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祝福の魔導公 ―転生した天才は魔法で世界を導く―  作者: branche_noir
第3章 顕現する力と揺れる都

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第20話  軋む声、揺らぐ宮廷 (後編)

「干渉は、不要とする」


帝国皇帝、レオグランの言葉は、さながら封印の刻印のように重く、確かに場を縛った。


誰もが理解していた。

それは、アルヴィス・エルンストに対する“保護”でも“称賛”でもない。

ただ、“利用しない”という明確な一線だった。


皇帝は続けることなく、ただ静かに視線を落とす。


その一挙手一投足が、“帝国の意志”を映していた。


__________


クライド・グランゼルム侯は、小さく肩を落とす。


「……つまり、我らができるのは見守ることだけ、か」


「中立派の名は伊達ではないな。エルンスト家は、何もせずに帝都を黙らせた」


セリウス辺境伯も、剣呑な視線を収め、軽く頷いた。


「ならば、我ら貴族派としても同様だ。

 今後、“均衡”が崩れぬよう、あくまで警戒と情報収集にとどめる」


「皇帝派としても異論はない」


重鎮たちは次々と立ち上がり、皇帝に一礼し、静かに退出していく。


深銀の間には、再び静寂が戻った。


__________


だが、その沈黙は“安堵”ではなく、“畏れ”の余韻だった。


皇族を頂点とする体制のもとで、

絶対に帝位を望まず、政争にも関与しない――


それが、エルンスト家の“不文律”であり、

帝国全体が保ってきた精妙な“均衡の鍵”でもある。


その"鍵"が、ある日自らの意志で“歩き出す”とすれば。


――その可能性だけで、帝都はこれほどまでに揺れる。


__________


同刻。王宮の一角、緑の回廊。


第三皇女、リシェルティア・アグレイアは、

母である皇妃ルヴィアの付き添いのもと、ひとり静かに庭園を歩いていた。


手には、絹の刺繍で縁取られた魔導絵本。


だが、彼女の意識はそのページにはなかった。


「あのとき、あの子が……笑った」


それは、祝福の儀での記憶だった。


祝福の儀の場で、五歳の彼は言葉を発さずとも――

まるでその瞳で、自分に“返事”をしてくれたように感じた。


あれは魔素の共鳴だったのだろうか。

それとも、まだ自分にしか見えない“光”だったのか。


「アルヴィス……」


自分と同じく幼く見えるその少年が、

どこかとても遠くにいるように感じた。


言葉にできない感情が、胸の奥で小さく灯っている。


__________


風が揺らしたのは、王宮の庭園に咲いた白い百合の花。


リシェルティアは、小さな指先でその花弁をそっとなぞる。

花は何も語らない。けれど、そこに宿る光の粒が、なぜか彼女の魔素に呼応していた。


「……また、あの光に、会えるかな」


小さな声。

けれど、それは幼子の呟きではなく、はっきりとした“意志”だった。


侍女のリーネが、少し驚いたように目を見開く。


「殿下……」


「アルヴィス様、また来てくれるかな。今度は……ちゃんと、言葉でお話したいの」


「……はい。きっと、会えますとも」


リーネは静かに膝をつき、リシェルティアの手を握る。


__________


「帝国の宝石」と称される第三皇女。

その輝きは、今ようやく、真に“誰か”を想うことによって初めて生まれたものだった。


彼女の中に芽生えた小さな灯は、

いずれ大いなる想いへと姿を変えていくだろう。


__________


夕暮れが、王宮の高塔に黄金の帯を差し込む。


遠く、西の空には――

幼き祝福の子が眠るエルンスト領の方向に、ひとすじの雲が伸びていた。


リシェルティアは、その雲をまっすぐに見つめる。


「また、あの光に――」


誰に聞かせるでもなく、けれど確かに届くと信じて。

彼女は、幼き決意を空に放った。


__________


そして帝都は、再び静けさを取り戻していた。


だが、帝国を構成する者たちの胸中には、

確かに何かが芽吹いていた。


一人の幼子が起こした、ただの“儀式”のはずだった。


けれど、それはいつか――

世界を揺るがす前奏プレリュードであったのかもしれない。


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