再び歩き始めた。それを止めるため舞は叫ぶように声を掛ける。


「そんなわけないよ! 五十嵐妃美華ちゃんでしょ! 私だよ私!」


 あの時の事故現場は、今いる場所から五十メートルほど先にあり、舞はとにかくあの時間まで妃美華たちをこの場に足止めするために通らぬと分かっていても嘘を付き通そうと思った。だが理利愛たちは一目こちらを見たが相手をすることなく、関わりたくなさそうに去ろうとした。


「ちょっと待ってよっ!」


 是が非でも止めなければならない舞は怒鳴るように叫んだ。しかしそれでもなお理利愛たちは止まることは無かった。そこで舞は言葉を捨て、駆け寄り強引に妃美華が持つ手荷物を奪った。


「ちょっと待って、って言ってるでしょ!」

「…………」

「ねぇ!」


 荷物を奪われた理利愛と妃美華は驚いた表情を見せた、しかし二人はそれ以上何も言うことなく何事も無かったかのように歩き出した。

 

 その光景は悪夢の中にいるような感覚を与え、舞はバニッシュは自分が思い描いていたような魔法ではなかったのだと思った。


 舞は、バニッシュについての効力は知らなかった。バニッシュは病院で下の階を覗くためにトイレに描いた際にたまたま気付いただけで、深く追求する時間も調べる時間もなかった。ただ物体が完全に消滅してしまったという事しか認知しておらず、墓地で言った、バニッシュが本当に事実を消してしまうかどうかは憶測に過ぎなかった。


 立ち去る二人の後ろ姿に、舞はもしかしたら消えたのは自分だけで、今見ている景色は消滅した自分が見ているただの幻想に過ぎないと感じると、呆然と奪った手荷物を地面に落としていた。


 真夏の太陽も、アスファルトの臭いも、車の騒音も、汗ばむ体も、全てが現実そのもの。だが交わす言葉は空を切り、蘇る記憶も湧いてこない。全ては自分が作り出した過去だったと絶望感に襲われ、ゆっくりと去る二人の後ろ姿に成す術がなかった。

 

 そんな中、やはり運命の時は訪れるのか、微かに遠くから緊急車両のサイレンが聞こえてきた。

 この音に、舞はさらに心が重くなり、目を閉じてしまった。そして諦めるかのように言葉が漏れた。


「もう一回……いや、多分永遠に同じことが起きるんだ……」


 インビジブルを作った事、佐藤を階段から突き落とした事、ポンチョを失くした事、人が死んだこと……。自分が発した言葉でこれから起こる未来の記憶が蘇り、変えられない過去は永遠に同じ時を繰り返すのだと悟った。その瞬間は走馬灯のようであり、一瞬だった。だが、その一瞬の最後に『百回も一億回も同じじゃないですか? 一から先は同じです』という理利愛の言葉が頭を過ると、あの言葉の意味はこういう事だったのかと咄嗟に理解し、走り出していた。


「ねぇ! やっぱり私の事覚えてるよねリリアちゃん!」


 全力で駆けだした舞は、二人の前へ出ると両手を広げ道を塞ぎ、理利愛に向かい叫んだ。


「だって二人で描いたじゃん!」

「え? 何をですか?」

「ううん! もう覚えてなくてもいい! だけどやっぱり止まって! 止まらなくても止めるから! だってリリアちゃんが教えてくれたんだよ一から先は同じだって! 百回だろうが一億回だろうが、私はリリアちゃんと妃美ちゃんが止まるまで何回だって辞めないから!」


 それを聞くと理利愛は、妃美華と目を合わせると呆れるようにため息をついた。


「では嘘を付いても仕方がありませんね。ごめんなさい舞ちゃん。“私たち”は覚えていました。本当にごめんなさい」

「申し訳ありません」

「え?」


 そう言うと、理利愛と妃美華は、深々と頭を下げて謝罪した。しかし時間がない今は驚いてる暇はなく、舞は詰め寄るように問いただす。


「じゃあなんで止まってくれないの! この後何が起きるのか知ってるでしょ!」


 もはや怒る舞は、喧嘩腰で二人を責める。それに対し理利愛は、もう一度謝罪を口にしたが、怯むことなく堂々と言葉を返す。


「……ですが、やはり未来を変えることはできません。私たちは何度死のうが、何度生まれようが同じことを繰り返します。そうやって私たちは生きてきました。だから……ごめんなさい……それしか言えません」

「なんで! これだって本当は何回目か分からないんだよ!」


 バニッシュを使い自分が過去に戻っているのが事実ならば、記憶が無くともこれが何度も繰り返されている可能性はあった。それは言葉から理利愛も理解していると分かると、舞はますます理利愛たちの行動を理解できなかった。


「すみません舞ちゃん。もう時間がありません。だからこの先、何があるのか分かっていても何もしないで下さい。舞ちゃんに出会えて本当に良かったです。“私たち”と友達になってくれてありがとうございます」


 理利愛がそう言うと、二人は寂しさが滲み出る笑顔を見せ、感謝の気持ちを込めた会釈をした。


「何言ってるの二人とも! 本当にこれで良いの! やり直し出来るんだよ! リリアちゃんだって言ってたじゃない! 皆が笑顔で幸せになれる世界に行きたいって! なのになんで!」

「だからですよ。世界は常に不変です。それを私たちの都合で変えてしまったら、本来幸せになる人を不幸にします。私たちは遠い先祖たちが苦難を乗り越え築いた世界に生きています。その上でこうやって笑顔を見せています。私たちが今苦難を請け負わなければそのツケは後世に回ります。私たちは未来のために例え悲惨な未来が分かっていても進まなければなりません」

「何言ってるの!」

「そう言う事です舞さん。これから起こることは、全ての人類が望まなければならない未来であり、超えて行かなければならない試練です。私たちは神でもなんでもありません」

「妃美ちゃんまで何言ってるの……」


 変えられる未来があるのに、世界の理を全うするという二人に、舞はもう付いていけなかった。それどころか二人の言い分の方が正しく感じ、遂に舞は諦めて二人を通してしまった。


「舞ちゃん。絶交です。もう私たちは友達でも何でもありません。だから……ありがとうございます」


 去り際に、妃美華が最後にそう言い残した。その言葉は心に深く刺さり、舞は泣き崩れながら膝をついた。


 辺りには始まりを告げるサイレンと、スピーカーから『止まれ!』と叫ぶ消魂しさが、轟音を上げるエンジン音を引き連れるかのように迫る。太陽に焼かれる背中は熱く、立ち上るアスファルトの熱気は膝を焦がし、流れる涙が塩辛い。舞は正に地獄にいるような気分だった。

 それでも望まぬ未来に本能的に抵抗する舞は、去り行く二人の背中を視界に追いかける。


 二人の背中は小さく、照り付ける太陽が生み出す蜃気楼が幻のように瞳に焼き付く。しかしそこに神秘的な美しさは無く、煮え滾る地獄のようだった。


 そんな二人を迎えるように、こちらに向かってくる暴走車が目に入る。

 

 それはゆっくりとした時の中の出来事のようで、無色で無音に近い世界だった。しかし時の流れに変化は無く、瞬く間に暴走車は交差点の手前までたどり着いた。そして車がバランスを崩し蛇行しだすと理利愛は足を止め、妃美華だけが二歩前へ出て別れを告げるように理利愛に笑みを送った。


 それを見ると舞の心は完全に折れてしまい、最後は音すらも聞こえなくなるように強く目を閉じ、また繰り返される悲劇から目を背けてしまった。


 瞳を閉じた世界は暗く、耳に届く音は心の雑音が邪魔をするかのように曇る。残すは酷く歪な残酷な音に耐えるだけ。その衝撃に備え、舞は無理矢理に覚悟を心に押しとめようと必死だった。

 すると瞬間、それは想像よりも遥かにも凶悪な狂気を秘めていたようで、背筋が凍るような爆音が高速で耳元を通り過ぎると、舞は思わず目を開けてしまった。だがその一瞬目に映った景色に困惑してしまい、再び目を閉じることは無かった。


 舞が目を開けると瞳に映ったのは、自分の横擦れ擦れを猛スピードで逆走していった青色のスポーツカーのテールだった。

 

 来るはずのない方向から侵入する車と、前方から妃美華たちに襲い掛かる暴走車。時間にしてはほんの僅かな一瞬と呼べるような短いものだったが、迫りくる死の時間と調和を乱す違和感は舞の脳を混乱させ、悲劇から反らしていたはずの視線は、強烈なタイヤの悲鳴に次いで逆走者と暴走車が激しくぶつかり大破するまで釘付けにされていた。

 その破壊の衝撃は凄く、空気を伝わる振動が体内を揺らし、臭気は喉を刺激するほど異様さを放った。


 ぶつかった二台は激しく吹き飛び、暴走車は横転しながら中央分離帯を越え対向車線にいた車にぶつかり止まり、逆走してきた青いスポーツカーは、ぶつかる瞬間にハンドルを切り後部から接触したため、スピンしながら追跡していた後続のパトカーに次々衝突して止まった。


 それは目を疑うような大惨事だった。しかし逆走者のお陰か妃美華や理利愛にも怪我はなく、他にいた歩行者にも死傷者は見当たらなかった。


 突然起きたあまりの大惨事は、未来が変わってしまった理利愛や、妃美華を救いたかった舞でさえ唖然に取られ、その場にいた全員が硬直したように動けなくなっていた。


 そんな中、ボコボコになった青いスポーツカーの助手席が一早く開き、見覚えのある人物が足を引きずりながらこちらに向かって来るのが見えた。


「……お……お兄……?」


 青いスポーツカーから降りて来たのは優樹だった。


 衝突の際に負傷した優樹は、苦悶の表情を浮かべ、頭から流血し、右手を押さえ足を引きずりながらこちらに急ぐように歩いてくる。

 既に訳が分からなくなっている舞には、この光景はさらに思考を停止させ、救護に向かう事もさせず、成り行きを見ている事しかできなかった。


 歩いてきた優樹は、手前にいた妃美華を無視して一直線に理利愛の元へ向かうと、突然頭を思い切り引っ叩いた。


「いたいっ!」

「なんで逃げねぇんだよ!」


 舞同様、混乱していた理利愛は、突然叩かれたことで我に返ったが、血だらけの優樹が血相を変えて怒る姿に驚き、硬直した。


「オメーが逃げねぇせいでこうなったんだぞ! 分かってんのか妃美華!」


 この日に戻された記憶を持つ優樹は、当然バニッシュを完成させた理利愛にも記憶があると分かっていた。


「わ、私は……理利愛です……」


 根が真面目な理利愛は、純粋に人違いであることを伝えた。それは怒られることから逃げようなどという感情は一切入っていなかったが、それを聞いた優樹はさらに激昂する。


「じゃあなんで妃美華とここに居るんだよ! オメーだって知ってんだろ!」

「い……いえ……それは……」


 怒涛の勢いには、さすがの理利愛もたじろぐしかなかった。そんな姉を見かねて妃美華が助太刀に入る。


「わ……私たちは、あるべき未来を作るため、ここにいます」

「お前が妃美華か!」

「え……は、はい」


 怒り心頭の優樹は、妃美華を見ても口調は変わらなかったが、記憶は無い可能性があるため優樹なりに冷静に訊いたつもりだった。それに対し妃美華は、初めて見る血まみれのおっさんの剣幕に圧倒される。


「妃美華、お前何が起きるのか知ってたのか?」

「は、はい……」

「リリアに聞いたのか?」

「いえ。不思議な事に、全て見えてました……」

「全てって、事故に巻き込まれるまでか?」

「い、いえ……全てです」

「全てって?」


 これ以上言えば、間違いなく優樹が怒鳴り散らすのは分かり切っていた。しかし言わないわけにはいかず、妃美華は無意識に指をもじもじさせてしまう。


「イ、インビジブルの事や……アリウム」


 そこまで言うと、案の定優樹は激怒した。


「ならなんでオメーもここに居んだよ! オメーが死ねばどうなるか知ってんだろ!」


 まさかの展開には、妃美華も委縮してしまった。だがこのまま黙って自分たちの正当性を否定されることには我慢できず、反論する。


「そ、それは、確かに分かっています。ですが、私たちのようなちっぽけな人間が未来を変えれば、世界は大変な事になります」


 自分たちは間違っていないと確信する妃美華は、賢い優樹ならきちんと話せば納得してくれると信じ、対話による解決を望んだ。しかし……


「いたっ!」

「やかましい!」


 怒り狂う今の優樹には理屈も屁理屈も通用せず、妃美華も頭を引っ叩かれた。


「テメーらがちっぽけな人間なら、余裕で世界は修正出来るわ!」

「う……」


 あまりにも直球過ぎて、妃美華は思わず納得してしまった。


「大体オメーが死んだ時の方がよっぽど……」

「ニャー!」

「痛いっ!」

「暴力反……いたいっ!」

「何すんだテメー!」


 妃美華が引っ叩かれたのを見て、理利愛は報復するように優樹の顔を引っ搔いた。すると優樹は突然の痛みに咄嗟に理利愛の頭を引っ叩いた。


「暴力反対です!」

「何が暴力反対だクソガキ! オメーちょっとこっち来い! 警察に突き出してやる!」

「ちょっ! やめて下さい! 何が目的ですか!」

「何が目的だ! オメーらを助けに来たんだろ! なのにこんなところでボーっと突っ立って何してんだよ!」


 理利愛が標的にされると、今度はそれを助けようと妃美華が割って入る。


「それは、私たちが未来を変えれば……」

「それはもう聞いたんだよ! オメーは世界と自分どっちが大事なんだよ!」

「そ……それは……」

「オメーら自分たちの顔見て見ろ! 死んだ方が良かったのか!」


 それを言われ、理利愛と妃美華は互いの顔を見つめた。すると、この先起こる嫌な記憶が走馬灯のように走り、生きているという実感に感謝にも似た感情が沸き上がり、息を合わせたかのように二人は涙した。


 こうして妃美華が生き残った事で未来は歪み、新たな一秒が生まれた。そして世界は新たな世界を築いていく。そこには少し先の未来を知る人間が存在し、魔法を知る人間が存在する世界が広がっていく。だが世界は修正するように働くのだが、それはまた別の話だった――



 次で最終話の予定です。

 

 前半は舞がこの時間に戻ったところからの予定でしたが、長くなるのでかなりカットしました。そして最後も長くなるので無理矢理まとめました。ちなみにこの後友子が暴れたり、舞が泣いたり、警察と揉めたり、優樹がぶっ倒れたりかなりありましたが、描きませんでした。リリアの適当な性格を見習い、スピード重視で頑張りました。

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