選出
――午後四時。
病院が占拠されてから数時間。撮影要求から変化の無いまま、アリウムと警察との睨み合いが続いていた。
ロビーには人質たちが出す人間の臭気が漂い、疲労の蓄積から限界を迎える者も現れ始め、殺伐としたロビーの空気はさらに澱みを増していた。
特に高齢患者の疲弊は酷く、アリウムは医師による措置を取らせたが、友子による恐怖が蔓延した人質たちは、年齢を問わず時間の問題だった。
そんな中でもアリウムは人質の解放を条件に二度目の撮影を要求した事で、人質たちはさらに疲労を蓄積させていった。
「……はい。それで構いません。ではこちらもこれから七名を選出しますので、機材はその時に交換という形でお願いします。…………はい、分かりました。お願いします」
携帯電話で警察と交渉する友子は、口調も振る舞いも柔らかく、とても凶悪殺人者には見えなかった。それが狂暴性を知る者には一層の恐怖を与え、人質だけでなくアリウムの中にさえおぞましさを感じる者がいるほどだった。
「今回はさすがにスタッフは付いて来ないみたいです。やはりうちのメンバーで撮影するしかないみたいです」
「そうですか。ですがそれは仕方ないですね」
「あぁ。姉……ナンバー弐がやりすぎたからな」
「そんなことないですよ~二人とも。ナンバー伍は良かったって言ってたんですから」
二度目の撮影を前に、妃美華、友子、健次郎、霧崎、ナンバー肆の五人で集まるが、こんな状況でも楽しそうに雑談する鎌田たち三人は、霧崎とナンバー肆から見ても異常としか思えないほど明るい雰囲気を放っていた。
しかし友子が解放する人質の話に移ると、三人の放つ空気は一変する。
「それより、人質はどうしますか? 体力的に限界の来ているお年寄りを解放しますか? それとも、私たちに貢献してくれる人を選びますか?」
そう周りにも聞こえるよう言うと、友子は人質たちにどうするのか尋ねるように視線を送った。それに続いて妃美華が言う。
「それは良い考えですねナンバー弐。“また数名無駄にしてしまう”だけでは勿体ないですから、ここは何かしら私たちに恩恵をもたらしてくれるという人物を選びましょう」
今回の撮影でも無理難題を押し付け、それを警察が拒否すれば見せしめとして数名を殺害するというメッセージは否応なく伝わり、人質たちは殺されたくない思いから逆に妃美華に選んでもらえるよう一斉に視線を送った。
アリウムは病院の二階までを監視下に置き、三階より上は封鎖した。しかし進行は可能な状態で、例えロビーにいる人質全員が死んでもいくらでも補充が可能だった。それを知る人質たちには、既に人質としてのアドバンテージはなく、最終的には殺される可能性も悟っていた。
それが人質たちの顔を本能的に上げさせていた。
そんな視線を受けて友子は、人質たちの前へ出た。
「というわけです。これから私たちは、あなたたちの中から七名帰宅してもらう方を選びたいと思います。ただし帰ってもらう方には一つお願いがあります。それは帰る途中、私たちが指定するお店に立ち寄ってもらうというものです。それでも構わないという方は挙手をお願いします」
条件の意味もその裏に潜む危険性も、再びやってくる恐怖の前では、いくら考えても今の人質たちには全く分からなかった。ただただ再びやってくる恐怖から逃れたい願いだけが心を包み、最早友子の言葉に対し救いを感じる者もいるほどだった。
そんな想いから、最初は恐る恐る震えた手を上げる者が現れ始め、最後には人質全員が手を上げた。
その光景は外から覗く警察たちには異常な景色に見え、それと同時にアリウムは完全に人質たちを掌握しているという印象を与えた。
「なるほど。では……そこの眼鏡を掛けた白髪のおじいさんと……スーツを着たそこのあなた。それと……」
人質全員が挙手すると、友子は人差し指を左右に動かし、一人ずつ指名していった。しかしその仕草や表情からは決められていたという感じは無く、友子が適当に選んでいるという雰囲気が漂い、一人また一人と減っていく指名に慌てる人質たちは徐々にアクションを大きくしてアピールしていった。
その動きに友子は気付いていたが、その後も変わらず指名を続け、老若男女問わず七名を選ぶと諦めきれず未だ手を上げ続ける人質を無視して解放の準備に取り掛かった。
「では今選ばれた方はあちらの部屋へ向って下さい。あちらで病院から出る際の注意点と、帰宅の際に立ち寄ってもらうお店の説明があります」
そう言うと友子は、問診室を指さした。
「さぁ、どうぞ。こちらです。時間には余裕がありますので、慌てず付いて来て下さい」
丁寧な口調でそう言うと友子は案内するように先立った。そして全員がしっかり付いて来ているか確認し、笑顔で足の悪い者を待つ姿はとても愛想が良く、凶悪な存在には見えなかった。しかし準備が終わり解放される人質たちが姿を現すと、友子の笑みは邪悪なものにしか見えず、やはり凶悪な存在だと再認識させた。
いくつもの小さな箱に色とりどりの配線。お腹の前にはデジタルタイマーが赤い光を放ち、背中には配線が繋がる黒いリュックサック。人質たちの体には機械的な装置が付けられ、それは誰の目から見ても爆弾だとすぐに分かるものだった。
顔面蒼白となり俯く人質たちは列をなし、それを友子がバスガイドのように先導する。周りには今までになく厳重にアリウムのメンバーが警護し、歩く先にもメンバーが道を作る。
解放する人質に爆弾を巻き付けて解放する手順は、アリウム全員にも知らされていたが、ロビーには異様なまでの緊張感が走り、何も知らされていなかった人質たちには戦慄が走った。その中でも楽しそうに先導する友子は異質な存在であり、霧崎でさえ正気の沙汰とは思えないほどだった。
そんな友子が近づいてくると、次の解放のチャンスよりも殺される可能性の方が大きい人質たちは、先ほどと打って変わって全員が目を合わせぬよう下を向いた。そして爆弾が仕掛けられた人質たちを見せしめに、今度はどんな恐怖を友子が植え付けてくるのかと怯えた。
しかし友子は、人質たちの前へ来ても一切止まる素振りは見せなかった。それどころかまるで興味が無いかのように目線も送らず、そのまま人質たちを連れて警察との交換を始めた。
本来なら何事も無く通り過ぎた恐怖に安堵するはずの人質たちだったが、巻き付けられた爆弾やその後の行動についてなど一切説明が無い状況は、解放されても無事では済まないという事を意味しており、より一層の恐怖を植え付けられた形だった。
そして数分の警察のやり取りが終わり、撮影機材を手に入れた友子たちが戻ると、二度目の恐怖の時間が始まった。




