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祝福の魔導公 ―転生した天才は魔法で世界を導く―  作者: branche_noir
第4章 選び取る日々と絆の灯火

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第24話 第三皇女との正式な婚約

帝宮からの招待状は、謁見の日から二日後の早朝の霞がまだ帝都別邸の屋根に残る頃に届けられた。


黒金の封蝋には、皇帝レオグラン直筆の“印”があり、そこにはただ一行――


『皇女リシェルティアとの縁を、ここに結ぶ。』


それは即ち、帝国による“政略婚約”の正式承認を意味していた。


「……いよいよ、か」


ジークフリートが封書を机に置き、静かに背を預けた。


対面に座すセシリアは、目を伏せてわずかに息を吐く。


「……この時を、覚悟していなかったわけではないけれど。いざ現実になると……」


「我らが断る道はない。あの子は、既に“帝国の均衡”を背負う存在となった。

 そして――リシェルティア殿下は、皇族の中でも特別な立場にある」


「“帝国の宝石”と謳われる姫……ね」



私は、両親の会話を玄関ホールの陰から見守っていた。


彼らがどれほど気を張り、私の未来を見据えているかを、私は知っている。


だからこそ。


私は自分の立場も、婚約という意味も理解している。


公爵家の嫡男として、

そして“祝福の子”として――


私の存在は、個人を超えて帝国の“象徴”になりつつある。


それがどれほど重くても、私は背を向けるつもりはない。


「坊ちゃま、ご支度を」


執事長クラウスの声が静かに響く。


「本日は御前儀式でございます。

 皇帝陛下主催のもと、帝国全派閥から重鎮が参列されるとか。どうか、覚悟のほどを」


「わかっているよ、クラウス。……私は、アルヴィス・エルンスト。失態は許されない」


「……御成長なされましたな」


老執事は目を伏せ、小さく一礼した。


__________


アグレイア帝国宮廷、後宮の奥。


白磁の回廊を静かに歩く二人の影。

そのうちの一人――第三皇女、リシェルティア・アグレイアは、手の中の小さな書簡をじっと見つめていた。


「……アルヴィス様が、今日……」


その声は囁きのようでありながら、どこか確信めいた光を含んでいた。


付き添うのは、聖女・クラウディア。

帝国神殿に属し、神秘と理の均衡を司る導き手でもある。


そして、リシェルティアの教育係でもあった。


「姫様、陛下の御意により、本日の御前儀にて“正式なご婚約”が発せられます。

 これは、帝国の未来にとっても……あなたの運命にとっても、大きな転機となります」


「……はい。でも、私、怖くありません」


リシェルティアは、静かに顔を上げて微笑んだ。


その瞳には、あの日――祭壇で交わした視線の記憶が、今も息づいている。


彼の放った光。

そして、あの魔素のぬくもり。


「アルヴィス様は……少し、冷たい風みたいだった。だけど、怖くない。

 気高くて、凛としていて……触れたら、きっと……」


「姫様」


クラウディアが優しく遮る。


「あなたが“皇女”である以上、心を傾けるにも“形”が必要です。

 ……本日、それが与えられる。どうか、その意味を胸に刻んでくださいませ」


「……わかっています。でも……私は、自分で確かめたいの」


リシェルティアの声は、幼さを残しつつも、どこか揺らぎがなかった。


アルヴィス・エルンスト――

“彼”が、どんな光を持っているのか。


もう一度、見たいと思った。


それは、まだ“恋”という言葉を知らぬ少女の、

けれど確かな“想い”の芽生えだった。


__________


宮廷の太鼓が、儀式の始まりを告げていた。


皇宮・金瑠璃の大広間。


そこは、政と礼、そして帝国の意志が交差する場。

光を帯びた大理石の床には、魔法紋による加護が施され、

天蓋に吊るされている皇族の象徴である七翼の獅子の刺繍が施された旗が、

微かに空気の揺らぎに応えていた。


玉座に座すは、アグレイア帝国皇帝――

レオグラン・アグレイア。


その周囲には、帝国の柱たる貴族たちが静かに並んでいた。


その中でも特に、ただ"居る"だけで圧倒的な存在感を放っている者たちがいた。


東方を統べ、騎馬軍団と戦術において圧倒的な軍事力を誇る【アルザル公爵家】。


北方を統べ、財政・交易・物流の要を掌握する【セレノス公爵家】。


南方を統べ、諜報と外交において比類なき才を誇る【リオネウス公爵家】。


この三家はほかの並み居る諸侯と比べてもわかるほどの存在感を放っていた。


それもそのはず、この三家に加えて、

西方を統べ、政と理の均衡を司る天才の一族――【エルンスト公爵家】。


この四家は、単なる有力貴族ではない。


それぞれが軍務、経済、外交、政理の中枢を担い、

帝国を“四肢”として支える存在であることから


人々は敬意と畏怖を込めて、彼らをこう呼ぶ。


“アグレイア帝国の四大公爵家”と。


そして、その一角。

“均衡の象徴”たるエルンスト公爵家が、ついに正式な場に姿を現した。


__________


「エルンスト家嫡子、アルヴィス・エルンスト――入場」


厳かなる呼び出しの声が、玉座の間に響く。


私は一歩、また一歩と、まっすぐに歩を進めた。


白銀の礼装に身を包み、背筋をただし、眉一つ動かさずに――

この瞬間、私は“私”ではない。

エルンスト公爵家そのものを象徴する、未来そのものとして歩むのだ。


玉座の間に並み居るは、帝国を支える諸侯たち。

その視線が、私一人に注がれる。


侮り、羨望、好奇、そして――圧倒的な“畏怖”。


「……あれが、五歳だと……?」


「なんて、堂々としているんだ……」


「ただ歩くだけで、場が引き締まる……エルンスト家とは、ここまでか」


耳に入るのは低い囁きだが、それは評価ではない。

“測りかねる存在”への本能的な恐れだった。


私は、そのすべてを受け止めながら、玉座へと進み出る。


その隣に、やがてもうひとつの小さな影――

帝国の宝石、第三皇女リシェルティア・アグレイアが現れる。


淡金の髪、純白の礼装。

気高さと無垢を併せ持つその佇まいは、まさしく“帝国の宝石”たる少女。


皇帝が、静かに口を開く。


「帝国はここに宣言する」


その一言が、場の空気をさらに張り詰めさせる。


「第三皇女リシェルティア・アグレイアと、エルンスト家嫡子アルヴィス・エルンストの婚約を、正式に執り行う。

 これは帝国の未来にして、均衡を保つ盟約である」


一瞬、場が凍る。


そしてすぐに、低く重いざわめきが広がっていった。


「……帝国の均衡が、完全に一対となるのか」


「エルンスト家の後継は……ただの天才ではないな。あれは、理の器だ……」


「帝国の宝石と祝福の子……これはもう、政略などという言葉では語れぬ」


__________


「手を」


レオグランが静かに促した。


私は、隣に立つリシェルティアへと視線を向け、そっと手を差し出す。


彼女はわずかに戸惑ったが、恐れず、ためらいながらもその手を取った。


その瞬間――

私と彼女の魔素が、静かに、確かに交わった。


熱くも、冷たくもない。

ただ、音も言葉もなく、“共鳴”が生まれた。


リシェルティアの澄んだ瞳が、ふと私を見上げる。

そこにあったのは、皇女としての誇りではない。


――また、会えてよかった。


そんな、幼くて純粋な想い。


私は、魔素で答えた。


――これから、共に歩むのだから。


__________


儀式の後、賓客たちが去った後の帝宮の離れ。

一室だけ、幼い二人のために設けられた控えの間があった。


煌びやかな装飾は控えめで、柔らかな光と清らかな香が漂う、静謐な空間。


私は、リシェルティアと並んで座っていた。


周囲に大人はいない。

執事であるクラウスと侍女のリーネさえ、控室の外で待機している。


けれど、すぐに言葉を交わすことはできなかった。


リシェルティアは、静かに足を揃え、俯いていた。


私もまた、言葉を探していた。


形式としての婚約は、すでに済んでいる。

帝国の誰もがそれを受け入れるしかない、既成事実だ。


だが、当事者である私たちは――“まだ子供”だ。


その上で、自分たちが“他と違う何か”を感じていることも、また確かだった。


「……ありがとう」


リシェルティアが、ぽつりと呟いた。


その声はかすかに震えていたが、確かな意思が宿っていた。


「今日は、来てくれて」


私は、彼女を見つめた。


彼女の魔素は、とても澄んでいた。

まるで、月の光のように静かで、でもどこか暖かさを感じた。


「こちらこそ」


私は静かに返す。


「……きみに会えて、よかった」


リシェルティアの睫毛が揺れる。

やがて、顔を上げたその瞳に、微かに“笑み”が浮かんだ。


まだぎこちない、

でも確かに心からの、最初の――“微笑み”。


私も、自然と頬がゆるんだ。


言葉ではない。

けれど、この瞬間だけは、政略も、義務も、家柄も関係なかった。


ただ、アルヴィスとリシェルティアという一人と一人が、

互いを“少しだけ知った”そんな時間だった。


__________


その日の夕刻、皇宮の回廊にて。


静かな歩調で廊下を進んでいたのは、皇帝直属の記録官――ヴァルティナである。


皇帝直属の彼女は、政の中枢で数々の儀式と歴史の証人となってきた。

だが、今日の記録ほど、慎重に筆を運んだことはなかった。


“帝国の宝石”リシェルティア・アグレイアと、

“祝福の子”アルヴィス・エルンスト――


この政略的な縁組は、確かに帝国の安定に寄与するものだ。


だが同時に、

それが“ただの布石”ではなく、やがて時代を変える因果の核になるかもしれないことを、彼女の眼は、確かに予感していた。


__________


一方、エルンスト邸に帰った夜。


アルヴィスは自室で、静かに空を見上げていた。


あの少女――リシェルティア。


彼女の“光”は、確かに記憶に残っていた。


それは、まだ言葉にもできない、名前のない感情。


けれど確かに、心に“何か”が触れたのを感じていた。


「……リシェルティア。きみのことは、これから私が守って見せる」


それは政の道具としてではなく、

心から交わす、幼き日の“初めての誓い”だった。


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