温度差
「なぁ?」
「…………」
「なぁ?」
「何だ?」
「そろそろ行こうぜ? お巡りさんが大変な仕事なのは分かったから」
「……いや、ここの方が話しやすいだろう?」
「話しづれぇよ! 人死んだ場所目の前にして何が話しやすいだよ!」
この日、優樹はいつものように仕事終わりに霧崎と情報交換をしていたのだが、正午に遺体が発見された倉庫を前に、不快を感じていた。
「現場は目の前だぞ? ここならイメージし易いだろう?」
「んなイメージしたくねぇよ! おめぇの説明で十分だよ! これ以上想像したら飯食えなくなるだろ!」
優樹たちが目の前にしている倉庫は、土木会社が所有する工場で、発見されたのはその会社に勤める六十代の作業員だった。
作業員は昨夜にパチンコ屋で目撃されたのが最後で、今朝は無断欠席していた。家族は昨夜から帰宅しない被害者を心配して捜索願を出すかどうか様子を見ていたのだが、始業点検をしていた別の作業員が床に落ちる血痕を発見し警察に連絡すると、インビジブルで透明化された被害者が小型のウィンチで首を吊られるようにぶら下がっているのが発見された。
被害者の後頭部には鈍器のようなもので頭が割れるほど叩かれた跡があり、解剖はまだ済んでいないが頭部の怪我が原因なのは明白だった。
霧崎には坂口とほぼ同等の情報が与えられており、新たな犯人の動きに優樹をここへ連れてきていた。
「被害者はこの会社に勤める作業員で、性格が悪く、仲間内からもあまり評判は良くなかったようだ。仕事も苦情が多かったみたいで、作業員としてもあまり褒められたものじゃなかったらしい」
「おいおい、何勝手に話進めてんだよ。先ずは移動しろ」
それを聞くと、霧崎は無言で優樹を見つめた。
「なんでも自分勝手で、打ち合わせにも出ないのに責任者に口を出したり……」
「霧~! もうちょっと良い場所に移動しようぜ? 全然話が入ってこない!」
真面目な霧崎は、遺体の写真や捜査に当たった関係者の情報から、「真っ赤に染まった割れた頭からは、多分脳みそだと思うが中身が飛び出ていた」や「死後の弛緩によって糞尿が流れ、血と混ざり凄い異臭がした」など、事細かに臨場感あふれる説明を優樹にしていた。それが想像力豊かな優樹には、まるで遺体をこの目で見たかのようなリアルなイメージが焼き付き、ブルーシートで囲われた向こう側にそれがあったと思うと、既に今夜はまともに寝られないくらいだった。
しかし霧崎にはそれは分からず、やる気が無いと感じるだけだった。何より霧崎は、現場に入り一緒になって捜査をしたかった。
「確かに素人のお前が委縮するのは分かる。だがこれも犯人に繋がる重要な手がかりだ。お前の勘の良さがあればもしかしたら何か分かるかもしれないだろ?」
「いや、勘も何も、ここからじゃなんも分かんねぇから」
「なら現場に行ってみるか?」
「行かねぇよ! まだ臭い残ってんだろ?」
「あぁ。血や糞尿はなかなか洗っても落ちないからな。それにまだ捜査中だからそのままのはずだ」
「なら余計行かねぇよ!」
特別捜査官とはなっていても、霧崎たちには直接捜査に加わる許可は下りていなかった。それはインビジブルの事や、それを作った優樹の存在を秘密にするためという名目だったが、ただ単に霧崎のような下っ端が捜査に加わり口を出されても、面倒にしかならないと坂口は理解していたからだった。
「それにそれは“刑事”の仕事だろ? 俺たちはそれとは別に犯人を捜すのが目的だろ?」
「まぁ確かにそうだが……だがやっぱりこういう事件現場の方が証拠を集めやすいはずだと思うぞ?」
「何言ってんだよ。俺たちが見つけられる程度の証拠なんて、プロからしたら鼻くそみたいなもんだよ。それに折角鎌田が怪しいって坂口さんが教えてくれたんだから、そこを探ろうぜ?」
捜査官とは全く呼べるレベルではなくとも、独特の感性から鎌田の異様な行動に気づいた優樹には、坂口たちもそれなりに評価していた。そこで的を絞らせることによって、優樹たちがおかしな行動をしないよう坂口は敢えて鎌田への疑いを霧崎に伝えていた。
「そうだが……俺としては、現場は見ておくべきだとは思うんだが……」
「良いんだよそんなもん。それはプロに任せておけよ。俺たちは俺たちなりに頭を使って探すんだよ」
「頭を使うと言ってもな……鎌田はまだアメリカだぞ?」
「ならこの間会った姉ちゃんの家の方でも見に行くべや?」
「う~ん……家を見てもな……」
霧崎としては、警視庁の方々と本物の捜査をしたかった。優樹としては、仏様とは関わりたくなかった。ある意味無駄な駆け引きだった。
「何言ってんだよ。もしそれであっちより先に犯人見つけたらどうすんだよ?」
「それはないだろ? 警視庁の凄い人たちだぞ?」
「だからだよ。確かにあっちは見えない犯人を追いかけるプロかもしれないけど、プロだからこそ融通が利かないんだよ。俺たちは何にも分からん素人だぞ?」
「なら余計ダメだろ?」
「分かってないな。犯人は今までにない力使うんだぞ? 普通じゃダメなの分かるだろ?」
「まぁ確かに……」
「だったらこっちの土俵だろ? あいつらパチンコするか? プラモ作るか? 遊戯王知ってるか?」
「いや、それとこれとは別だろう?」
「同じだよ。そんだけ俺らとは目線が違う。間違いなく俺たちは犯人にとってイレギュラーな存在なんだよ。そのために坂口さんはお前に普通の車持たせて、こうやって私服で俺と会わせてんだ。もしこれで警察より先に犯人見つけたら、お前、坂口さんどう思う?」
それを聞くと霧崎の胸中は一気に膨らんだ。それは表情に出るほどで、優樹は勝ちを確信した。
「おぉ! なるほど!」
「だろ?」
「おお! よしっ! なら早速鎌田友子の家に行こう!」
「あぁ」
これ以上気分の悪い思いをしたくない優樹のただの我儘だったが、最近モチベーションの下がっていた霧崎には途轍もない励みとなった。
こうして特に何かある訳でもないが、霧崎は車を友子の家へ向け走らせた。




