招集
町との境を流れ、地元では小学生でもその名を知る、日本海へと続く一級河川。普段は河川敷沿いにあるパークゴルフ場から響く賑わいが流水を穏やかなものに見せるのだが、晴天にも関わらずその日だけは違った。
緑の森に不似合いな赤色灯がいくつも光り、白い手袋をした警官が黄色テープの境界の奥で青いカーテンを作る。辺りにはカメラを構えた大勢のマスコミが押しかけ、閑静だった河川敷は、物々しい空気に包まれていた。
その日、早朝の河川敷で男性の遺体が発見された。遺体はスーツ姿で川岸にうつ伏せの状態で浮かんでおり、頭部には鈍器のような物で殴られた跡があった。着衣には痛みはなく、昨夜の目撃情報から現場に駆け付けた鑑識は、昨夜から今朝にかけて殺害されたと推定した。
この遺体発見には、捜査本部は騒然とした。遺体となって発見されたのは、捜査本部に派遣された警視庁の一人だったからだ。
さらに彼は、昨年の事故に関係し、妃美華たちに狙われる可能性のある重要人物を警護する部署に配属されていた。
そのことから警察は、インビジブルに関する物は発見されていなかったが、妃美華たちが居場所を聞き出すため殺害した可能性があり、最悪に備え情報が漏れたと想定し、急ぎ重要人物を別の場所へ移動させる必要に迫られていた。
そしてさらに、昨夜霧崎から緊急で入った、鎌田たちが拳銃を所持しているという情報に、捜査員並びに管轄内の全ての警官に防弾チョッキの着用が義務付けられ、鎌田たちを全国指名手配しなければならなくなったのだが、昨年の事故の過失が明るみになるのを恐れる上層部の渋りも重なり、捜査本部内には所轄と本署の温度差が顕著になり始めていた。
この状況に、坂口は直ぐに霧崎と優樹を招集した。
「――というわけなんだ。だから今忙しいのは分かっているが、済まないがしばらく新垣君は仕事を休んで欲しいんだ」
「いえ。別に構いませんよ。一応現場は終わったんで、後の書類整理は社長にでも頼むんで」
「そうかい? ありがとう」
「いえ」
出勤前に呼び出された優樹だったが、坂口の話を聞くと素直に承諾した。そこには今朝見つかった遺体や、鎌田たちが妹へ接触したという事実などの要因があったが、最も大きかったのは、任されていた現場の竣工検査が終わり、後は書類の整理だけだったことだ。優樹は事務仕事が嫌いだった。そんな優樹にとってこの話は、まさに渡りに船だった。
「それで、指名手配はいつするんですか?」
心に余裕のできた優樹にとっては、ここから先は自分が鎌田たちにさえ気を付ければ、後は警察の仕事だった。それどころか舞が既に鎌田たちに情報を渡している以上、もう接触はしてこないだろうと楽観している優樹には、高みの見物と言っても過言ではなかった。
そうとも知らず、今日はやけに機嫌が良いなと感じる坂口は、真面目に対応する。
「どうだろうね? しないという選択肢は無いけど、まだ段取りができていないみたいだからね」
「段取りですか?」
早朝でまだ頭が回転していないという事もあったが、他人任せになっている今の優樹はほとんど考えていなかった。
「問題が問題だけにね、上手い口実考えないといけないんだよ」
「口実ですか?」
「そうだよ」
「何の口実ですか?」
「え?」
普段の優樹ならこれだけ言えば理解できるはずなのに、今日は全く話が通じない様に、坂口は風邪でも引いたのかと思った。そこで優しく丁寧に教えることにした。
「去年の事故だよ新垣君。警察に過失があった事だよ? マスコミだってもう五十嵐妃美華については調べているんだよ。今指名手配すれば隠蔽が明るみになって、それこそ事件以上に大騒ぎになるんだよ?」
「あ~。でもそうそう分かるもんじゃないんじゃないですか? 坂口さんたちでさえやっと知った事なのに」
「そうでもないよ。マスコミってね、警察以上に捜査能力高いんだよ」
「ほんとですか⁉ だって警察ですよ⁉」
「本当だよ。警察って意外と柵が多くってね、自由が利かないんだよ」
「あ~……なるほど」
警察の柵については良く理解できない優樹だったが、大きな会社の下請けで現場に入ったときの息苦しいほどのルールを思い出し、なんとなく坂口の言っている意味が理解できた。
「じゃあしばらくは今のままで鎌田たちを追わないといけないわけですか?」
「まぁそうなるね。でもこのままって訳にもいかないから、こっちも罠を仕掛けようと思ってね」
「罠ですか?」
これを聞いて、ほとんど何も考えていない優樹だったが、坂口が言わんとしていることが何となく分かった。そして流れ的に自分にはお鉢が回ってくることは無いと思うと、他人事のように何も考えず坂口の言葉を待った。
「そうだよ。今朝の事件や動機を考えれば、鎌田たちが狙っているのは五十嵐理利愛を轢いたパトカーに乗っていた警官と、隠蔽を指揮した署長やその関係者だろうから、上手くそれを利用できればこちらが用意した建物に追い込める。それをしようかと考えているんだ」
「そうなんですか……」
舞が妃美華たちと接触する前なら、間違いなくそこに優樹の名が入っていた。そうなることを避け今まで優樹はそこには触れないようにしていた。それが今、妹のお陰で除名されていたことに、さらに優樹の気持ちは軽くなった。
そんな優樹に代わって、今まで暗い顔をしていた霧崎が、飛びつくように口を開く。
「それはどこでやるんですか?」
「え? あぁ……それはまだ口外できないんだよ。絶対に知られるわけにはいかないからね」
「俺たちにもですか?」
「そうだね。これは本当に慎重にやらないと逆にこっちが危険になるからね。だからごめんね、霧崎君たちにも教えられないんだよ」
「そうですか……」
上機嫌でのほほんとしている優樹に、熱心な霧崎。普段とは対照的な二人に、坂口は良く分からないコンビだと思った。それでも互いの浮き沈みで上手くバランスを取っているのだと思うと、それはそれで良いコンビだとも思った。
すると今度はそれを証明するように、優樹が間の抜けた事を訊く。
「じゃあ、今その匿われてる人たちってどこにいるんですか?」
「え? い、いやだから、それも教えられないんだよ。何度も言うようだけど、どこで情報が洩れるか分からない以上、本部でも一部の人間しか知らない機密事項だから」
「あ、そうでした……すみません」
「いや、良いんだよ」
この話は何度か霧崎を通して優樹へ伝えていた。それを記憶力が良いと感じていた優樹が忘れたように聞いたことに、本当に風邪を引いていると確信した坂口は、感染しないよう警戒心を強めた。
「あ、それで思い出したけど、新垣君も何か考えていたんだよね? 鎌田たちを捕まえる策。何か思いついたのかい?」
「え? あ、あ~……そうなんですよ! そうそう忘れてた!」
優樹は鎌田たちを捕まえる方法を見つけるため、昨年の事故やそれに関わった人物の情報を欲しがっていたが、ほとんどは霧崎を通したこともあり詳細が分からず役に立たない物ばかりで、坂口たちは直接聞けるタイミングを探っていた。
「水ですよ! 水を使うんですよ!」
「水か~」
この発想には坂口も流石だと期待した。
インビジブルは、明確には判明していないが、魔法陣の影響を受けている物に触れると透明になる。そのためそこから離れた物は可視化する。そこで坂口と藤原は、インビジブルの効力を失わせるよりも、周りの景色の変化を利用して“影”を浮かび上がらせる方がより効率的だと考えていた。そして経済的にも実用的にも水が最も適していると見ていた。
「それで? 水を使ってどうするんだい?」
水への着眼点と、インビジブルを作ったという優樹の考えは、否応無しに坂口と藤原の期待を膨らませた。だがやはり優樹は天才だったのか、答えを聞いて二人は首を傾げる。
「災害……って言うか水害ですよ!」
「水害?」
「インビジブルって触れる物しか透明にしないじゃないですか? だから体から落ちた水滴とか、体に当たる雨とかは一発で居場所を教えてくれると思うんですよ」
「そうだね」
「それで思ったんですよ。鎌田たちは雨の日は絶対に避けるって」
「うん、それは俺も思うよ」
なかなか本題は見えないが、筋の通った話に坂口たちの期待はどんどん膨らんでいった。
「そこで水害ですよ! 大雨が降る嵐を利用するんですよ!」
「どういう事だい? 台風の日に鎌田たちを捕まえるって事かい?」
「いえ、逆です。天気予報でも絶対に雨が降らないって日を狙うんですよ!」
「え? もっと分かりやすく頼めるかな?」
「あ、すみません」
矛盾だらけの説明に全く要領を得なかった坂口たちだが、それが奇想天外な発想に聞こえ、未だ答えは出ないが強力な作戦に感じた。
「つまり、絶対に雨が降らないと思うくらい天気が良い日に鎌田たちをおびき寄せて、そこで大雨を降らせるんですよ!」
「どうやって?」
「簡単ですよ。知ってました? 水って街中に溢れてるんですよ。それこそ大雨を降らすぐらいわけないくらいに」
「え? そ、そうかな……? それはちょっと何とも言えないね……?」
それを聞くと優樹は、にやりと笑みを見せた。
「あ、やっぱり坂口さんもそう思います?」
「ま、まぁね……」
「だったら尚更ですよ。ちょっと準備は必要かもしれませんが、必ず鎌田たちは引っ掛かります」
「じゃあその大雨を降らす方法を教えてくれないかい?」
「分かりました。先ずですね……」
少々前置きの長い優樹に苛立ちを感じ始めていた坂口だったが、大胆かつ独創的な発想は簡単にそれを忘れさせる程面白い内容だった。何よりも屋外でも可能な方法は非常に有益な案となり、実現は難しいがその日坂口たちは改めて優樹の重要性を再認識した。
知っていましたか? この魔法人という作品は、去年のクリスマスから投稿しているんです。ほんともう、作者は一体何をしているんでしょうかね? ゴールデンウィークまでには終わらせて欲しいですね。と、五十嵐理利愛が言っていました。
うっせっ!




