メリット
「初めまして、新垣優樹さん。私は五十嵐妃美華という者です」
俯き加減の目。黒髪を際立たせる白い肌。小さな体。いよいよ姿を見せた五十嵐妃美華は、優樹が思っていたよりも小柄で、負の感情を醸し出すかのように暗い印象を与える少女だった。
「優樹さんの事は、妹の舞さんから聞いています。どうぞよろしくお願いします」
坂口から聞いていた通り礼儀正しく、会釈をしてから一歩前へ出てゆっくりと握手を求める姿は静かで、知的で冷静という素養を感じさせた。だが声音や目を合わせてくる態度からは自信にも似た強さがあり、優樹は確信的にやはりと思った。
「初めまして。新垣優樹です。こちらこそよろしくお願いします」
五十嵐妃美華は自分よりも年下で未成年であったが対応は大人と変わらなかったため、優樹も大人として対応した。しかしその裏は、敬語を使う事で壁を作れることや、相手にこちらは万全の構えであるというプレッシャーを与えられるメリットがあり、何より優樹が最も得意とする土俵であったため、この握手は望むところだった。
「それで、御用件というのはなんでしょうか?」
握手を交わすと、妃美華は優樹を拘束するような素振りも距離を取るような姿勢も見せず、そのままの位置で目を見て用件を聞いた。
これに優樹は少し驚いたが、後ろに立つ友子や霧崎さえも容認した形に懐の深さを感じ、真っ向から受ける姿勢で対応する。
「はい。この病院の三階以上にいる人質全員と、私新垣優樹を人質交換して頂きたいと思いまして、ご連絡いたしました」
丁寧に、五十嵐妃美華を犯罪者としてではなく、代表取締役だというくらいの気持ちで接する事で、優樹はこの先の交渉を対話として進ませ主導権を取ろうと考えていた。
それはあまりにも華麗で、後ろで見ていた友子や霧崎は、優樹を見る目を変えるほどだった。しかし妃美華にはあまり効果が無かったようで、こちらも華麗に対応する。
「そうでしたか。それは大層苦労をお掛けしました。こちらの不手際でご足労頂く形になってしまって」
女子高生だからと少し舐めていた優樹だったが、この皮肉を込めた妃美華の対応には一歩も引かないという意思を感じ、坂口たちが苦労させられる理由に合点がいった。そして彼女もまた自分と同じ曲者なのだと認識すると、この状況でも妙に楽しくなり一気にギアが上がった。
「いえいえ、もとはと言えば事の発端は私の方にあるのですから、これくらいで御あいこですよ」
「そう言って頂けるとこちらもありがたいです。今日はお越しいただきありがとうございます」
筋を通し、柔軟に対応しても口で丸め込めない相手。切り札を使いながらもさらに切り札を持ち、さらにそれすらも使い捨てに使う相手。そう感じさせる相手を優樹はずっと待っていた。そんな相手と今こうして勝負できることに優樹は喜びを感じていた。
「それでなんですが、早速で悪いのですが、お答えをお聞かせ願いますか?」
重要な用件だけにすぐさま返答があるとは思ってはいなかったが、アリウムの約束の時間、SATの突入という制限が互いにあったため、優樹は早々に答えを求めた。
すると妃美華は確認するように友子を見つめ、それに対し友子が任せると頷くと口を開いた。
「なるほど、分かりました。それでは人質全員というのは時間的にも難しい物がありますので、妹の新垣舞さんとそのお友達と交換というのはどうでしょうか?」
「えっ⁉」
最も知られたくない舞の存在を指摘されたことで、優樹は思わず声を零した。しかし「何故それを知っていた?」という聞き方をすれば、それこそ相手の思う壺だと咄嗟に感じ、すぐに表情まで抑え冷静を保った。
「よくご存じでしたね? 妹が病院にいる事を」
「はい。下調べはしていましたから」
舞が今この病院にいる事をアリウムは認知していなかった。しかし佐藤理香が入院している事や、舞が度々お見舞いに来ているのは周知していた。そこから妃美華は、軽い冗談のつもりで言ったのだが、何も知らない優樹は鎌をかけられたと勘違いし、先手を取られたと慌てた。
「そうなんですか。それなら話が早くて助かります……で、ですが、その~大変申し上げにくいのですが、そこにもう数名ほど追加して頂けないでしょうか?」
本来舞たちの解放が達成されれば問題はなかったのだが、立て直しを図る優樹は、本命はそこにはないのだと思わせるために偽装しようと慌て、交渉は難航することは理解しつつも思わず桜井たちの名を選んだ。
「数名……ですか?」
「は、はい。俺を護るためにボディーガードをしてくれていた人たちがいて、その人たちは関係ないので解放してあげたいんです」
「なるほど」
妃美華は相槌を打つと、再び友子に目線を送った。すると友子は、ボディーガードをこの階に降ろすのは危険だと判断し、首を横に振った。
それを見て妃美華は言う。
「申し訳ありませんが、それは駄目です。一応彼らは戦闘訓練を積んでいますから許可できません」
「そ、そうですか……」
あの時は意思を通すために桜井たちと約束していただけだが、一応約束していただけにこれには少し優樹はがっかりした。しかし逆にこれが通らなかったことで舞たちの解放は譲歩という形になり、優樹としてはラッキーだった。
「じゃっ、じゃあ、妹たちだけで結構ですので、それでお願いできますか?」
これでハードルは低くなり、舞たちとの人質交換はすんなり成立する。そんな空気が流れた。だが……
「それは構いません。ただ、今現在その交換相手である新垣優樹さん、あなたが人質として既にここに居るのに、それを交換するというのは私たちに何かメリットがあるのですか?」
態度は変わらないが、ここで妃美華が雰囲気を変え突然攻勢に転じた事で、場は一気に凍り付いた。
口調や振る舞いは友好的であっても、これだけの組織を形成し病院占拠を成功させた人物。そう易々と攻略できる相手ではない事は十分優樹も理解していた。だからこそ優樹は、この時を待っていた。
「もちろん。そうでなければ、俺はこんな状況で人質交換なんて持ち掛けませんよ」
警察に追われ、人質となった今の優樹にはリミットは無かった。あるのはたった一つの妹たちを無事に家に帰すという責務だけ。
人生は崖っぷちに瀕しているが、解放感に満たされた心に大きな余裕がある優樹には、自分の生きてきた全てが試されるヒリつくようなこの状況は堪らないものがあり、凍り付く場でも堂々としていた。
妃美華も、この状況でも全く委縮せず切り返す優樹に器の大きさを感じ、怯むことなく返す。
「ほぅ。それはどんなメリットですか?」
互いに通ずるものがあるようで、友子ですら固唾を飲むような重たい空気の中でも、二人は笑みを浮かべる余裕があった。
「アリウム全員の司法取引……」
「司法取引? それは無理……」
話の途中ではあったが、あまりにも馬鹿馬鹿しい話に妃美華は口を挟んだ。しかし優樹は保険として持ち掛けた話だっただけに、それを無視してお返しのように遮り言う。
「と、五十嵐理利愛が生きていたという事実の隠蔽」
「⁉」
これに対し妃美華は一瞬大きく眉を動かし反応した。
「それでどうですか? 五十嵐理利愛さん?」
最近筆の進みが遅い原因が分かりました。この魔法人という話は面白くない。そして一人称視点じゃないとリズムに乗れない。という事と、ギャグが少ないという事です。つまりウンコです。しかしウンコは必ず出さなければ死に至る恐ろしい物です。
時間は掛かるかもしれませんが、死に至るか排便するまでダイジョブます。頑張るます。




