ひきこもり
「五十嵐妃美華です。よろしくお願いします」
その日、ブラスバンド部に新たな入部者があった。
はっきりとした口調で挨拶するその子は、背筋を伸ばし堂々としていたが、声は小さくとても冷たい目をしていた。
ただ小柄な体格に白い肌は可愛らしく、整った顔立ちはその冷たさと相まって舞にはとても美しく見えた。
「ねぇ舞、あの子知ってる? あの子、休んでばっかりでほとんど学校来ない子なんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。なんか引きこもりだったらしくって、三日前くらいから来てたけど、それまで一か月くらい来てなかったんだよ」
「そうなんだ」
同じクラスだった順子は、妃美華の事を知っていた。しかしそれは又聞きによるもので、噂程度だった。
「なんでも噂によると推薦入学らしいよ。前の中学校でも成績トップだったらしくって、凄い頭が良かったらしいよ」
「へぇ~そうなんだ。でもなんでそんなに優秀なのに引きこもりになっちゃったの?」
「それは知らない。でもあの感じだと、たぶん人付き合いとか苦手なんじゃない」
「あ~、なんとなく分かる気がする……」
妃美華から感じる寡黙な印象が、根拠のない噂でも舞を納得させた。そして入部後も全く打ち解けるような様子がない妃美華に、舞は次第にその寂しさが気になり始めた。
「――あ、あの~、五十嵐さん? お昼一緒に食べない?」
妃美華が入部して数日がたったある日の午後、舞は遂に妃美華が発する寂しさから、昼食に誘った。
妃美華はクラスでも馴染んでいないようで、昼時に他の生徒が各々友達と集まる中、捨てられた子猫のように独りだった。
「……うん。いいよ」
声を掛けられた妃美華は一瞬驚いたように瞳孔を開いたが、特にそれ以外は外に出さず、静かに承諾した。
すると舞は、雨上がりに晴天が訪れたかのように嬉しくなった。
「じゃあグラウンド行こうか? あそこなら私たち良い場所知ってるんだ!」
「……うん」
「じゃあ行こう!」
妃美華は外見の美しさと、寡黙さ、自分からは決して他人に話しかけない内向的な性格、そして何より賢いという噂のせいで男子どころか女子からも敬遠されていた。それは同じクラスの順子でさえ近寄りがたいオーラがあった。しかし自分たちが認めるリーダーが率先して声を掛けたことによって、ここから妃美華は舞たちのグループの仲間入りをする。
そして相変わらず寡黙だが、妃美華もまた舞たちを気に入り、登下校を共にする仲となる――
「へぇ~、妃美ちゃん一人っ子なんだ」
「……はい」
「家なんてお兄ちゃんいるから大変なんだよ」
「……そうなんですか?」
「そう。勝手に人の部屋にプラモデル飾るし、暇あれば『デュエルしようぜ!』って漫画の主人公みたいに言ってくるんだよ」
「……デュエル、ですか?」
「あ、カードゲームの事」
「……そうなんですか」
最初こそよそよそしかった舞たちだが、日を重ねるごとに親しくなり、今ではより妃美華と仲良くなるためお互いの事を話すようになっていた。
「そうなんだよ妃美ちゃん。舞のお兄ちゃん私たちが遊びに行くと、『俺も混ぜてくれ』って来て、ドライブとか連れて行ってくれるんだよ!」
「そうそう。お菓子とかも買ってくれて、すっごく優しいの!」
「あとカッコいいし、面白いし、妃美ちゃんも一回会ってみれば直ぐ分かるよ!」
「……そうなんですか?」
優樹は、順子たちには人気があった。優樹としてはただの遊び相手でしかなかったが、異性としてではなく友として接する幼稚さが、順子たちには嫌悪感を一切与えていなかった。
舞もまた、弟のように接される中で兄に対しての隔たりはそれほどなく、順子たちにそう言われると悪い気はしなかった。
「妃美ちゃん、順子たちの言うことは真に受けない方が良いよ。だってお兄、ゲーセンとかで小学生に“キング”とか呼ばれてんだよ? もう順子たちは毒されてるから仕方ないけど、妃美ちゃんはアレに近づかない方が良いと思うよ?」
「またそんなこと言って舞。それに舞、お兄さんがキングって呼ばれてるの知ってるってことは、舞も一緒に行ったんでしょう? じゃあ舞はクィーンって呼ばれてるの?」
「ち、違うよ! 確かに一緒にゲーセンは行くけど、私お兄みたく小学生にユーホーキャッチャーで景品取ったりしないもん!」
それを聞いて順子たちは笑った。そして妃美華も笑ったのを見て、揶揄われている舞も楽しい気持ちになった。
すると珍しく妃美華が、舞へ催促をする。
「……私、舞ちゃんのお兄さんについてもっと聞きたいです」
「え! 妃美ちゃんってもしかしてアダルトチルドレンとか好きなの⁉」
「……いえ、そういうわけではありませんが、舞ちゃんのお兄さんは優しそうで、楽しそうだからです」
妃美華からは、舞たち以外友達がいないと聞いていた。それが妃美華の言葉から寂しさを感じさせ、舞には妃美華が温もりを求めているように感じた。
「お兄さんは、何のお仕事をしているんですか?」
「土木作業員。でも小さい会社だから、現場の“責任者”したり、作業したり、冬は深夜除雪とかなんでもしてるみたい」
優樹は土木二級施工管理技士の資格を持っていた。だが任される現場は二百万円以下の小さな現場ばかりで、優樹自身はとても誇れるものではなかったが、それを知らない舞は責任者という言葉に、兄は凄いと感じており、また自慢だった。
「……そうなんですか。よく一緒に遊んでいるお友達とかはいないんですか?」
「お兄小学生にキングとか言われてるからね、あんまり友達いないみたい。霧崎さんっていう人くらいかな?」
「霧崎さんですか? その人もキングと呼ばれているんですか?」
「キングじゃないよ!」
初めて妃美華が冗談を言ったことで、舞たちは一層距離が縮まったような気がして楽しそうに笑った。
「真面目な人。警察官やってるんだって」
「……警察ですか?」
「そう。でもまだ交番勤務の巡査らしくって、そんなに偉いわけじゃないみたいだけど、凄い人」
「……そうなんですか。凄いですね?」
「うん!」
兄の自慢もでき、妃美華の興味も惹くこともできた舞は、とても満悦だった。そして舞が楽しそうな笑みを見せる姿に順子たちも喜ばしかった。
そんな空気が舞たち四人に、妃美華と長く付き合っていけると思わせたのだが、それから数日後、ぶり返したかのように突然妃美華は学校に来なくなった。




