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魔法人  作者: ケシゴム
一章
31/69

揺さぶり

「――これについて何か質問はあるかい?」

「はい」


 予想以上に遅れたが、霧崎と優樹が来署すると坂口と藤原は一切咎めることなく、昨夜起きた事件と優樹を呼び寄せた理由を説明した。

 当初優樹も、会社にまで連絡を取った坂口たちには苛立ちを感じていたが、警察署前の報道陣や署内の忙しなさに異常を察し、さらに坂口たちの説明に重大さを知り、不満も忘れ真剣に話を聞いていた。


「鎌田健次郎と姉の友子に関して何ですが、もし仮に前のままの形で張り込みをしていた場合、逃げられる可能性はなかったんですか?」


 五十嵐姉妹と鎌田姉弟は、幼いころから家族ぐるみの付き合いがあった。しかし去年の事故に関しては警察署内では詳細は極秘とされていて、坂口たちが知ったのは今朝だった。そのため優樹は調べの足りない警察の落ち度だとは思っていたが、水掛け論になる余計なことは避け、自分の欲しい情報だけを得るつもりだった。


「う~ん……それを言われると何とも言えないね」

「と、言うと?」

「一応九人態勢でサーモカメラも使って見張っていたけど、相手はインビジブルを使うからね。もしかしたら鎌田たちはもうすでにサーモカメラに対する手段を得てるかもしれないからね。その辺は俺たちより新垣君の方が詳しいんじゃないのかい?」

「う~ん……どうですかね? こっちでも色々調べてはいるんですが、俺自身まだ良く分かってないですからね」

「そうなんだ」


 呼ばれた理由は納得していた優樹だったが、坂口たちがインビジブルについて情報を聞き出そうとすることは分かっていた。それでもほぼ確定的に鎌田たちがインビジブルを所持していることが分かっている以上、ギリギリまで押すつもりだった。何より二日前に舞がインビジブルを無効化する魔法陣を発見しただけに、ここは勝負所だった。


「今のところ警察の方でも、インビジブルに対抗する手段は見つかってないんですか?」

「これといったのは無いね。何せ鎌田たちはかなり計画的に動いてるからね」

「まぁ確かに……」


 強盗、殺人、報復。強盗に見せかけ資金を集め、インビジブルの性能を確かめるような連続殺人、そして大々的な報復宣言。

 これだけでも筋が通っており、かなり計画的に動いているのが分かるが、その他にも不明瞭な渡航や安易すぎる大胆な犯行も考慮すれば、シナリオが作られていると考えざるを得なかった。 


「唯一あるとすれば、ここみたいに対策取った建物に入ってもらうしかないね」

「そうなんですか……」


 これを聞いて優樹はチャンスだと思った。インビジブルを無効化する魔法陣の制作過程で、魔法陣の発動には舞が作ったルーン文字が関係していることが分かった。

 つまり警察が未だに効果的な対抗手段を見つけられていないということは、その秘密には気付いていないという事であり、それさえ分かれば今までジョーカーだと思っていた札を使えるからだった。


「じゃあ鎌田たちが犯人だと分かっていても、今とあまり変わらないという事ですか?」

 

 かなり手札が増えたことで強気になった優樹は、坂口たちの揺さぶりも恐れず踏み込んだ。


「そうでもないよ。恐らく彼らの標的は去年の事故に関わったここだろうから、そう遠くない場所に潜伏してるはずだから」

「でもあっちは透明になれるんですよ?」


 それを聞くと坂口は表情を柔らかくした。


「潜伏ってね、姿が見えなくても必ず足取りを残すんだよ。出入りする場所があれば新しい跡が残るし、水や食料を得るにはどこかから調達しなくちゃならない。今までは“誰か”として人の中に隠れられていたけど、そこから外れると身を隠すのは想像以上に難しいんだよ。それに人っていうのは不思議なもので、そういう不審な変化にはすぐ気付くんだ。だからこれからは町の人からも情報が入るし、特にエリアが絞られればそれこそ警察の土俵なんだよ」


 名乗り出た事によって鎌田たちはより一層自由に行動ができ、さらに捕まえるのが困難になると思っていた優樹には、頼もしい言葉だった。そんな優樹だったが……


「ただ、それは彼らの目的が本当に警察への復讐だったらの話なんだ」

「え?」


 やっと事件は本線に乗り、解決までは時間の問題だと気持ちが軽くなった優樹だったが、思わぬ発言には眉にしわが寄った。

 

「今までの彼らの動きからは、復讐を目的としているには冷静すぎて恨みや憎しみという感情を感じないんだ。まるで準備運動をしているような、そんな感じがして、狂気さが足りない」

「そ、そうですか? 昨日の殺人だって、話だけでもかなりゾッとしましたよ?」

「それはホラー映画みたいな感じかい?」

「まぁ、なんて言うか簡単に言えばそんな感じです」


 優樹も霧崎も、まだ昨夜殺害された警察官の遺体の写真は見ていなかった。それでも坂口たちの説明からでも十分すぎるほどの恐怖を感じていた。その恐れが坂口には腑に落ちなかった。


「そうかい。でも殺人事件っていうのは、もっと深くそんな言葉では言い表せないほどの感情を抱かせるんだよ。どす黒くて、纏わりつくようなもやもやがずっと心にあるような。それこそ何日も寝る前に色々頭を過るくらい。それは犯人が何かを隠そうと必死になる感情が形になって残るからなんだよ。それなのに今まで見つかったパチンコ屋以外の事件は、わざわざ不必要な労力を使ってまで発見させてインパクトを与えてる。ひき逃げ現場の、髪の毛混じりの血を引っ張ったタイヤ痕と、今回の遺体の話。どっちの方が聞いていて嫌だと思う?」


 それを聞いて、瞬時に優樹の脳裏に鮮明に過ったのは、ひき逃げ現場のタイヤ痕だった。


「ひ、ひき逃げです……」

「そうだろう? 偶発的で殺意を持った事件でなくても嫌だろう? そして新垣君はこう思わなかった? 轢かれた人は男性だったのか女性だったのか、年齢はどれくらいだったのかとか?」

「あ……もうそれ以上は良いです……坂口さんの言っている意味が分かりました」


 考えたわけではないが、アスファルトに伸びたタイヤ痕を想像した瞬間、優樹はそれが白髪交じりの女性の髪と思うほど鮮明に見えた。そしてその女性は少し腰が曲がっていたのではないか、一人暮らしでたまに会う孫が好きだったなどにまで想像が及び、最後に見えた轢く瞬間の強張った加害者の表情に、これが坂口がいう感情なのだと理解した。


「ごめんね新垣君、気分悪くさせてしまって?」

「いえ」

「まぁでも、これはあくまで俺の予想だから、そんなに気にしないでくれるかい?」

「えぇ、分かってます……」


 優樹と霧崎の暗い表情に、少し熱くなりすぎたと思った坂口は、場を取り繕うように時計を見た。すると時刻は午後二時を過ぎており、藤原との約束を思い出し本題に入ることにした。


「それでなんだけど、新垣君、霧崎君。ここから重要な話をするから良く聞いておいて」

「え?」

「お願いします」


 突然雰囲気を変えた坂口に霧崎と優樹は少し驚いたが、重さを感じる声のトーンに余程重要な話なのだと気が引き締まった。


「鎌田たちは、インビジブルの制作者である新垣君。君と接触しようとしている可能性があるんだ」

「え? 何のためにですか?」

「簡単に言うと、インビジブルの発動方法を知るためか、排除するため」

「えっ⁉ なんでですか⁉ 発動方法は分かりますがなんでわざわざ俺を排除しようとするんですか⁉」


 発動方法に関してはあり得ない話ではないと思う優樹だったが、排除は思ってもみなかっただけに鼓動が高鳴るほど驚いた。


「簡単なことだよ。鎌田たちにとって一番怖いのは、インビジブルを無効にされることだからね。そうなると“まだ”発動方法すら分からないであろう鎌田たちからすれば、それができる人物は製作者しかいないと考えるのが普通じゃないかな?」

「そ……そんな……」


 今までの事件性から、犯人は透明になれることで満足しているとは考えていた優樹だったが、インビジブルの秘密を知るため犯人が接触してくる可能性を考え、舞を守るために万が一には備えていた。しかしその中には排除の可能性は微塵もなく、思いもよらぬ考察に悪寒が走るほど恐怖を感じていた。


「じゃ、じゃあ、もしかしたら俺は殺されてたかもしれないんですか……?」

「まぁ、むこうの手順によってはそうなっていたかもね?」

「…………」


 恐怖で凍り付く優樹だったが、それ以上にその可能性を考慮して優樹の身の安全を考え行動していたのに、今までそんな事など考えずのほほんとしていたことを知ると、霧崎は何とも言えない感情に襲われ固まってしまった。

 

 そんな二人を見て、坂口は安心させるように言う。


「でもその可能性はかなり低かったから、そんなに驚かないで?」

「え? ……な、なんでですか?」

「新垣君には内緒にしてたけど、実は新垣君の家の周りや、新垣君には警護を付けていたんだよ」

「えっ⁉」


 これにはさらに驚く優樹だったが、言われなくても気付いていた霧崎はその呑気さに驚愕だった。というのも、坂口は敢えて外からは分かるように抑止力を重視すれと、高度な護衛をさせていたからだった。それは近所から不審者として何度か通報があるほどで、驚いた二人の顔は坂口と藤原には嬉しい表情だった。

 

「それに新垣君の家は警備会社と契約していたから、そこに連絡して少しでも異常があればすぐにこっちにも連絡入るようにしてたんだよ」

「えっ⁉」

「だからここよりも安全だったし、下手をすれば総理大臣より殺害が難しかったと思うよ? ははははっ」

「…………」


 坂口なりの和ませるための冗談だったが、優樹には全く笑えない冗談だった。そして話を止めるとあれやこれやで中断してしまう事を嫌がった坂口は、そのままの勢いで話を進めた。


「それでなんだけどね。今話した通り新垣君の周りは厳重に守られているから、今まで通り普段通り生活してもらいたいんだ」

「ええっ⁉ で、でもそれって……」


 今までの坂口の話からのこの矛盾は優樹に強烈な不安感を与えた。坂口たちはインビジブルを発見したのは舞だとは知らない。もし坂口の話が本当なら、最も危険なのは舞であり、下手をすれば家族ごと口封じされる可能性もあったからだ。

 しかしこれは坂口にとっての駆け引きだったため、優樹に口を挟ませなかった。


「大丈夫。これからは新垣君に隠れずに堂々と警備できるし、この後で彼らを呼ぶから、打ち合わせをしてもらえれば鉄壁になるから。もちろん家族にそれを教えるかは新垣君に任せるよ」

「い、いや……そうですけど……それでも」

「ただ一つだけ覚えておいてほしいんだ。これは霧崎君も良く聞いてね」

「は、はい!」


 突然の呼びかけには驚いたが、ここが最も重要な話なのだと理解した霧崎は、背筋を伸ばすほど体に力が入った。


「必ず鎌田たち……犯人は新垣君と接触しようとする。そしてその時はこちらとしても彼らを捕まえる最大のチャンスなんだ。恐らく犯人が新垣君に接触するのは昼間、新垣君が外にいる時だから、そうなったときはすぐに分かる合図を決めておいて。例えば手をあげるとか。これは霧崎君とだけじゃない、警護の者とも頼むね」

「えっ? そ、それだけですか……?」

「うん。それだけ。後はこっちで何とかするから」

「え……」


 たったそれだけ。命を落とすかもしれない危険な状況でもたったそれだけの指示に、優樹は呆然とするしかなかった。


「じゃあそういうことだから。長々とすまなかったね。今警護している者を呼ぶから、ちょっと待ってて」

「えっ⁉ ちょっと待ってください! そんなんで身が守れるんですか⁉」


 突き放しともとれる坂口の態度は、優樹に多大な不安を与えた。それは頭の回転が早い優樹でさえ“守ってもらう”事しか考えられないほど大きかった。しかし優樹からインビジブルの秘密を聞き出す賭けだったため、まんまと勝ちを得た坂口はさらに勝ちを確実なものにするため、手を止めなかった。


「それは分からない。でもここまで来たらこれはもう戦争なんだよ。新垣君が危ないのは分かるけど、それはこの事件に関わる全ての人に言えた事なんだ。相手は宣戦布告している以上、この先何をしてくるかは分からない。今必要なのは互いに協力し合い、最大限の総力で立ち向かうしかないんだよ。だから今は互いに頭をフル回転させて、自分に出来ることを精一杯してくれないかい?」


 言葉の裏には“情報を寄こせ”という意味が含まれていた。しかし今の優樹にはそれを察知する思考力はなく、坂口に恩師のような頼もしさを感じるだけだった。

 

 これにより優樹は冷静さを取り戻し、さらに鎌田たちを捕らえる闘志に火が付き、坂口たちとより固い絆を結び、家族を守るため共に戦うことを決意するようになる。そして自分に出来ることをするため、霧崎と共に警護と入念な打ち合わせを繰り返し、その時に備えるのであった。


 ピヨ、ピヨ。ピヨピヨッ! ピヨピヨッ! ピピピピヨッ! ピヨピヨッ! ピヨッ、ピヨッ! ピピピピヨッ! グワッグワッ! 

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