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魔法人  作者: ケシゴム
一章
64/69

怪物

「五十嵐理利愛さん?」


 人質交換を成功させるベく交渉を続ける優樹は、より有利に進めるために五十嵐理利愛の名を出した。これにより妃美華に沈黙が生まれた事で、場にはさらに冷たい空気が漂い始めた。


「…………」


 妃美華は睨むように優樹を見つめ、優樹はそれに応えるように妃美華からの言葉を待つ。

 時間が押す両者だったが、友子も霧崎も割って入れるような雰囲気は無く、優樹も一歩も引かない構えに、暫くの沈黙は妃美華に託されていた。


 そこでようやく妃美華が口を開く。


「新垣さん。いえ、優樹さん。一つ質問しても良いですか?」

「どうぞ」


 『違う』とも『何を言っている』とも否定せず、沈黙を壊さないように静かに問う妃美華に優樹は流石だと思い、先手は取ったがどう返してくるのかが気になり、快諾した。


「優樹さんは、霧崎さんと共に鎌田健次郎の自宅へ行きましたよね?」

「え? あぁ、はい」

「その時、健次郎の部屋にフィギュアやポスターが沢山あったのを覚えていますか?」

「えぇ」

「では、それを見たとき、優樹さん。あなたはどう思いましたか?」


 この質問で妃美華が何を知りたいのかははっきりとは分からなかった。だが、何を言いたいのかは何となく理解できた優樹は、ニヤリと笑みを零した。


「サービスが良いなって」


 それを聞くと、今度は妃美華が笑みを零した。


「良いでしょう。取引を受けましょう。舞さんへ電話は掛けられますね? これからあなたをエレベーターで舞さんがいる階へ上げます。そこで舞さんたちを連れ降りて来てください」

「え? お、俺が行くんですか?」

「はい、当然です。あなた以外が上階へ行けば、それこそ無駄な殺生が起きます」


 まさか自分を解放するような形に、優樹は驚いた。


「詳しい話はあなたが戻った後にします。それで良いですね?」


 完全に先手を取ったと思っていた優樹は、この計らいに一本取られる形となった――


 午後七時。


 人質交換を行うためエレベーターに乗った優樹は、舞たちと合流していた。


「とにかく話は後だ。先ずエレベーターに乗れ」


 合流すると優樹は、大まかな説明を桜井たちを含めた全員に説明した。舞たちは当然事細かく説明を求めたが、時間に限りのある優樹はそれを跳ね除けた。


「で、でも」

「時間がねぇんだよ! 下に降りればお前たちは安全に帰れるんだ! だから今はとにかくエレベーターに乗れ!」


 外は既に夜が訪れ、刻一刻と迫る制限に、舞たちの解放は急務だった。そうしなければこの後自分が逃げるための時間は無くなり、そのチャンスすら与えられなくなる。それは舞たちには告げられてはいなかったが、アリウムが指定した午後八時という期限は知らされていた舞は、兄の剣幕に重大さを悟り大人しくエレベーターに乗った。


「じゃあ、そういうわけなんで、申し訳ないですけど俺たちは行きます。アリウムは三階以上には手を出さないような感じでしたけど、もしかしたらもあるので桜井さんたちも気を付けて下さい」

「分かった、ありがとう。新垣君も気を付けて」

「はい」


 ここに至っては桜井たちも止める事は出来ず、従うしかなかった。


 そんな桜井たちを後に、優樹は舞たち四人と佐藤を連れ一階へ戻った。

 一階に着くと、待ち構えていた友子に、優樹と舞たちは引き離された。その時に友子は、優樹に財布以外の全ての持ち物を舞に渡すように伝え、没収した。


 この時何故財布だけは奪わなかったのかを疑問に感じた優樹だったが、舞たちの解放は優樹が戻ってくる間に警察との連絡調整が済まされており、予想以上に迅速に行われたため、舞たちが無事保護されるのを見届けたときにはすっかり頭からは消え去っていた。そしてすぐさま妃美華との対話へと場面が変わると、財布以外を取られた事さえ忘れていた。


 午後七時八分――


 舞たちが保護されるのを見届けると、優樹は再び妃美華が待つ部屋へと連れて行かれた。ただ先ほどと違う点は、取引は完了したため仲介役の霧崎はおらず、妃美華、友子、優樹の三人だけとなり、部屋を包む空気はまた違う緊張感を放っていた。


「これで私たちは約束を守りました。次はあなたの番です。約束通り優樹さんには人質となってもらいます」


 部屋に入った優樹に妃美華はそう言うと、拘束する事を告げた。優樹もそれに素直に従ったが、両腕にプラスチック製のおもちゃの手錠を掛けられただけで、拘束というにはあまりにも似つかわしくない格好だった。


「それでは、これで取引は完了で良いですね?」

「え……えぇ」


 まるでごっこ遊びのような行為に、優樹は妃美華が何を目的としているのかは理解できなかったのだが、妃美華の次の言葉で納得がいった。


「新垣優樹さん。“私たち”はどこかであなたにお会いした事がありましたか?」


 いたずらのような事をされ腑に落ちない優樹だったが、“私たち”という言葉は、アリウムや鎌田友子たちを指しているのではなく、五十嵐姉妹を指していると分かると、これが質問の答えだと気付いた。

 

「いや……会うのは初めてだよ」


 あくまで憶測だが、あの事故で生き残っていたのが本当は姉の五十嵐理利愛なら、何故理利愛は妹の妃美華を演じていたのかまでを考えていた優樹は、その理由に強い姉妹愛を感じていた。そしてそれを知りながらも拒否しなかった母親を想うと、自分が妹の舞を想う心と重なり、何とも言えない気持ちになった。

 それが今現実味を帯びた事で、舞へ向けられていた感情が妃美華へと移り、もはや優樹は敬語を使う事さえしなくなっていた。


「やはりそうでしたか」


 妃美華はそう言うと、嬉しそうな表情を見せた。


 優樹が敬語を使わなくなったことに妃美華は一瞬戸惑ったが、敬語を使わなくなったことで優樹からストレスが消え、自然体で話す言葉はより本心を明確に伝えているようで、微塵も拒絶を感じなかった。

 ちなみに妃美華も優樹が自然体になったことで気持ちが和らいだのだが、妃美華と理利愛は姉妹通しでも普段から敬語で会話をするよう育っており、ため口にならなかったのはそのためであった。


「それでは改めまして。この度は私どもにお力を与えて頂き、誠にありがとうございます」

「え?」


 優樹と初対面であることを確認すると、妃美華は突然畏まり感謝を述べ、それを示すためにお辞儀をした。その時言葉こそ発しなかったが、後ろに立つ友子も頭を下げた事で、優樹は何が何だか分からず困惑した。

 そんな優樹を他所に、妃美華は続ける。


「唯一の心残りは、優樹さん、あなたにお礼を言う事でした」

「え?」

「ですが、最後の最後でこうして出会う事が出来て本当に良かったです」

「え?」

「確かにあなたが意図して私たちに力を与えてくれたというわけではないですが、私はこれは必然だったと思っています」

「え?」

「だからありがとうございます」

「え? え? あ、あぁ……はい……」


 突然感謝を口にして、人が変わったかのように表情豊かに語る妃美華に、優樹は何を言っているのか理解できなかった。しかし勝手に満足して握手をされて初めて、インビジブルを作ったという事に感謝しているのだと気付いた。


「それでですね。こちらはほんの気持ちですが、私たちからの感謝の証というか、こんな物しか用意していなくて申し訳ありませんが、感謝の印です」


 そう言うと妃美華は封筒を取り出し、中に帯の付いた一万円札の束が三つ入っていることを見せ、おもちゃの手錠を掛けられ突き出たままの優樹の手の上に置いた。


「え……い、いや……」

「どうぞお収め下さい」

「え……」


 あまりに破天荒な事をしてくる妃美華に、この子は今、どういう状況でどういう状態なのかを理解していないのかと優樹は呆気にとられた。

 すると妃美華は、そんな優樹を見て間違いに気付き訂正を口にした。


「あ! これは申し訳ありません! 私としたことが!」


 そう言うと妃美華は慌てて封筒を取り上げ、それを優樹のポケットの中に入れた。


「よし! これで良し! では、改めましてもう一度、本日は本当にありがとうございました!」

 

 妃美華は再び頭を下げた。そして友子も合わせるように頭を下げた。


「え?」


 五十嵐妃美華は、優樹の予想通り姉の五十嵐理利愛だった。だがそれは優樹が予想していた以上に破天荒な性格の持ち主だったようで、優樹はこの時、警察や坂口たちが翻弄されているわけを知り、同時にとんでもない怪物の正体を暴いてしまったことを後悔した。

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