第7話 祝福の儀 ―選ばれし魂―
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帝都神殿――。
それは、ただの信仰の場ではない。
帝国において“神々との交信が許される唯一の地”として、千年の歴史を刻み続ける神聖不可侵の聖域であった。
今日、その神殿の中央祭壇において、一人の子供が祝福を受ける。
――アルヴィス・エルンスト。
帝国随一の大貴族、エルンスト公爵家の嫡子。
だが、名が知れ渡っているのはその血筋だけではない。
生後間もなくして魔素の揺らぎが観測され、2歳にも満たぬうちに基本八属性すべてと共鳴を示した“神童”である。
帝都中の期待と畏れが、いまこの神殿に集っていた。
白大理石の床が、朝の光を受けて淡く輝いている。
整然と並ぶ神官たちの足元に、魔法陣が静かに浮かび上がっていた。
高窓から差し込む陽光は、祭壇中央に立つ家族を照らす。
父・ジークフリートと、母・セシリア。
そしてその腕に抱かれた、まだ言葉も話さぬ私――アルヴィス。
私はその光の中で、静かに天を仰いでいた。
「これより、祝福の儀を執り行う」
神殿長老にして最高神官であるルフェル・ザンドルが、荘厳に宣言した。
彼の手には、神殿に千年伝わる“祝印の書”が携えられている。
その場にいた全員が、自然と息を潜めた。
一つの祝福の儀が、これほどの緊張を帯びることなど、かつてなかった。
私の魔素が、静かに空気を満たしていく。
言葉はない。ただ、存在そのものが世界に波紋を投げかけていた。
「アルヴィス・エルンストよ。
その魂に宿る魔を神に開示し、受け取るがよい。天よりの印を――」
神官たちが、祭文を唱和しはじめた。
音は静かに、けれど確かに空間を満たす。
聖句は魔法陣と共鳴し、空気に“響き”が宿っていく。
私は目を閉じた。
胸の奥、いや魂の深層から、魔素が応える。
――今こそ、示す時。
祭壇の魔方陣が、いきなり光を放った。
緩やかに、そして加速度的に、八色の光が天へと舞い上がる。
赤――炎。
青――水。
緑――風。
茶――地。
白――光。
黒――闇。
黄――雷。
銀――氷。
八属性すべてが共鳴し、神殿内を奔流のように駆け巡る。
誰かが、声を詰まらせた。
だが、それは終わりではなかった。
八色の核に、さらに別の“輝き”が滲み始める。
透明に近い蒼――精神。
空間が歪むような揺らぎ――空間。
針のように緻密で、時計の歯車が回るような波動――時間。
そして、すべてを包み込む金色の輝き――創造。
高位四属性が、八属性の頂に重なり現れた。
「……基礎属性すべて……いや、それだけではない……!
この子は、高位属性すら――」
神官の声が、驚愕のあまり言葉を見失った。
それらが溶け合い、神殿全体を覆い尽くす。
「まさか、高位属性すべてを……!? これが“祝福”だと……?」
最高神官ルフェルが声を失い、杖を床につく。
若い神官はその場に膝をつき、貴族たちは席から立ち上がれないまま沈黙した。
だが――私は、恐れてなどいなかった。
静かに、その光の中に身を委ねる。
これは、私が生まれ持った力。
私という“存在”の証明。
やがて、光が収まっていく。
余波だけが空間に残り、祭壇の上には再び静寂が戻った。
だが、空気は明らかに違っていた。
誰もが、私をただの幼子として見ることをやめた。
そして、その視線の中に、ただ一つ――私と対等な目を向ける存在がいた。
金の髪、淡い蒼の瞳。
帝国の第三皇女、リシェルティア・アグレイア。
彼女は、祭壇の奥。皇帝と皇后に付き従い、その場にいた。
彼女の瞳が、ふいに私をとらえた。
恐れていない。
怯えていない。
ただ静かに、私という存在を見ていた。
私は、魔素を揺らした。
ほんのわずかに。
“君は怖くないのか?”と問うように。
リシェルティアは――かすかに、首を横に振った。
それは、言葉ではない応答だった。
けれど、魔素と魔素の共鳴が、確かに存在した。
私たちの出会いは、こうして始まった。
やがて形式としての儀式が再開され、神官たちが震える手で祝印の刻印を記す。
「アルヴィス・エルンスト……
その魂、神の祝福により記録された」
その場の誰もが、彼の言葉に異を唱えなかった。
いや、むしろ――畏敬の念を以て、その言葉を受け止めていた。
儀式の後。神殿の外では、エルンスト家の騎士団が馬車を守っていた。
一糸乱れぬ隊列。銀の兜、統一された黒と青の外套が整然と並び、衛兵たちはその光景に息を飲む。
「……あれが、“静かなる盾”か」
観客の一人が、誰ともなく呟いた。
その声は、羨望と恐れ、そして尊敬を含んだ音だった。
別邸への帰路。
馬車の中で、私は母の腕の中で眠りに落ちていた。
父は窓の外を静かに見つめ、母は私の額を優しく撫でていた。
その夜。帝都全域で、ある噂が広がった。
――神殿が、神の子を祝福した。
――すべての属性を統べる者が現れた。
――第三皇女が、その“異端の天才”を見つめていた。
まだ、私は何も知らない。
けれど確かに、この日を境に、帝国は静かに変わり始めていた。
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