一線
“一枚くらい……一枚くらいなら良いよね……”
深夜のコンビニ。舞はインビジブルを纏いギフト券の棚を前に佇んでいた。
店内には午前一時を回ったという事もあり舞以外の客はいなく、店員も客の存在には気付いていても気にする様子はなく、奥で棚卸をしていた。
舞は兄からフィギュアをプレゼントされてから、日に日にもう一方のフィギュアを手に入れたくなっていた。それでも純粋な舞は、最初こそは地道に小遣いを貯め買うつもりであったのだが、後日おもちゃ屋を見に行った時には既にフィギュアは完売しており、気付けばネットで徐々に高額な値が付くほどになっていた。
そこで舞は小遣いの前借や母の手伝いなど、この数日様々な金策を試みてなんとか入手しようと頑張った。だが高校生である舞には一万円を集めるのがやっとだった。
“や、やっぱりお兄に頼もうかな……”
舞はフィギュアなどに固執するような性格では無かった。そんな舞がこれほどまでにフィギュアに想いを寄せるのには訳があった。
“で、でも、私がリリアの方プレゼントしたらお兄喜ぶだろうな……”
予想以上のクオリティ、兄が零した「リリアの方が好きだ」という言葉、兄への感謝。そしてお互いを尊重し合う仲良し姉妹のキャラクターがまるで自分たちの写し鏡のようで、二体のフィギュアを手に入れれば兄とより強い絆を結べるという思いがあった。
何よりも、インビジブルという魔力が舞の選択肢の中に安易に窃盗という犯罪を混入させた。
カードに手を伸ばしは戻し葛藤する舞。善と悪、この時まだ完全にインビジブルの魔力に憑りつかれていなかった舞には、今自分がしようとしている行為は犯罪だという認識があった。だが既に自分が罪を犯せば誰かを傷付けるという意識は無く、ただただ悪い事だと思うだけだった。
その葛藤はしばらく続いた。するとこうしていても誰にも咎められないという環境の順応が“慣れ”という感情を生み、心の緊張を解き始めた。そしてそれは罪悪に対する意識までも薄れさせ、遂に舞は一万円のギフト券を手に取ってしまった。
“やった! もう手に取っちゃえば誰にもバレない!”
舞の高鳴る鼓動は、あっという間に喜びの躍動に変わった。
インビジブルを纏うと、手に取った物まで不可視化する。この原理については理解していない舞だが、まるで何かを成し遂げたような達成感があり、感じた事の無い高揚感に快感を覚えた。
その高揚感は舞から正常な判断力を奪い、最後は入店音も靴音も気にせず、軽快にコンビニを出るほどだった。
“やった! やった! これでお兄にリリアのフィギュアが買える! やった!”
毎夜歩き慣れたとはいえ未だにビクつきながら歩く夜道が明るく見えた。心は軽く背中に羽が生えたかのように体が弾む。寂しさを感じさせる夜闇の香は清々しく、星の瞬きが静寂を彩り付ける。
この日、舞は初めて犯罪に手を染めた。そこには罪悪感などというものは無く、得も言われぬ解放感があり、達成感があった。
そんな舞であったが……
“何でよ! 何で駄目なの!”
はやるような気持ちで帰宅した舞は、早速フィギュアを購入するためギフト券の登録を行った。しかしレジを通していないカードは使用できない事を知らない舞は、拒否されるスマホを相手に苛立ちを隠せずにいた。
何度も何度も番号を確認し打ち直す舞。その度に出る使用不可の文字。
ここまで来るまで全ては計画以上の成果を出し、まるで世界が自分の味方をしているかのような気分にさえなっていた舞には、この上ない侮辱だった。
「もー何でよ!」
これで全てが上手くいくはずだった。その期待を裏切られた舞の怒りは善の心を完全に奪っていた。それを証明するように舞は一度叩きつけたカードを拾い、怒りをぶつけるように手の痛みも忘れ乱暴に何度も何度も折り曲げた。
この失敗が元で、舞の心は病み始める。




