第490話・魔法の代償。陸自&海自、連合チーム結成
「あの……透、これは一体なんの準備でしょうか…………?」
――――ユグドラシル駐屯地、食堂。
すっかり怪我の完治が済んだ執行者テオドールが、椅子に座りながら怯えた顔と声で呟く。
恰好はいつもの白色パーカーにベージュのショートパンツ、黒のハイソックスにスニーカーを合わせた女児スタイル。
ちなみに、戦いのたびに服がダメになっているので、最近はスペアを10着以上持っている。
「見りゃわかるだろ、飯だ」
笑顔で返す透。
何を隠そう、彼女の眼前には現在進行形で”大量の料理”が並べられ続けていたのだ。
問題はその量。
「次はピラフだ!! 炊飯器ありったけ使え!!!」
「唐揚げ揚がりました!!!」
「大皿に全部乗せろ!!! 肉も卵も粉も本土からピストンで送ってもらってる! とにかく量をこしらえろ!! だが味は妥協するなよ!!!」
厨房で叫んでいるのは、陸自の給養員と臨時で派遣されてきた護衛艦『ひゅうが』の給養員。
彼らは今回のためだけに組んだ臨時チーム。
特に『ひゅうが』から来た海自給養員は、先のリヴァイアサン戦でテオドールのことをよく知っている。
第4エリア攻略のMVPにご飯を作りたいと全員が名乗り上げ、こうして派遣されてきたのだ。
一心不乱に料理を作っているが、まるで1隻の巨大ヘリ空母の乗員分に匹敵する量。
これら全てが、テオドールのためにこしらえられた。
――――理由は1つ。
「まさか1日で”10キロ”も体重が減ってしまうとは……、執行者じゃなければ命が危なかったですね」
カメラをセットしながら、正面にいた四条が一言。
彼女の言う通りで、テオドールはガブリエルとの死闘の末に勝ったは良いが、なんと体重が激減してしまったのだ。
せっかく今まで食べさせて来た分が、たった1日で霧散した。
エクシリアいわく、
「限界を遥かに超えて魔力を使ったんだから、きっと魔法が体を蝕んじゃったのねぇー。あなた達で言う”自食作用”に近いかしら。魔法って言うのはそれだけ危険な技術なのよ」
透を始めとして、自衛隊は完全に失念していた。
日本人は魔法をコスパ最強の便利技術だと思いがちだが、強力なモノには当然副作用が伴う。
執行者という特別な存在だから今まで目立たなかっただけで、魔法は本来使用者に対して寿命を容赦なく削る作用を持つ。
今回はさすがにテオドールに負担が集中したのは誰が見ても明らかだったので、防衛省は食事代を全額負担。
ただちに消耗した執行者を労うよう、防衛大臣から命令が下された。
「っつーわけで、テオ。この料理は今回全部テオのものだから、全部食べて良いぞ」
「ぜっ、全部…………!? そんな、そんな禁忌が許されて良いのでしょうか…………?」
「あぁ、国家予算を燃やし尽くすつもりで食い尽くせ」
透の勢いある発破に、カメラのセットを終えた四条がジト目を向けた。
「自衛官がその発言はどうかと思うよ、透」
「なっ! 別に良いだろそんくらい、テオのおかげで日本は今回勝ったと言っても良いんだ。税金でご褒美あげるくらいはみんな許してくれるって!」
「はぁっ、透だってしっかり頑張ったのに…………なんで誇らないんだろ」
聞こえないよう、小声で呟く。
この2人、配信で盛大にお付き合いバレしてから、周囲に前よりイチャイチャを隠さなくなった。
っというのも、やはりそれは2人が世界的有名人だから。
政府も防衛省も、節操を守るなら良いじゃないかと笑顔で容認していた。
「で、でも……こんなにたくさんのご飯を1人で食べるの、さすがに少し恥ずかしいです」
珍しく恥じらいを見せるテオドール。
彼女も近い内に14歳になる女の子。
確かに、この量はもはやマンガ的と言っても良い。
年頃の乙女が恥ずかしがるのも、無理なき話。
しかし、透はしゃがんで目線を合わせた。
「大丈夫だよ、今日の食事はお前へのご褒美なんだ。ガッツリ減っちまった分、俺たちは食べて欲しいんだよ」
透が指差した先は、ギッチリ自衛官が詰まった厨房。
そこでは現在進行形で、大量の美味しい料理が作られていた。
「みんな、お前に飯を食わせたくて集まったんだ」
「わたしのため……ですか?」
「そう! 恥じらう必要なんかないぞ。むしろ、俺たちはテオがしっかり食べてくれた方が安心するんだ。今日はチートデイ! 好きなだけ食って良いんだ!」
「…………」
改めて、執行者テオドールはこの光景が夢じゃないかと疑った。
ダンジョン時代は、どんなにお腹が空いても料理なんて食べられなかった。
それが、目の前にあるのは”愛情”のこもった暖かいご飯。
視界いっぱいに広がったそれらは目をくぎ付けにし、嗅覚から食欲を一気に誘う。
思わず涎を垂らしかけた彼女は、まずゆっくりと……両手をしっかり合わせた。
この料理を作ってくれた自衛官たち。
入念に下準備してくれた透と四条。
食材に使われた税金を払ってくれた、日本国民。
そして――――食材自体に感謝を捧げ、
「いただきます」
フォークを掴み、まずは黄金のように燦然と輝く唐揚げを口へ運ぶ。
丸ごと一口で頬張り、健康な歯で噛んだ瞬間――――
「むぐぅッ…………!!」
襲って来たのは、旨味の暴力。
サクサク煎餅のような衣の中には、肉汁をたっぷり溜め込んだ肉!
噛むたび溢れる油と幸福感。
10キロも痩せ、極限まで栄養を渇望していたテオドールは、心の底から歓喜の声を発した。
「ほえぇ…………」
その癒しを伴った可愛い声に、厨房の自衛官たちは全員がガッツポーズ
だがまだまだ、フルコースはこれからだ。
今回の任務は、彼女の失った体重を元に戻すことが目的なのだから。




