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魔法人  作者: ケシゴム
序章
6/69

「ちょっと新垣さん。最近部活サボってるけどなんで来ないの!」


 ある日の午後。ブラスバンド部の部長は険しい顔で舞を問い質した。


「す、すみません……」


 舞は部長が嫌いだった。


「別に謝ってもらいたいから会いに来たわけじゃないから!」

「……はい」


 舞の高校のブラスバンド部は弱小だった。元々この学校はそれほど部活に力を入れておらず、あくまで部活は学生生活を彩る活動と考えていたからだ。しかしブラスバンド部の部長だけは強い志を持ち、いつしかこの学校から全国へという思いを抱いていた。

 それは部長なりの母校への恩返しと、後世へ夢を与えるという気持ちから来ていた物だった。


 そんな部長の気持ちを知らない舞は、残す期間も後僅かな部長がより自分たちに厳しく当たるのが、唯々五月蠅かった。


「とにかく、理由はどうでも良いけど今日はちゃんと出てよね!」

「はい、分かりました……」


 舞はインビジブルを発見してから、熱中するあまり部活に参加するどころか宿題すらもまともにやらなくなった。その影響で、ここ最近では舞を心配して部活に参加するよう促していた友達とも疎遠になり始め、家族も舞の心境の変化を僅かながら感じ取っていた。


”うるさい奴”


 この日、舞は部長には伝えず勝手に顧問へ退部届を提出した。


 これでまた一つ鬱憤が消えた。その開放感がまた堪らず、その夜舞はインビジブルを使いコンビニでお菓子を万引きした。


 ギフト券の失態以降、舞はフィギュアが手に入らなかった原因があのコンビニのせいだと思うようになり、憂さを晴らすように万引きをするようになった。そして万引きをするたび自分は罰を与える正義だと肯定するようになり、今では罪悪感の欠片すら抱かなくなっていた。


 後日。帰宅すると母に声を掛けられた。


「――舞。あんた最近早く帰って来るけど、部活はどうしたの?」

「え? あぁ、それなら辞めた」


 部活を辞めてから数日が経つと、順応能力の高い舞は直ぐに慣れた。


「あんた辞めたって、まだ半年も経ってないじゃない。そんなんじゃ何やっても続かないよ?」

「だって部長が五月蠅いんだもん。自分たちは何もしないのに片付けろだとか掃除しろだとか、めんどくさい事全部私達にやらせようとするんだよ?」

「それはあんたがまだ一年生だからよ。そうやって覚えるのが当たり前なんだよ」

「ふ~ん。そんな事言ってるからいつまで経ってもうちの高校地区予選すら通らないんだよお母さん。そういうのは結果を出した人だけが出来る特権だよ? 先ず結果出してくれって話」

「そんな事無いよ舞。何でも……」

「文句言ってももう辞めたから。私宿題しないといけないからもうこの話は止めて」

「…………」


 今までとは違いまるで兄のような口ぶりに、思春期でも迎えたのかと思い母はそれ以上追及しなかった。ただ、大人へと変化する嬉しい兆候のはずなのに、兄に似てしまった事を少し残念に思った。


 ――その夜。夕食を済ませいつものようにリビングでテレビを見ていると、母にでも聞いたのか兄が部活を辞めた話をして来た。


「お前なんで部活辞めたんだよ? 折角お前のバイオリン聞きたかったのに」

「ブラスバンドだからバイオリンは無いよお兄」

「え? そうなの? んじゃあさ、お前次遊戯王部入れよ? 俺のブルーアイズ貸してやるから?」

「そんな部活あるわけないじゃない! 何が目的の部活なのよ!」


 この話を振られた時、舞は心底不快感を覚え口を紡ぐつもりだった。しかし話術が上手い兄には勝てず、直ぐに雑談交じりのノリに口が軽くなった。


 兄は基本真面目だが遊び好きで、いつも笑っていた。そのうえ自分の遊びに他人を引き込むのが上手く、特に舞には無敵だった。その為それを良く知る母は、敢えて兄に部活を辞めた事を伝えていた。

 それが案の定という形になったのを見て、父も母も内心微笑んだ。


「え~? もしかしたら将来デュエルが全ての世界になるかもしれないじゃん? お前そしたら今のうちに強くなってた方が得じゃん?」

「一生来ないわよそんな世界!」

「え~? だってテレビじゃデュエルで命懸けてたぞ?」

「あれはアニメ! お兄何歳になったのよ!」

「年齢は関係無いだろ? じゃあなんで部活辞めたんだよ?」

「別に良いじゃないお兄には関係無いんだから!」


 完全に兄のペースだった。こうなるともう舞には話題を反らす手段は無かった。


「あるよ。お前が部活辞めたらその分暇になるだろ? そしたらさ、俺の代わりにゲームログインできるだろ?」

「何で私がお兄のゲームログインしなきゃなんないのよ!」

「だってお前部活辞めたんだろ?」

「それとこれとは関係ないじゃない!」

「え~? じゃあなんで部活辞めたんだよ? お前その為に辞めたんだろ?」

「違うって言ってるでしょ!」

「じゃあなんでだよ?」

「部長が五月蠅いからよ!」


 冗談と本気。このバランスを絶妙に調整しての口撃は兄の必勝法だった。特に本気でゲームのログインをさせようとする苛立ちは、簡単に本音を引き出した。


「五月蠅いって? 『おいっ! おいっ! うえぇぇっ! そこ違……うえぇいっ!』とか常に言ってんのか?」

「ち、違うわよ! そんな人いるわけないじゃない、はははははっ!」


 本音を引き出してからさらに冗談を言う兄は、舞のストレスを吹き飛ばした。すると嫌な話をしているはずだった舞だが、もうそれは過去の話へと変わった。


「将来プロになりたいのかなんだか知らないけど、弱小なのに全国制覇するとか言って張り切ってんの。それで有名校の真似してるつもりなのか、偉そうに自分たちは先に帰って片付けしろとか言って強豪校気分でいるの。私なんか可哀想になってきてもう付いていけないよ。お兄だってそう思わない?」

「馬鹿やろ! 夢を追うのが高校生だろ! お前は仲間の情熱が分からないのか!」

「何で急に熱血キャラなの?」


 そう言うと二人は笑った。

 この時間は舞にとっては久しぶりに楽しい時間だった。そこにはもう嫌な物は無く、幸せないつもの家庭だった。

 それを見計らったように、兄が本題に入った。


「でももうすぐインターハイなんだろ? もうちょっと三年生に付き合ってやっても良かったんじゃないのか?」

「ま~、それはそうだけど……」

「お前なんの楽器やってたんだよ?」

「フルート。前に言わなかったっけ?」

「あれ? そうだっけ?」


 兄は舞の担当楽器がフルートである事は知っていた。それは兄も意識していない、意味も持たない会話のリズムから出た嘘だった。

 しかしこれが舞も気付かない心の奥底に残念さを生み、振り幅を作り出す。


「でも勿体ねぇな。極めれば鹿とか集められるんだぞ?」

「いや、それは無理だから」


 舞がトーンを落とせば空かさず冗談でバランスを取る。聞いている家族にとってはふざけているだけにしか聞こえない会話だが、何とかして舞に部活を続けさせようと思っていた兄にとっては、針の穴を通すような慎重な作業だった。


「友達はまだ続けてんの?」

「うん。今辞めたら三年生五月蠅いとか言って怖がってるから」

「じゃあお前が辞めたら困るんじゃないのか?」

「そうかもしんないけど……私のせいじゃないし……」

「そうか……」


 私のせいじゃない。これを聞いた時、兄は舞の心境の変化を敏感に感じ取った。舞は今まで『誰かのせい』という言葉を本気で使う事は無かったからだ。


 舞は賢く、自分の非は素直に認める。それが妹の誇りだった。思春期だとは母から聞いていた兄だったが、少し悲しい気持ちになった。


「お前もう少し部活続けろよ」

「え? なんで? もうやだよ」

「だって俺、お前の演奏一回も聴いた事ないんだぞ? 一回くらい聴きたいじゃん?」

「い、良いよ別に。私別に上手くないし……」


 褒められたわけでもないのに舞はなんだか照れ臭かった。それは先ほど生まれた舞も気付かない残念さを無意識に利用した兄の才能だった。そして兄はさらに才能を発揮する。


「え~。まぁ良いか。ちょっと残念だけど仕方ないか……」


 これは本心だった。フルートと聞いた時、ふと浮かんだ演奏する妹の姿はとても愛らしかった。それは想像で終わらせるには惜しく、例え下手でも一度はその姿を目に焼き付けたかった。

 だからこそそんな兄が零した一言が、舞にもう少しだけ部活を続けてみようという思いを抱かせた。


 ――そんな翌日。退部届けを知った部長に呼び出された事で、舞の心は酷く歪んでしまう。


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