いつもの二人
夕闇が近づくにつれ、停電の影響で街は普段よりも夜の匂いが濃く染み渡る。信号の止まった国道はヘッドライトがいつもより眩しく見え、赤く光る誘導棒がより迫る夜を暗く感じさせた。
病院を取り囲む赤色灯は眩しさを増し、膠着状態の現場には囁くような声が未だに喧騒の名残を引きずっていた。
午後六時二十分。
予備電源のお陰で外に比べ明るさを保っていたロビーは、迫りくるリミットを前にしても落ち着きを見せていた。
“そろそろ時間か…………”
病院の大きな窓越しから空を見上げ、遠くに一番星を探すように霧崎は静かに想った。
予定では六時半に最後のタスクへ移行する手筈になっており、いよいよフィナーレの時が訪れると思うと、想わずにはいられなかった。しかし今は黄昏ときではないと知る霧崎は、浸ることも想いを馳せる事もせず、ただ本能が醸し出す感情だけに素直に応えていた。
そんな霧崎に、暇を持て余したようにスマートフォンが催促するように振動する。
ナンバーズの集合の合図。予定の時間を前に震えるスマートフォンに、霧崎はいよいよかと一息ついたが、この時は何故か気になり直ぐには動き出さず連絡相手を確認した。するとそれに応えるようにスマートフォンはいつまでも振動しており、画面に映る名に何故の理由が分かった気がした。
“新垣優樹”
霧崎は優樹が病院を脱出したことは当然知っていた。そのためこのタイミングで連絡してくる事にはそれほど驚かなかった。そして今ここで優樹と会話する必要も無かったのだが、この時は何故かに運命のようなものを感じ、不思議と抵抗なく通話ボタンを押した。
「……もしも」
“おう、霧崎か?”
「……あぁ」
霧崎の本心は、優樹とはもう会話したくなかった。それは優樹を裏切ったという後ろめたさと、それに対して浴びせられる親友からの罵声を聞きたくなかったからだった。それでも今の霧崎は、何故だか優樹の言葉を聞きたかった。そんな霧崎に対し。
“どうしたオメー元気ないな? ちゃんと仕事してんのか?”
「……」
電話の向こうから返ってくる優樹の声は、最初こそ暗く感じたがいつもと変わらず、まるで遊びにでも誘ってくるときのようないつもの調子だった。
“おい、聞いてんのか?”
「あ、あぁ……聞こえている」
“おいどうした? お前まさかアリウム首になったんじゃないだろうな?”
「……」
“おい! 返事しろよ! こっちは時間ねぇんだよ!”
悠長に会話を始めたのは優樹なのに、突然の逆ギレには今の霧崎でも辻褄が合わないと感じた。すると合わせる顔が無いと思っていたはずなのに嬉しさを感じ、言葉がすんなり出てきた。
「お前が下らない事を言っていたんだろう?」
“何言ってんだお前? 俺は最初っから急いでただろ! だいだいよ! お前らが……”
「あぁ、分かった分かった。それより何の用だ?“
優樹が自分の心情を読んで繋いでくれた会話なのだと思うと霧崎は気持ちが軽くなり、また親友として言葉を交わせていると思うと幸せな気持ちになった。
“アリウムのリーダーと話がしてぇんだよ。お前”まだ“口利きできるか?
「まだとはどういう意味だ?」
“え? いや、もしかしたらお前もういらないって言われて、人質にされてんじゃないかなって思ってよ“
「されるわけないだろ! お前俺を何だと思ってるんだ!」
一切責めず、また敵としてではなくいつもの友として接してくれたおかげで、霧崎の中で優樹に対する柵は一切なくなり、肩の荷が下りたかのように気持ちが軽くなった。だがそれが災いしたのか、周りで見つめるアリウムのメンバーには友子のような不気味な印象を与え、迫りくる決戦を前に頭がおかしくなったと思わせ、ただでさえ上手く馴染めていない霧崎はさらに距離を置かれるようになってしまった。
“それよりも! リーダーとは話せるのか!”
「あぁ、悪い。特に問題は無い。だがあっちが何と言うか分からんぞ?」
“それは後でいい! とにかく聞いてみてくれ!”
「分かった。そのまま切らずにちょっと待ってろ」
“急ぎで頼む!”
優樹が何を目的として連絡を取りたがっているのかは不明だが、今の霧崎にはそれすらもどうでもよい問題だった。今はただ、まだ自分を友として想ってくれているという期待だけで気持ちが満たされ、敵味方の枠を超えて少しでも協力してあげたいと思っていた。
その思いは強く、緊張感高まる妃美華たちがいる部屋の前に着いても揺るがず、霧崎は全く恐れることなくノックする。
「おや? 時間には少し早いですよナンバー陸」
ノックを聞いて出てきた友子は少し訝しげな顔をしたが、霧崎が思っていたよりもリラックスした表情をしていた。
「実はナンバー壱と話がしたいと、新垣から電話が来ています」
「新垣……?」
「はい。”二人目”のナンバーゼロ、新垣優樹です」
霧崎はスマホの画面を見せ、通話相手を確認するように言った。すると友子は逡巡すると、部屋の奥にいる妃美華にゆっくりと視線を送った。
医師が休憩室として使っていた部屋には窓は無いが、ソファーやテレビなどそれなりに備品が揃っており、作戦本部として使うには申し分なかった。そこにアリウムの中でも電子機器に知識のあるメンバーが高性能のパソコンやモニターを広げ、中は警察顔負けの環境になっていた。
その中で、五名のアリウムメンバーに守られるように妃美華がソファーに座っていた。
妃美華は霧崎の要件は聞き取れていたようで、友子が見つめると逡巡するかのように考え、立ち上がった。
「分かりました。ナンバー陸、部屋に入って下さい。こちらの部屋で話を聞きます」
そう言うと妃美華は霧崎を招き入れ、休憩室のさらに奥にある部屋へと案内した。
奥の部屋は医師たちの仮眠室だったようで、エアコンが完備された小さな部屋にベッドと本棚が設置されていた。
そこに妃美華は、霧崎と友子だけを入れた。
ドアを閉めた部屋はとても静かで、ロビーでの殺伐とした空気でさえ遮断するような空間が広がり、三人だけとなった部屋は静かさと相まって張り詰めた空気に包まれた。そこで初めて霧崎は緊張を感じたが、その空気でさえ優樹の前では意味を成さなかった。
“もしも~し! まだか霧崎! 早くしてくんなきゃ俺捕まっちまうよ!”
妃美華も友子も霧崎もまさか優樹が今単独で行動しているとは思っていなかった。そのため三人は、この連絡は警察を超えた日本政府直々のものだと思っていた。それが重たい空気を作っていたのだが、静かさがスマホから漏れる優樹の声を響かせたせいでおかしな空気を醸し出した。
「あ……あの……」
「何ですかナンバー陸?」
「一回電話に出ても良いですか?」
何か不自然な言葉が聞こえた事で、霧崎はこのまま妃美華に渡して良いのか不安になり確認を取った。
それに対し友子と妃美華も聊か不安を感じ、互いに確認するように顔を向かい合わせた。
「……どうぞ、構いません」
妃美華としても政府との会話は歓迎だったが、思いのほか政府側の状況が違うと感じ、一度霧崎の反応を見たいと思った。
妃美華から許可を得ると霧崎は、通話をスピーカーにしてスマートフォンを耳に当てた。そしてあらぬ疑いを掛けられないためにしっかりと妃美華と友子を見つめ、二人にもはっきり聞こえるように話し始めた。
「もしもし、聞こえるか新垣」
“おう、どうだった? 向こうはなんて言ってた?”
「いやまだだ。だからもう少し待っててくれ」
“何の連絡だよ! んな時間あるなら早く替わってくれよ! すぐそばにいるんだろ? なんでもいいからとにかく電話を渡せ!”
「あ……いや……もうちょっと待ってろ」
いつもの調子に優樹が怒っているのはいつもの事だと思い、霧崎は何故焦っているのかは全く頭になかった。
これは二人にとっては普段通りだったのだが、その自然すぎる雰囲気が今の状況に似合わず、何故霧崎は保留にせずスマートフォンを運んできたのか疑問に感じた友子が口を開いた。
「ナンバー陸。先ずは私が電話を替わります。良いですねヒーちゃん?」
「えぇ。構いません」
手を出し渡せと言う友子の目は鋭くまるで威圧するような様子に、霧崎は不安を感じた。しかしここで躊躇する素振りを少しでも見せれば優樹の立場を危うくすると感じ、霧崎は迷う間もなくスマートフォンを友子に手渡した。




