表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝福の魔導公 ―転生した天才は魔法で世界を導く―  作者: branche_noir
第4章 選び取る日々と絆の灯火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/33

第28話 創造の芽吹き

夏の終わりを告げる風が、帝都の空にわずかに冷たさを運んでいた。

だが陽はまだ高く、街の通りには活気と熱気が満ちている。


エルンスト家・帝都邸。

その自室で、アルヴィスはひとつの魔法陣を紙の上でいじっていた。


制御環の調整。魔素の流量を抑えながら反応の鋭敏さを残す――

繊細な線の重なりを、静かに見つめていた。


だが、今日の彼はその先を追求するつもりはなかった。


ふとペンを置き、立ち上がると、扉の外に控えていた執事長クラウスに声をかける。


「クラウス。今日の午後、ティア――リシェルティア殿下の予定に空きがあるか、確認してきてくれないか」


クラウスは軽く一礼する。


「かしこまりました。……お出かけのご予定で?」


「ああ。私から、殿下をお誘いしたい。ちょっと、外の空気を一緒に感じられたらと思って」


老執事は珍しく、わずかに目を見開いたが、すぐに表情を戻す。


「――かしこまりました」


アルヴィスはクラウスの背を見送りながら、窓辺へと視線を向けた。


(あの日、ティアは歩み寄ってくれた)


あの日――

正式な婚約の後、邸でともに過ごしたわずかな時間。

彼女は名を許し、表情を見せ、そして“距離”を一歩縮めてくれた。


今度は自分の番だと、そう思った。


(そして……あのとき、彼女は言っていた。“遊び”が初めてだと)


それはつまり、自由な時間も、場所も、ほとんど持たなかったということだ。

皇族という立場が、彼女をいかに“閉じられた世界”に置いてきたのか――

ようやく、わかってきた気がした。


だからこそ、今日は“外”へ誘おうと決めた。


帝都の商業区。

市民が日々を営み、商人が声を張り上げ、季節が流れていく場所。

そこに立ち、感じることで、“自分が何を護るべきか”を確かめたいと思った。

そして――


(きっと、ティアもそれを望んでる。たとえ言葉にしなくても)


その思いが、今日という日を動かす力になった。


昼を少し回った頃。

エルンスト家帝都邸の応接室に、リシェルティアが訪れた。


「……今日は、私からお誘いしたくて」


アルヴィスが静かにそう口にすると、彼女はわずかに目を見開く。


「あなたから“誘う”なんて何か、特別な理由でも?」


彼は少しだけ口元を緩める。


「前回は、君が歩み寄ってくれたから。今日は、私の番だと思ったんだ」


その一言に、リシェルティアは目を細める。

けれど、それは不快の色ではない。


「……なるほど。“交互”なのね」


「公平にいこう。……今日は、帝都の商業区に行こうと思ってる。

人の声を聞いて、空気を感じて、街の色を見て――君が前に、外の遊びは初めてだって言ってたから。きっと、外に触れること自体が少ないんだと思った」


リシェルティアは驚いたように眉を上げた。

すぐに視線を伏せて、わずかに笑う。


「そうね。……確かに、自由に歩くことはほとんどなかったわ。皇女の立場って、案外退屈なのよ?」


「私も、そういう意味じゃ似たようなものさ。自由って……なかなか得られない」


「……けれど、その自由のなかに、得がたい何かがあることもある。

今日が、そうなるのかしら?」


「願わくば、ね」


アルヴィスがそう言ったとき、窓の外では護衛の騎士たちが控え始めていた。


銀帯通り――帝都屈指の商業区。


整然とした石畳、商館の並ぶ通りに、一台の馬車がゆっくりと止まった。

扉が開き、まずは護衛の近衛兵とエルンスト家の騎士団が配置に就く。

その後、中央から姿を現したふたり――


白銀の髪に淡い紅玉の瞳をもつ少年と、輝く金の髪に淡い蒼の瞳をもつ少女が降り立つ。


道行く民のざわめきが、一気に広がった。


「……えっ?」


「皇族の……!? あれ、あれって第三皇女殿下じゃないのか?」


「うそ……どうしてここに? 」


「いや、隣にいるの、エルンスト家の……あの“祝福の子”……!」


「……婚約を結んだって話、本当だったんだな……」


「嘘みたい……本物……なの?」


ざわめきが波のように広がる。

声をひそめながら、誰もがその場に立ち尽くす。

かと思えば、帽子を取り、深く頭を下げる者もいる。


どよめきと敬意と好奇心が混じり合い、ひとつの“空間”が生まれていた。


「……注目されているわね」


「まあ……想定通りだよ。君は、こういう視線に……慣れてる?」


「慣れた、というより“慣れさせられた”のよ。皇族に生まれた時点で、ね」


「私もだ。公爵家の嫡子として、生まれた時から、何をしても注がれる視線があった」


「そう、似ているのね。あなたと私。」


ふたりはゆっくりと歩みを進める。

視線にさらされながら、けれど誇りと静けさを纏って。


この歩みこそが、立場を超えて紡がれる、ほんのひとときの“自由”だった。


__________


通りのざわめきが少しずつ背後に遠ざかる。

視線はまだ多いが、近衛と騎士団が作る柔らかな隔たりの中で、ふたりは少しだけ呼吸を整えていた。


「……このあたり、落ち着いていていい場所だ」


アルヴィスがそう言うと、リシェルティアもそっと頷いた。


「人の声が重なるのも……案外、悪くないものね。いつも静かすぎるから、こういうのも新鮮だわ」


「そうだね。――実はもうひとつ、寄ってみたい場所があるんだ」


リシェルティアが首を傾げる。


「どこへ?」


「この先にある魔導工芸の商会だ。生活魔法具を扱っている。

――私自身も、まだちゃんと見たことがないんだけど……気になっていたんだ」


「あなたが、“まだ見たことがない”もの?」


「そう。魔力量に頼らない工夫や技術が、生活を支えてるって聞いた。

実際に見てみたくて……できれば、君と一緒に」


リシェルティアは少しだけ驚いたように目を見開き、それから唇を緩めた。


「……ふふ。あなたって、本当に面白いわね。

いいわ、つきあってあげる。あなたが“知らない”ものに触れるところ、興味があるわ」


__________


そして通りをひとつ抜けた先――

帝都でも高級と知られる魔道商会のひとつ、「エルマルク商会」の前で、私たちは足を止めた。


正面の外壁は深灰の魔導石で組まれ、扉には黒鉄の装飾と古式の魔紋が静かに刻まれている。華美ではないが、その佇まいは洗練された空気を漂わせていた。


「……ここが、エルマルク商会?」


リシェルティアが看板を見上げて尋ねる。


「知る人ぞ知る老舗らしい。派手さはないけど、貴族の家にも納めていると聞いたことがある」

私は扉に手をかけながらそう言った。


「生活魔法具を見たいんだ。……私自身も、まだこういう店には入ったことがない」


「あなたが“初めて”って言うなんて、ちょっと意外」


リシェルティアは少し驚いたように言い、続けて微笑む。


「でも、悪くないわ。そういう場所に一緒に行けるのは」


扉を開けた瞬間、涼やかな空気と淡い香がふたりを迎えた。


店内は静かで落ち着いており、魔晶灯の光に照らされた木棚の上に、精巧な魔導具が整然と並んでいる。

香霧具、温度調整器、魔素分離灯――

どれも華美な装飾はなく、それでいて“美しさ”を湛えていた。


その中央にいたのは、銀灰の髪を後ろで束ねた長身の男性。

深い茶のローブを身にまとい、端整な面持ちに穏やかな眼差しを宿している。


「ようこそ……エルマルク商会へ。お目にかかるのは初めてかと存じます」

彼は一礼すると、私たちの身元に気づきつつも、一切の動揺を見せなかった。


「グラウス・エルマルクと申します。この商会の三代目店主であり、設計を任されております。本日はどうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ」


「……ありがとう」

私は軽く会釈を返し、視線を店内に巡らせる。


どの品にも、細かな陣式と緩やかな制御線が刻まれていた。

魔力量よりも“設計”と“感覚”に重点が置かれている――その発想が、新鮮だった。


「……これは、いい」


ふと目を留めたのは、明滅調整機能付きの照明具だった。

魔素の属性を識別し、特定の人にだけ反応する仕組みになっている。


「魔力量ではなく、性質に合わせて動作を変える……家庭用に最適化されている」


「それって、寝室とか、子ども部屋とかに向いてるわね」

ティアが隣から覗き込む。


「うん。誰にでも優しい仕組みだ。……こういう魔法が、今の時代に必要なんだと思う」


私は香霧具に指を伸ばし、その滑らかな曲線に指先を添えた。


「今までも、“力をどう使うか”考えていた。

でも……ここにあるのは、“寄り添う魔法”なんだな」


ティアが私の横顔を見つめていた。


「あなた、こういうものを見ると、少し表情が柔らかくなるのね」


「……そう見えるか?」


「ええ。悪くないわ」


ティアの声音に、ほんの少しだけ含み笑いが混じる。


私が視線を返すと、彼女はそっと目を逸らした。


グラウスに数点の品を解説してもらいながら、私たちはそれに耳を傾け店内を歩いた。


やがて、店を出る頃には、陽が傾き始めていた。


石畳に、私たちの影が長く伸びる。


「……この街で生まれ育った人たちの知恵が、こんな形になるんだな」

私はぽつりと呟いた。


「ええ。魔力量が少なくても、創意と工夫があれば“誰かに届く魔法”は生まれるのね」


私はその言葉に、静かに頷いた。


「……私も、こういう魔法を作ってみようかな。

戦いのためだけじゃない、“誰かがふと笑える”ような……そんな魔法を」


ティアは微笑む。


「“祝福の子”は、創ることもできる――そう記されるかもね。史書に」


「それは、少し困るな」


「どうして?」


「……君に笑われるから」


ふたりの笑いが、風に紛れて流れていく。


それは、確かな“創造の芽吹き”だった。


__________


夜。

夏の終わりを告げる風が、帝都の空をやわらかく撫でていた。


エルンスト家・帝都邸の自室。

蝋燭の灯が机の上を照らし、私は静かにペンを走らせていた。


描いているのは、簡素な魔法陣。

戦術用でも、実戦用でもない――生活に寄り添う、穏やかな術式だ。


(魔力量を抑えても、安定して起動するように……)


わずかに制御環の角度を変えるだけで、魔素の流れは驚くほど滑らかになる。

ただの“調整”のはずなのに、そこに宿るのはたしかな“意図”だった。


今まで私は、戦うことばかりを考えていた。

勝つため、守るため、傷つけさせないため――それは間違っていない。だが。


(それだけじゃ、見えないものがある)


攻撃魔法の先にある敵だけでなく。

その魔法が“護るはずだった日常”を、私は今日、初めて意識した。


「……線の目的が変わったな」


扉越しに、クラヴィスの低い声が聞こえた。

私は顔を上げず、静かに返す。


「見ていたのか?」


「いや、見なくても分かる。これまでは“出力重視”。いかに力を引き出すか、そればかりだった。だが、今は違う。“誰が、どう使うか”を考えた線になっている」


私は小さく頷いた。


「攻撃も、戦術も、私の核にあるのは間違いない。

 でもそれだけじゃ、届かない場所がある。……今日は、それに気づいたんだ」


クラヴィスは短く鼻を鳴らした。


「気づけただけで十分だ。お前の才は、“動き始めた”ということだ」


私は紙をめくり、新しい陣式の構想を書き出す。


「才覚は、誰かのためにこそ意味を持つ。

 創るためにも、癒すためにも。……私は、そういう使い方もしてみたい」


言葉にすることで、芯が固まっていくのを感じた。

それは“変わる”というより、“広がる”という感覚に近かった。


クラヴィスは最後に一言だけ、落ち着いた声で言った。


「なら――遠慮するな。才は、惜しまず使うべきだ」


私は小さく笑い、また線を引き始めた。


蝋燭の灯が揺れ、紙面を照らす。

今日という日が落としていった芽は、確かに心に根を張り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ