第4話 帝都への道
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帝都アウストリア――
この大陸の心臓とも呼ばれるその都市に向けて、エルンスト家の馬車列が出立したのは、春を迎えた穏やかな朝だった。
屋敷の石畳を静かに離れた六頭立ての馬車は、周囲に並ぶ騎士団の規律ある動きと共に、荘厳な旅の空気をまとっていた。
私は、その中心の馬車の中にいた。
黒漆塗りの内装に銀細工の装飾が施された広い車内。
幼子である私が三人分は座れるほどの椅子に、母セシリアと父ジークフリートが向かい合うように腰かけている。
その間に挟まれる形で、私は小さく体を揺らしながら外を眺めていた。
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「アルヴィス、馬の音が気になるかしら?」
母が柔らかな声でそう言うと、私は小さく頷いた。
外からは蹄のリズムと、鎧の鳴る金属音が絶え間なく響いていた。
それは私にとって心地よい“鼓動”のようでもあり、この家の“守り”を感じさせる音でもあった。
「ふふ。あの騎士たちは、エルンスト家の“静かなる盾”よ。帝国の中でも、最も訓練された近衛部隊」
父が低く穏やかな声で続けた。
「その者たちは誰ひとり声を荒げず、命令なくして動かず。だがひとたび動けば、百の剣を断つ」
私は外の騎士団に目をやった。
銀の兜、統一された黒と青の外套、魔力を帯びた騎槍と盾。
そのどれもが磨き抜かれ、迷いのない動きを見せている。
彼らの間をすり抜ける風が、私に向けて“安心しろ”と語りかけてくるようだった。
「アルヴィス」
父がふいに呼びかけた。
私はその声にゆるく魔力を漂わせ、“聞いている”と伝えた。
「お前はまだ幼い。だが、そろそろ知っておいてもよいだろう。
――エルンスト家が中庸を掲げる意味を」
母が静かに頷いた。
「私たちは、どの派閥にも組せず、争いにも首を突っ込まない。
でも、それは“傍観”を意味しないの」
「帝国は広く、多くの声がある。
我らが口を開くとき、それは静寂の中にある“道理”を照らすため」
私は、母と父の言葉を胸に刻むように耳を傾けた。
言葉ではまだ返せない。
けれど、私は理解していた。
中庸とは、曖昧ではない。
どちらにも偏らない“意志の中心”なのだと。
しばらく沈黙が続いた。
馬車の揺れが、心を落ち着かせる。
すると、母が口を開いた。
「アルヴィス。あなたの祝福の儀は、きっと帝都に風を起こすわ。
でも、それを恐れないで。あなたはただ、あなたらしくいればいい」
私は母の手に触れ、魔力を送った。
(ありがとう)
温かく、柔らかく――それは光のように母の心を撫でた。
母の瞳が、ほんの少し潤んだように見えた。
「……ああ、ほんとうに、あなたは……」
父もまた、微笑を浮かべて私の肩に手を置いた。
「帝国が望んでいた“祝福”は、きっと――お前のような存在なのだろうな」
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その頃。
馬車列の最前線を守る騎士たちの中に、ひときわ異彩を放つ者が一人いた。
漆黒のマントをなびかせ、全身を銀甲冑で覆ったその騎士は、
“エルンスト騎士団の団長”たるレオナール・ヴァルステル。
その目は常に周囲を見据え、魔力の揺らぎ一つ見逃さない。
「異常なし。馬車周囲の魔素も安定。……坊ちゃまの制御力は、日増しに高まっています。」
副官が小声で報告すると、レオナールは無言で頷いた。
その背中が語っていた。
この旅路に敵はない――
あらゆる敵意は、その双剣の前にて凍りつくだろうと。
やがて日が傾き、馬車は峠を越える。
私の視界に、遥か先に霞む白い都市の影が映った。
(あれが、帝都……)
私は胸の内で魔素を振るわせた。
それは“期待”とも“緊張”とも言えぬ、混ざり合った何かだった。
父がそっと言った。
「アルヴィス。帝都は広く、美しいが――目に見えるものだけがすべてではない」
「人の声、街の匂い、空の流れ。すべてに“意志”があるわ。
あなたのように、魔法を通して見つめるなら、きっと見えるはず」
私は頷いた。
私はこの旅の意味を理解している。
それは、単なる“儀式”のためではない。
――私が、この世界に何を伝え、どう生きていくのかを見出すための、一歩なのだ。
__________
馬車が坂を下り、道が帝都へと続く。
帝国最強の一族――エルンスト家の名を冠した一行が、ついに帝都の門前に姿を見せる時が近づいていた。
そしてその中心には、言葉を持たぬまま、
魔法という“心の声”で世界を語ろうとする幼き祝福の子が、静かに座っていた。
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