第489話・新たな戦後、新たな世界
第4エリアでの決着後、自衛隊ダンジョン方面隊は遅れていた本隊を派遣していた。
15機を超えるヘリコプターが島を覆い、次々と増援が送り込まれる。
降り立ったレンジャー隊員は、浜辺を歩いてくる7人の姿を見て笑みを浮かべた。
「こちら01、城跡地より1特を発見。これより合流する」
上陸した自衛隊の部隊は、そのまま第1特務小隊を迎えた。
湧き上がるのは、歓声と賞賛。
わずか1個小隊のみで、敵の一大戦力を粉砕し、1人の犠牲者も出すことなく攻略したのだ。
「よくやったぞ!!!」
「やっぱり日本の英雄だな!!」
「ありったけ食料と水、医療キットを持ってこい!!」
「あれ!? エクシリアさん大きくなってる?」
第4エリア攻略のニュースは、世界中に速報として流れる。
ちょうど日本では午後6時頃だったこともあり、仕事や学校を終えた人間が大勢。
まだお仕事の最中だった方々も、ニュース画面にくぎ付けとなった。
【遂に4つ目のエリア攻略!!】
【四条2曹の配信見てたけどマジでカッコよかった!!! ダンマスに勝つとかもうケリついたでしょ!!】
【俺のエクシリアたんが元に戻っちまった…………】
【俺はどっちでも愛せるぞ】
【テオドールちゃんが元気そうだったけど怪我だらけなの心配、ご褒美いっぱいあげて欲しい】
【執行者は1日で怪我が治るらしいな、異世界人羨ましい…………】
【みんなが頑張ってくれたんだから、俺も仕事頑張るぞ!】
【今夜は宴だ!!!】
攻略の速報に湧く日本国民。
この結果を受けて、翌日の日経平均株価は初値から7万円を突破。
終値ですら史上最高の7万5000円を叩きだした。
東証の価値も一気に膨れ上がり、自衛隊や執行者の活躍により軍事プレゼンスも上昇。
特に配信活動で直に戦闘、勝利の流れを見せたことで、もはや日本のアジア地域全体での影響力はどの国も疑わない。
世界2位の超大国として、アメリカへの猛追を開始する。
この凄まじい影響に、状況を注視していた各国も一気に動きを見せた。
【日本を中心とした巨大軍事同盟、アジア版NATOを今こそ創る時だろう(フィリピン)】
【アジアや欧州の艦船のスタンダードが、もがみ型護衛艦になるのは時間の問題だ(豪州)】
【今や日本は、太平洋地域の超大国になったと言えよう(インド)】
【インフラ事業は、日本企業に任せるべきだった……(インドネシア)】
続々と声を上げるアジア各国。
当初は中国の崩壊で空白が生じると言われていたが、それは杞憂に終わる。
経済・軍事の両面で日本国がカバーに走ったからだ。
海上自衛隊は太平洋、日本海、東シナ海、フィリピン海、南シナ海、インド洋にまで艦隊を派遣して海洋秩序の維持を強化。
また航空自衛隊も欧州および豪州に戦闘機部隊を展開し、影響力を強化。
この動きに、欧米も当然反応を示した。
むしろ――――反応せざるを得なかった。
中国は崩壊し、ロシアも瓦解した。
既に戦争は終わったが、終わり方が良かったとは決して言えない。
大国という重しが消えた結果、ユーラシア大陸はあちこちで軋み、激しい火種だけが残った。
そんな世界で、今まさに日本だけがダンジョン攻略という新しい地位を握り始めている。
それが第4エリア攻略で、とうとう誰の目にも確定した。
中国・ロシアの崩壊という新しい戦後……、国際社会は次のライバルを確実に認識する。
――――ワシントン。
ホワイトハウスの会見室で、大統領報道官が硬い表情のまま原稿を読んだ。
「アメリカ合衆国は、日本の第4エリア攻略を祝意をもって受け止めます。日米は引き続き、太平洋地域の安定と――――“ダンジョン事案”の国際的枠組みにおいて、緊密に連携します」
即座に質問が飛ぶ。
「枠組みとは? 既に日本が主導を握っているように見えますが?」
「新生国連を中心とした新しいものです、そこで次の常任理事国も決まるでしょう。今後太平洋は日米蜜月の新たな象徴になります」
「崩壊した旧ロシア領の核管理は? 問題は山積みと認識していますが」
「その点も含め、日米合同の常設連絡チームを立ち上げます。詳細は国防総省より――――」
言い切る前に、背後の記者席がざわめいた。
“合同”という言葉は、裏返せば日本単独にしない、という意思表示でもある。
アメリカ合衆国は、1900年代以来……再び日本を警戒すべき相手と見始めていた。
――――ブリュッセル。
欧州理事会の非公開会合では、もっと露骨だった。
「日本への過度な依存は危険だろう、ウクライナ戦争でのロシア産天然ガスと同じリスクを持つ」
「しかし、代替がないのも事実です」
「資源、医療、素材……ダンジョン由来の“未知”を日本が独占するほど、我々は遅れる」
誰かが吐き捨てた。
「中国とロシアがまだ生きていたなら、均衡という言い訳ができた。だが今は――――均衡そのものが無いのだから」
沈黙が落ちる。
その沈黙は、一言で表すならば焦燥だ。
欧州はウクライナ復興と、軍備強化の真っ最中。
軍事物資もインフラも人手もまるで足りない。
そこへ日本が次の時代へ一歩進んだ。
もうEUとして団結しても、勝てる相手ではない。
一方ロンドンでは、議会の討論がそのままニュースに流れた。
「我々は日本と準同盟関係にある。ならばこそ、共通のルールが必要だ」
次いでフランスのTV解説者が、カメラ目線で言った。
「ダンジョンは新たな核と言えます。核拡散防止条約のように、ダンジョンの由来の影響を防ぐ枠組みを作らねばならないでしょう」
さらに続ける。
「日本が悪いわけではありません。しかし、世界は“日本が善であり続ける”前提では回らないのです。もしものため、日本に依存しきったグローバル経済の構築は危険かもしれません」
国連本部では、“ダンジョン特別総会”の開催が決まった。
議題は三つ。
1•ダンジョン攻略情報の共有。
2•ダンジョン由来技術の輸出管理(国連主導)。
3•崩壊国家地域での治安維持と、人道回廊の確保。
要するに、日本が進みすぎたせいで世界が慌てて追いかける形になった。
――――日本、東京。
外務省のフロアでは、会議室の空気が張り詰めていた。
歴戦の外務官僚たちが、みな同じ表情をしている。
勝った顔ではない、次に備える顔だ。
「各国からの照会、同盟提案、共同研究の打診……すでに通常回線が飽和していますね」
「そうだろうな、総理を始め官僚はしばらく寝れんぞ」
誰かが短く言い、資料をめくる音が続いた。
「旧ロシア領の治安悪化に伴い、ユーラシア全域での紛争が懸念されます」
「大陸は欧州に任せましょう。こちらでは元解放軍武装勢力が、アジア各地で海賊化しています。南シナ海の一部では旧中国が埋め立てた人工島を敵が占拠。対艦ミサイルで付近を航行するタンカーを撃沈する事案も発生しています」
「その件は防衛省から連絡が来ている、米海軍と共同で近く艦隊での討伐作戦を行う予定だ」
崩壊とは、地図が静かに割れる現象とも言える。
かつてのソ連崩壊とは比較にならない混沌の中、日本のみが世界で灯台のように輝く。
不安、期待、それぞれの想いを持って各国は日本とコンタクトを取ろうと必死になる。
一方、そんな世界規模での影響力を示した第1特務小隊は、第4エリア攻略間もない中で”緊急の配信”を行おうとしていた。




