長閑な朝
――午前四時。
夜が明け、白靄が辺りを青白く包む。未だ寝静まる街には、普段と変わらず新聞配達員の息遣いが染み渡る。
「行くぞ」
防弾チョッキに身を包む霧崎がそう言うと、優樹たちは静かに頷き車に乗り込んだ。警察署の前は、濡れるアスファルトから湯気が立ち上るかのように濃い霧がかかり、優樹たちを乗せた車のテールランプは吸い込まれていくように消えていった。
この日、警察は大規模な捜査網を築いた。それは街へ繋がる全ての国道の検問から五市町村全ての公共施設まで広げ、優樹たちまで駆り出すほどのものだった。
爆発事件があったあの日、警察署へ鎌田たちから警告文が届いた。その内容は、以前と同様に、昨年の事故についての記者会見を開けという物だった。しかし今回は、三日以内という言葉と最後という言葉が記されていた。
これに対し警察は要求を拒んだ。すると鎌田たちは、約束の日付に変わると同時に、殺害予告をするようにネット上に標的となっている数名の人物の個人情報を上げた。
これにより警察は、鎌田たちが今日予告通り行動を起こすと考え、決戦を挑む事となった。
――午前四時十五分。
隣町との境にある市道。ひび割れのあるアスファルトは補修跡が継接ぎだらけの模様を作り、路床の不陸はそのまま路面を形成する。脇には墓地と酪農畑が広がり、ポツンと高架橋が一本渡る。
ここは隣町へ抜けるため地元民が良く使う裏道で、お盆の墓参り時期以外は往来する車の数は少なかった。そして改良工事の行われていない路面は凍上により起伏が激しく、信号が無くてもスピードを出す車はほとんどいない道だった。
そんな道路は早朝という事もあって、優樹たちが持ち場に付いても行き来する車はなく、靄が包む静かな世界だった。
「う~、だいぶ寒くなって来たな。昼はまだ夏みたいだけどやっぱ秋だな」
外で煙草を吸っていた優樹は、肩を窄めながら車内に戻って来た。
「だろうな。時期的にはもう秋だからな」
早朝でも真面目な霧崎は、日中と変わらずキリリとする。
霧崎たちに与えられた任務は、この道を走る不審車両の監視と、発見された鎌田たちが逃走した際、この道を選び尚且つ前方で敷かれる検問を突破され、こちらに来たら追跡するパトカーの邪魔にならないように追跡する事だった。
霧崎たち全員には防弾チョッキの着用が義務付けられ、全車には無線が装備されていた。そして霧崎にだけは拳銃の所持、並びに独自の判断での発砲の許可が認められていた。
「本当に来るのかね~、鎌田たち」
眠たい眼の優樹は、助手席で背伸びをすると缶コーヒーを片手に言う。
「ホテルに来るかどうかは分からん。だが何かしら行動を起こすのは間違いないだろう。だから気を抜くな」
「分かってるよ。だからもうちょっとしたら仮眠取るから、何かあったら起こしてくれよ?」
「お前の防弾チョッキに穴が開いたら起こしてやる」
「分かった。じゃあ頼む……っておいっ!」
霧崎と優樹は、二両目の車両に二人だけで乗っていた。これは任務上特に意味はなく、毎日桜井たちと生活をする中で気を遣うストレスから逃れたい優樹の我儘から来たものだった。
桜井たちは警護上反対だったが、あれやこれや優樹が屁理屈を捏ね収拾がつかず、最終的には役割から見ても一日中車が動くことは無く危険にさらされる可能性はほとんどない事から渋々承諾された。
久しぶりの解放感は優樹のストレスを和らげ、二人だけの車中は穏やかな時間が流れていた――
午前七時。
「おい」
「…………」
「おいっ!」
「ん……なんだよ?」
「お前今寝てただろ」
「……いや」
「嘘を付くな! 一応これも仕事だぞ!」
「…………」
「おい! 寝るな!」
最初は久しぶりの時間に哲学的な話をしていた二人だったが、早朝という事もあり徐々に眠気に襲われ、気付くといつの間にか無言となり、優樹がうたたねを始める始末だった。
太陽が顔を出すと本日も夏に向かうかのように青空が広がり、秋が近づく風は湿度も少なく、気温が上がり始める前の涼しさは平和を告げるかのように快適だった。市道はいつもと変わらず通行量は少なく、遠くに聞こえる牛の鳴き声はのんびりとしていた。
――午前八時四十分。
「…………」
「…………」
時折吹くそよ風が草を揺らし、モ~っという牛の声を遠くから運ぶ。ゆっくりと流れる白い雲が漂う空には小鳥がさえずり、夏虫と秋虫がそれぞれの季節を彩るように鳴く。
絵に描いたような穏やかさに、いつの間にか霧崎たちは淡い眠りの中に居た。
“……より各車……ホテルよ……マル害逃走……”
夢見心地の霧崎の耳に遠くから聞こえてきた無線は、徐々に意識を戻した。そして“繰り返す”の声に驚き飛び起き、音量を上げた。
“○○ホテルより〇害逃走! 車両は青のスープラ! ○○方面へ向け移動中!”
「おわっ! なんだよ急に⁉」
今まで子守歌のように聞こえていた無線が突然けたたましく鳴り響いた事で、優樹は驚き飛び起きた。
そんな優樹を他所に、霧崎は忙しなく動き始めた。
「聞こえたろ新垣。準備しろ」
「え? 準備って今の無線の事か?」
「そうだ」
そう言うと霧崎は窓から顔を出し、桜井たちに向かい大声を出した。
「聞こえましたか桜井さん! いつでも行けるよう準備してください!」
前後の車両に声を掛けた霧崎は確認が終わると背を付け、シートベルトを締めハンドルを握り、ギアをドライブに入れた。
それを見て優樹は、眠気も吹き飛び慌てて声を掛ける。
「おいおい! お前どこ行こうとしてんだよ!」
サイドブレーキにまで手を掛け今にも発車しそうな勢いに、思わずシートベルトを閉めた優樹だったが、こんな状況でも作戦はきちんと覚えており、霧崎の行動に危機感すら覚えた。
「どこって、無線を聞いただろ? 鎌田たちはこっちの方向へ来ている。下手をしたら直ぐにでも来るぞ」
「おい待てよ! 俺たちの役割は追いかけるパトカーの後を追う事だぞ! 何先頭切って行こうとしてんだよ! 落ち着け!」
「安心しろ、俺は落ち着いている」
「本当かよ!」
霧崎の行動は完全に慌てているが口調はとても落ち着いており、その矛盾が優樹に余計に恐怖を与えた。何より優樹は霧崎の運転は上手いとは思っていなかった。
「ならいったんギアをパーキングに戻せ!」
「何故だ?」
「前にも車あるだろ! 急に動いたらあぶねぇだろうが! せめて前の桜井さんたちが動いてからにしろ! お前本当に警察かよ!」
「……分かった」
警察という言葉に、霧崎は逡巡するとギアをパーキングに戻した。それを見て優樹は胸をなでおろしたが、そのタイミングを狙っていたかのように遠くからパトカーのサイレンが聞こえ、二人で顔を見合わせてしまうほど緊張が走った。
「おい……」
「あぁ……」
一点を見つめ聴覚に集中する二人は、息を殺して音を追いかけた。するとその音は次第に大きくなり、二人は息を合わせたように身構えた。
そして耳を澄まして成り行きを伺っていると激しくぶつかり合う重い金属音が響き、最悪の状況になったと即座に悟った優樹は深いため息をついた。
しかしそれも束の間だった。優樹の落胆が終わるか終わらないかの前に霧崎は突然車を発進させ、あろうことか前に居る桜井たちの前へ出た。
「お、おい! お前何やってんだよ! 打ち合わせじゃ桜井さん……」
そう怒鳴る優樹だったが、その時には既に狂暴なエンジン音が直ぐそこまで来ており、それと同時に無線がけたたましく不快に響いたせいで背筋が伸びるほどの悪寒がして、思わず息をのんでしまった。
そして次に近づくエンジン音に目を向けたときには、フロントが傷だらけの青いスポーツカーと、赤色灯を光らせる何台もの黒い車が目にも止まらぬ速さで目の前を駆け抜けた。
これを見て、日々安全運転を心掛け、カーレースなど画像でしか見た事の無い優樹は生まれて初めて車が持つ凶悪性を知り、ただただ恐怖するだけだった。
その硬直が最悪の事態を招いた。
歯止めとなる優樹が機能しなくなってしまったせいで、後続の車が駆け抜けると霧崎は一気にアクセルを踏み、タイヤを鳴らすほどの急発進で追跡を開始した。
にゃんこは無事元気になりました。ただ少し斜頸が残り、頭を振るとズッコケます。しかし元気になったらなったでより綺麗好きになったのか夜中でもトイレをすると片付けるまで私を起こしたり、食事が口に合うと『満足だ満足だと』言って褒めるように私のところに来てはペロペロニャアニャア五月蠅いです。世とは本当に上手くいかない物です。
それでもまるで世界でも救った冒険をしたかのような多くの経験と大切な事を教えてもらいました。それこそ何冊素晴らしい小説を読んだか分からないくらい。意外と私は良い天命を持っているようです。
投稿はまたしばらく空きます。今回の件で小説を書くことはそれほど重要ではない事を知りましたので、この先は頑張りません。いつか小説家になれたらいいなぁ~くらいで頑張ります。




