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魔法人  作者: ケシゴム
一章
35/69

誤認

「お兄……どうしよう……」

「え?」


 夕食を済ませ、いつものように就寝までのひと時を寛いでいると、優樹の部屋に舞がやって来た。

 夕食の時から表情は暗く、ほとんど食事にも手を付けず自室に籠っていた舞に、優樹は風邪でも引いたのかと思っていたが、この時間に部屋を訪れ、何かを伝えようとする姿に、良からぬ事を感じた。


「どうした? 何かあったのか?」

「……うん」


 扉を閉め部屋に入った舞だが、力なく返事をしてもその場に立ったままだった。そんな舞に、優樹は何かとんでもない物を壊したのではないかと嫌な予感がした。

 優樹は舞に事件の詳細は話していたが、インビジブル以外に関しては一切事件に干渉させていなかった。そして舞もまた事件に関わるような行動もせず、部活に励んでいた。

 そのことから優樹は、舞が暗い表情を見せるのは順子たちと喧嘩したか、弁償レベルの困りごとだと思っていた。


「まぁ座れ」

「…………」


 舞の相談が大方見えたと思った優樹は、何とか解決はしようと決めていたが、まずは説教が必要だと考え、心の広い兄として見せるため舞に座るよう促した。しかし舞は黙ったままだった。


「お前何壊したんだよ? 学校のガラスか? それとも……部活の楽器か⁉」

「違う……」

「じゃあなんだよ? あっ! お前まさか俺の車傷つけたのか⁉」


 優樹の車は中古で買った黒い軽自動車だったが、綺麗好きの優樹は毎月洗車し、念入りにワックスを掛けるほど大切にしていた。そんな優樹の一番の楽しみは、ワックス後の傷の無い透き通る反射だった。その楽しみが奪われたかもしれないという予感には、あの頃の淡い記憶が過るほどの衝撃が走った。


「違う!」

「え? ……そ、そうか」

 

 力強い舞の否定には、優樹はホッとした。だが舞の口から出た言葉に、その安堵は一瞬で吹き飛ぶ。


「じゃあなんだ?」

「……今日……妃美ちゃんに会った」

「ひみちゃん? 誰だそれ?」

「……五十嵐……妃美華」

「えっ⁉」


 その名を聞いた途端、優樹の鼓動は高鳴った。

 

「お前大丈夫だったのか⁉ 何かされなかったか⁉」

「うん……何ともない……」

「本当か⁉」

「うん」


 既に優樹の中では、五十嵐妃美華はサイコパスの危険な人物だという認識だった。そんな妃美華と接触したと聞いた優樹は、小さな傷さえないか調べるため舞に近づき、顔から体まで舐めるように確認した。

 

「本当に何もされてないのか⁉」

「うん」


 見える範囲で小さな傷も見当たらなかったが、それでも安心できない優樹は慌てたように訊く。その姿が恐怖を体験した舞には安らぎを与えた。


「ほんとに、ほんとに大丈夫なのか⁉」

「うん。だからお兄落ち着いて、私は大丈夫だから」

「でもよ」

「良いから、まずは私の話を聞いて?」

「……分かった」


 優樹のお陰で落ち着きを取り戻した舞は、順を追って病院で起こった事を話し始めた――


「そうか……」

 

 病院に入るときにインビジブルを使った事、妃美華が拳銃を持っていた事、インビジブルの描き方を教えた事など、舞は病室で起こった全ての事を話した。それを聞いて優樹はただ黙って頷くだけだった。


「どうしようお兄……」

「気にすんな。眼鏡はちょっと痛いけど、今更インビジブルの描き方教えても特に問題ないし、あっちが拳銃持ってる事分かっただけでも収穫はこっちの方が大きいから。何よりお前が無事だったんだ、それが一番だよ」

「お兄……」


 インビジブルの描き方については、警察へさえ渡らなければ優樹自身それほど重要ではないと思っており、インビジブルを無効にする魔法陣が奪われた事だけが痛かった。しかし怖い思いはさせたが妹に怪我はなく、拳銃を所持していることや、情報を得た以上この先妃美華たちが自分たちへ接触しようとはしないと思うと、その対価としては安い物だった。


「だけどそのジョニーって奴が気になるな。てっきり鎌田姉弟が一緒だと思ってたから。もしかしたらそいつ、プロの殺し屋かもしれないな」

「うん、多分アメリカで雇った殺し屋だと思う。顔は日本人みたいな顔してたけど、筋肉ムキムキで二メートルくらい身長あったし、『分かった』くらいしか喋らなかったもん。あ、でも、妃美ちゃんの言葉は理解してたみたいだから、簡単な日本語くらいは分かるみたい」

「そうか……こりゃマジでヤバイな」

「うん」


 恐怖と様々な要因のせいで、舞の記憶の中ではすでに健次郎は日本人ではなくなっていた。そしてまた、健次郎を写真でしか見たことがなく、日本人として認識している優樹は、これまた様々な要因のせいで鵜呑みにしてしまった。


「でも、なんで妃美ちゃんは私がインビジブル見つけたって分かったんだろう? 私お兄以外には誰にも話して無いんだよ?」


 素朴な疑問だった。これには警護の事を何も話していない優樹はドキッとした。

 

「さ、さぁ、なんでだろうな? もしかしたら俺が霧崎と一緒にいるので気付かれたのかもしれない」


 地元民には顔の知れた霧崎と毎日一緒にいる事、健次郎宅を訪れたとき友子に接触した事、さらには護衛を付けて大所帯で行動するなど、妃美華たちが自分を怪しむのは容易に説明が付いた。それでもこれ以上舞に余計な心配を掛けたくない優樹は、護衛の事は話すつもりはなく白を切った。


「そうかもしれないね。霧崎さん警察だもんね」

「あぁ。警察に恨みを持ってる以上、鎌田たちは必ず調べてるだろうからな。そこから俺と霧崎が毎晩会ってる事くらいはすぐ分かったんだろう」

「特別捜査官だもんね」

「あぁ」


 非番免除の“大特権”を持つ“特別捜査官”という響きが、舞には霧崎は物凄い警察官であるという印象を与えていた。それが特に何もない霧崎から知られたという強引な辻褄合わせでも納得がいった。


「まぁとにかく、この先また何かあったら直ぐに大声を出すようにすれよ? そしたら必ず誰かが助けに来てくれるから。それが一番お前の身を守るからな」

「うん。分かった」


 優樹は警護が助けてくれるという意味で言ったのだが、舞には必ず兄がヒーローのように参上するという意味に聞こえ、とても胸が躍った。


「お兄も気を付けてよ?」

「あぁ、大丈夫だよ。俺には霧崎がいるから。あいつ逮捕術だったか何かで全国行ったとかなんとか言ってたことあるから、何も心配すんな」

「そうなの? 凄い! やっぱ霧崎さん凄いんだね!」

「あぁ」


 霧崎は逮捕術の大会へ出たことはあったが、全国へ行った話は先輩の話だった。それでも逮捕術を良く知らず勘違いする二人には、それだけでもイコール強いと思ってしまうには十分で、鎌田姉弟が格闘技を習得していることなど忘れ、無駄に霧崎への期待値が上がった。


「それでさっきの話なんだけど……」


 この日、怖い思いをした舞だったが、兄へ打ち明けたことによって心の傷は深くは残らなかった。そして妹に怖い思いをさせたという事実が、優樹の心に再び火をつけたのだが、それをあざ笑うかのように新たな犠牲者が出る。

 がんばれ霧崎!

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