オイルショック
「ねぇねぇ、次はトランプしようか?」
「はい! じゃあババ抜きしましょう!」
昼食を終えた舞たちは、その後も佐藤の誕生日会を楽しんでいた。
「え~? ババ抜き~? 私弱いから違うのが良い~」
「佳代は弱いもんね?」
「え? そうなの?」
「はい、佳代ってこういうゲーム凄い弱いんですよ」
「そうなんだ。じゃあババ抜きしよう!」
「え~!」
佐藤の誕生日を祝う四人はリラックスしており、祝われる佐藤も大いに喜んでいた。そこには既に舞が抱える罪悪感はなく、先輩と後輩を超えた友と呼べる明るい雰囲気で溢れていた。そんな中だった。
「ん?」
ババ抜きをするため準備をしていると室内が突然薄暗くなり、気にもならなかった小さな機械音まで止まり、病院内は人が出す以外の音が消え静まり返った。
「停電?」
ぼそっと佐藤が言うと、四人は揃えたように天井を見つめた。それを見て佐藤は「ぷっ」と笑った。
「本当に四人は仲が良いんだね?」
「え?」
「だって皆して同じタイミングで天井見たもん」
「えっ⁉」
四人は最初佐藤が何故笑ったのか分からなかった。しかし理由を聞いてそれぞれが顔を合わせると何故だか恥ずかしくなった。だが直ぐに笑顔がこぼれ、場はさらに和やかな空気となった。
「あ」
そんな四人の笑顔のお陰か、笑い声が響くとそれに応えるように室内灯が付き、冷蔵庫やクーラーが出す小さな唸り音が戻って来た。
「電気戻ったみたいですね?」
「うん」
「きっと先生か誰かブレイカー入れたんじゃない?」
「そんな、家じゃないんだから。病院だよ瞳?」
「え?」
『ハハハハハッ!』
瞳の発言に舞がツッコミを入れた事で室内はますます明るくなり、五人は一時の停電など全く気にする事もなくトランプを始めた――
「ん?」
トランプを始めて暫く経ち、大いに盛り上がっていると、緊急車両のサイレンが聞こえてきた。
「あ、救急車だ。何かあったのかな?」
これにいち早く反応したのが順子だった。するとそれを皮切りに、舞たちはトランプを置き野次馬するために窓に集まった。
「ん~……良く見えないな~。どこかな?」
「あっちの方から聞こえない?」
「え? どっち?」
「あっちだよ」
「え? 私こっちから聞こえるよ?」
窓に張り付くように外を眺める四人はまるで子供のようで、その姿に佐藤は幸せな気分になった。
「どう? 見えた?」
「いいえ。部長、救急車の入り口ってどっちですか?」
「え? この音救急車じゃないよ? パトカーだよ?」
「え?」
入院する佐藤は救急車の音を日頃聞いており、直ぐにこの音がパトカーだと気付いていた。それに対し舞たちは、病院という先入観から救急車と勘違いしており、近づく音にここに向かっているのだと思っていた。
「な~んだ、パトカーか。きっと信号無視した車でも追いかけてるんじゃない」
「な~んだ」
見たところで何かある訳ではないが、ちょっとした好奇心が満たされなかった舞たちは、残念そうに窓を離れようとした。するとサイレンは四人を引き留めるように近づき、最後には病院の直ぐそこで鳴り続けた。そして気付くと加勢するようにあちらこちらからもサイレンが響き、佐藤までもが外を覗いた時には赤色灯を輝かせる大量のパトカーが病院を囲むように停車していた。
「何これ⁉ 何かあったんじゃないの⁉」
異様な光景に舞たちは食い入るように窓の外を眺めた。すると順子がそれ以外の異常に気付く。
「あっ! 信号止まってる!」
「えっ! あっ! 本当だ!」
「えっ⁉ ちょっと待って! あそこの信号だけじゃないよ! 多分停電だよ!」
「えっ、嘘っ! あ、本当だ……」
順子の声に街を見渡す舞たちは、昼間の明るさに気付かなかったが、僅かに薄暗く活気を感じられない静かさにやっと異変に気付いた。
「さっき一瞬電気落ちた時じゃない?」
「うん、多分そうだと思う。それで警察集まってんじゃないの?」
「あ、でも、ここは点いてるよ? 信号の故障じゃないの?」
「何言ってんの瞳? 病院は自家発電出来るんだよ。じゃないと人工呼吸器とか使ってる人死んじゃうじゃん」
「あ、そうか……え、でも順子、自家発電は違うんじゃない? 自家発電なら電気作ってるんだよ? 発電機じゃないの?」
「そんな細かいところまでツッコまなくてもいいの瞳」
突然起きた出来事に、普通の女子校生の順子たち三人は、ちょっとしたイベントを味わっている気分だった。
そんな三人を他所に、舞と佐藤はこの事態に不安を抱いた。
「部長、私ちょっと下の様子見に行ってきます。部長は順子たちとここに居て下さい」
「うん、お願い新垣さん。でもエレベーター使っちゃだめだよ。もし途中で止まったら大変な事になるから」
「分かりました。じゃあ私ちょっと行ってきます。部長たちはあんまり病室から出ないようにして下さい」
「分かった」
そう言うと舞は、窓の外を眺め盛り上がる三人に気付かれないよう静かに病室を出た。
廊下に出ると病棟は普段より少しだけ騒がしかった。一時的な停電が起きた事による異常の確認に回る看護師、外の様子に気付きざわつく病室。不安になり廊下で雑談する患者。
一見すると活気のある病棟に見えるが、普段の静かな状態を知る舞には、異常事態にすら感じた。
そして佐藤の言う通りエレベーターを使わず階段を下りていくと、下に行くほどざわつきが大きくなり、二階まで来ると喧騒が聞こえ、これ以上は危険だと感じるほどだった。
そこで舞は一度三階へ上がるとトイレに駆け込み、事態を把握するため兄へ電話を掛けた。
「……もしも」
“舞か! お前今どこにいる!”
五回目のコールでやっと繋がると慌てているのか、兄の優樹は息を切らし忙しなかった。
「うん。今三階のトイレにいる」
“三階⁉ お前ら四階に居たんじゃないのか?”
「うん。パトカーがいっぱい見えたから、今私だけ確認しに降りてきた」
“えっ! 危ねぇから戻れ! 今俺たちもそっちに向かってるから!”
「えっ⁉ お兄今どこにいるの?」
“今四階だ!”
「ええっ⁉」
“お前らを探しに来たんだよ!”
優樹たちは西棟側の階段から四階に上がった。そのため東側の階段を下りた舞とは行き違いになっていた。
「じゃあ今すぐ戻る! だから部長の部屋で待って!」
“いや俺たちが迎えに行く! だからお前は俺たちが行くまでそこにいろ! 俺たちが行くまで絶対に鍵開けんなよ!”
「えっ!」
階段で聞いた喧騒、兄の慌て具合から何か良からぬことが起きていると感じていた舞だが、これを聞いて危険が迫っていると確信すると無性に怖くなった。
「なんでっ⁉ ねぇお兄何が起きてるのっ⁉」
病院という場所、トイレという個室が舞にあの時の恐怖をフラッシュバックさせ、パニックに近い状態にさせた。
するとそれを敏感に察した優樹は、咄嗟に妹を落ち着かせるため冗談を放った。
“あれだ……あれ! 一階のトイレットペーパー全部盗んだ奴がいるんだよ! そいつがまだ紙足りねぇって言って包丁持ってトイレ襲ってんだよ!”
「えっ⁉ どーゆう事⁉」
予想を遥かに超えた事態を耳に、舞の思考はパニックを忘れた。
“言ったとおりだよ! オイルショックだ!”
「オイルショックッ⁉」
オイルショックとは、一九七〇年代に発生した原油価格高騰により、物流の停滞や紙の生産へ影響が出るという噂から、トイレットペーパーがなくなると危惧した市民が買い占めを行い、市場からトイレットペーパーが品薄になったという出来事。
社会授業の白黒写真と、バイオハザードをなぞらえた兄からの雑学でしかこの出来事を知らない舞は、この時紙不足に陥った市民がウィルスに感染したゾンビのようになり人々を襲ったと勘違いしており、現在途轍もない怪物が病院の一階に居ると度肝を抜かれた。
「だだだ大丈夫なの⁉ おおお、お兄感染してない⁉」
パニック症状は治まった舞だったが、兄の余計な気遣いのせいで今度は違う意味でパニックに陥ってしまった。
“俺は大丈夫だ! ただ……”
「ただ?」
“霧崎は……やられた”
「ええっ⁉」
それを聞くと舞は、慌てながらも大急ぎで施錠した鍵を何度も開け閉めして確認し、再び掛けると体を預けてがっちり扉が開かないよう抑えた。
「ははは早く助けに来てお兄!」
“分かってる! 今三階に着いた! お前どこのトイレに居るんだ!”
「三階三階! 三階のトイレだよ!」
“三階のどこだよ! お前どっから階段降りた!”
「部長の部屋から一番近い階段だよ!」
“部長の部屋ってどこだよ!”
「東東! 東の便所!」
“お前落ち着け!”
悪いのは嘘を言った優樹なのか、はたまたトイレットペーパーを求めるゾンビなのかは分からないが、ほどなくして救出された舞は半泣き状態だった。




