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魔法人  作者: ケシゴム
序章
11/69

願いと償い

 翌日。約束通り仕事を休んだ兄に連れられて、舞は佐藤が入院する病院を訪れた。手には兄から渡されたお見舞いの花束と果物を持ち、懐には少し厚みのある見舞金袋が入っていた。


「し、失礼します」


 緊張気味にノックすると個室の中から声が聞こえ、大きな息を付くと舞は入った。


「あ、新垣さん。来てくれたんだ」

「はい……」


 病室には他の見舞客はいなかった。そして頭と左手に大きな包帯を巻き、点滴を受ける佐藤の姿がさらに舞を緊張させた。


「こ、これ、兄からのお見舞いの花と、く、果物です」

「わざわざありがとう新垣さん。そんなに気を遣わなくても良かったのに」

「い、いえ」

「でもありがとう。お兄さんにはお礼言っといて」

「はい……」


 舞が自分からと言わなかったのは、もう嘘を付くのが嫌だったからだ。それこそ今日殺されるかもしれないのに、これ以上罪を被るのは御免こうむりたかった。


「あ、後、これも兄からです」


 そう言うと舞は見舞金が入った封筒を手渡した。


「何これ? ……えっ!? 見舞金!? えっ!? こんなに!?」


 中には一センチはある厚みの札束が入っており、佐藤は思わず手が震えた。


「これは受け取れないよ新垣さん! こんなの受け取ったら私怒られちゃうよ!」

「で、でも……受け取ってください。じゃないと私が怒られちゃいます」

「怒られるって、私新垣さんのお兄さんと会ったことも無いんだよ!? なんでお兄さんこんな事するの!?」

「そ、それは……私が部長を階段から突き落としたからです……」

「えっ!?」


 覚悟を決めて訪れた病室だったが、舞はどう切り出せばよいか分からなかった。しかし兄の後押しが力を貸してくれた。


「落としたって、確かに誰かに“押された気がした”けど、私落ちたとき新垣さんなんて見てないよ? 何言って……」


 そこまで言うと佐藤は、舞があの時約束の時間に現れなかったから自分が足を滑らせたと思っている。と解釈した。


「別に新垣さんのせいじゃないよ! 私が勝手に滑って落ちただけだから! だから気にしないで!」


 自分が怪我をした事で、嫌われていると思っていた可愛い後輩が気に病んでいたと知った佐藤は、得も言えぬ罪悪感に襲われた。


「い、いえ……あの日部長を階段に向かわせるよう四つ葉のクローバーを置いたのは私なんです」

「あれ新垣さんだったの!?」

「……はい」

「そ、そうなんだ……」


 楽天的な佐藤は、四つ葉のクローバーは好きな男子が置いたもので、いずれ病室に現れ告白されるラブロマンスのような展開を期待していた。しかしそれが後輩のいたずらだという現実を知った佐藤は、また違うショックを受けた。


「で、でも、それとこれとは関係無いわよ? 確かに階段には行ったけど、それは練習に行くのに行っただけだから」

「そ、それはそうかもしれないですけど……」


 インビジブルの事は話してはいけないと舞は兄から言われていた。正直に全て話さなければ罪は償えないと否定する舞だったが、インビジブル自体が危険な物で、もし償いとしてそれを差し出すよう要求されれば次は必ず佐藤が人を殺すの言葉に、口にしない事を決めていた。

 兄もまた、インビジブルにさえ触れなければ舞が突き落とした事はバレないと計算しており、妹を守る為の口実でもあった。


「だから気にしないで新垣さん」


 そう言うと佐藤は見舞金を舞へ差し出した。


「で、でも! やっぱり部長を”怪我させたのは私のせい”です! だから私部長の為なら何でもします! どんな罰でも受けます!」


 涙ぐむ舞の言葉に、期待するあまり新垣へ大きな負担を掛けていたと感じた佐藤は、自身を責めた。


「ううん。やっぱり罰を受けたのは私で当然だよ。私が新垣さんにばかり期待したせいで、新垣さんばっかり苦しめてたの知らなかったんだもん」

「違います部長! 私がいなければ部長は怪我なんてしなくて済んだんです! 私が……」


 兄から止められたインビジブルが舞の言葉を詰まらせた。


「そんな事無いよ新垣さん。新垣さんがいなければ私何も残せなかったもん。だから例え階段から落ちたのが新垣さんのせいだったとしても、私は新垣さんがブラスバンド部に入ってくれただけで感謝一杯だから、そんな事思わないよ」

「そんなの嘘です! 私が本当に部長を突き飛ばすところを見ても、本当にそんな事言えますか!」


 伝えられない言葉がある事によって、真実が伝わらないもどかしさが舞を苦しめていた。


「言える。言えるに決まってるじゃない。本当に新垣さんが私を落とすところを見たとしても、新垣さんがそんなに悲しむなら私にだって責任がある。だってそうでしょう? 新垣さんはただ人を傷付けたいだけの人じゃないでしょう? 本当にそうなら謝りになんて来ないもん」


 この言葉に、なんて自分は素晴らしい人徳に恵まれているんだと思った舞は、涙が止まらなくなった。


「で、でも……でも……」


 この純粋さ、この強さに、佐藤は改めて舞を見直した。そして、見直したからこそ非力な自分では叶えられなかった我儘をズルく託すことにした。


「じゃあこうしましょう新垣さん? 私は新垣さんの罪を認めるわ。だから罰としてブラスバンド部に残って、将来ブラスバンド部を全国に連れてって? あ、でも、それが叶わなくてもいいから。ただ、私達に夢を見せてくれたらそれでいいから」


 佐藤はありったけの想いを込めて罪を利用して“お願い”をした。しかし今の舞にとっては、必ず全国優勝しなければならないという途方も無い罰に聞こえた。


「それでいい?」

「……分かりました。必ず、必ず果たしてみせます」

「ありがとう新垣さん」


 真実を知る者と知らない者の間には、言葉は通じていても重みが全く違った。この時は未熟な二人はそれを理解出来ていなかった。だがこの差がこの先自分が犯した罪と向き合い償うという事を舞に教え、大きく成長させていくのであった。


 そして、インビジブルは永遠の闇へと葬られる。はずだった……

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