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祝福の魔導公 ―転生した天才は魔法で世界を導く―  作者: branche_noir
第3章 顕現する力と揺れる都

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第19話 軋む声、揺らぐ宮廷(前編)

アグレイア帝国の象徴である皇帝の住まう城、その最上階奥の《深銀の間》と呼ばれる円卓会議室。

その名の通り、天井から壁に至るまで青白く輝く銀で覆われたこの空間は、帝国の中枢が密かに動く場所だった。


今、その空間に重々しい沈黙が満ちていた。


「……ついに現れたか。エルンスト家の“怪物”が」


侯爵の一人が吐き捨てるようにそう呟いたが、隣に座る老侯爵は無言で杯を傾けるのみだった。


場に集うのは、皇帝直轄の上位貴族たち。

だがそのうち、特に重い存在感を放つ者たちがいる。


皇族を除き、帝国において“頂”とされる四つの公爵家――

その中でも、エルンスト家は最古にして最深。

場におらずとも圧倒的な存在感があった。


派閥を持たぬ“中立”を標榜し、

決して政治闘争には首を突っ込まぬその一族は、帝都で“均衡の要”と恐れられていた。


__________


「エルンスト家を訪問した陛下直属の記録官の報告によれば、アルヴィス・エルンストは八つの基礎魔素すべてに完全共鳴。

 加えて、精神・空間・時間・創造の上位属性にも“反応”を示したと、神殿より報告があった」


政務庁筆頭書記官の読み上げに、円卓を囲む一同が微かに身じろぎする。


「五歳にして、です」


沈黙。


神官の言葉は、決して誇張ではなかった。


魔導学院の観測基準によれば、上位属性への“自覚的干渉”が確認されるのは通常十三歳以降――

しかも一万人に一人いるかどうかの才能である。


__________


「やはり……ただの天才ではない」


グランゼルム家当主、クライド・グランゼルム侯爵が口を開いた。


「天才の一族であることは周知の事実だ。

 だが、これまででさえ重かった“エルンストの名”が――さらに重くなる」


重くなりすぎる。


その言葉を飲み込んだ侯爵らの顔に、かすかな焦りが浮かぶ。


__________


「……我々は、忘れるべきではない」


低く、鋭い声が響いた。


北辺を治めるセリウス辺境伯。

硬質な瞳を光らせ、静かに続ける。


「皇帝になれるのは、皇族のみ。それは揺るがぬ原則だ。

 エルンスト家が帝位を望むはずもない。だが――」


「その“一言”が、帝位継承の流れさえ傾けることがある」


彼の言葉に、誰も否定を挟めなかった。


__________


「皇帝の意志とは関係なく、“あの一族の頷き一つで”国策が揺らぐ。

 ……それが、いまこの帝国で起きていることだ」


セリウス辺境伯の声に、会議室の空気がさらに重く沈む。


グランゼルム侯が視線を落とし、静かに補足した。


「もともと、帝国における“貴族制度”は――明確な等級に基づいている」


その言葉に、誰かが小さく頷く。


「皇族を頂点とし、その直下に“帝国四大公爵家”が並ぶ。

 公爵家はそれぞれ、軍事・経済・文化・魔導の分野で均衡を担う存在だ。

 その下に侯爵家、辺境伯家、伯爵家と続くが……」


「……いずれも、“公爵家が動かぬ”ことを前提に成り立ってきた均衡だ」


他の貴族たちの間に、ざわめきが走る。


皇族の血を引かぬ者は皇帝にはなれない――それは法で定められた帝国の根幹だ。

ゆえに、エルンスト家が“帝位”を脅かすことはありえない。


だが、それと“影響力”は別だった。


あの家が“言葉”を口にするだけで、帝都の重鎮たちは一斉に身構える。

そして今や、そこに――“歴代最高位の魔導適性”を備えた嫡男が現れた。


しかもまだ五歳。

その幼子が、すでに神官たちを畏怖させるほどの魔素を放っているというのだ。


__________


「中立派の象徴として動かぬ者――それがエルンスト家の“美徳”であった。

 だが、あの子が成長し、もし何らかの意志を持ったとしたら?」


誰かが言葉を詰まらせる。


意志を持つ。

その瞬間、“均衡の重し”が、“動く質量”に変わる。


それこそが、帝都宮廷を覆う不穏の正体だった。


__________


重々しい空気を引き裂くように、

深銀の扉が静かに開いた。


入室を告げる声はない。

その存在だけで、誰もが自然に頭を垂れる。


「陛下」


と、小声で誰かが呟いた。


__________


帝国皇帝――レオグラン=アグレイア。


沈黙と理で国を治める“寡黙の統治者”。


深紅の衣に金銀の襞を重ね、左肩には皇族の象徴である“七翼の獅子”を戴く。


その瞳は鋼のように冷たく、そしてどこか“永い時を見渡す”者特有の静けさをもっていた。


玉座に至るその歩みは、音すらない。


やがて、皇帝は席に腰を下ろし――


「……干渉は、不要とする」


その一言が、帝都中枢を静かに支配した。

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