第465話・大本命
荒れ果てた食堂へ足を踏み入れたテオドールは、表情を変えずに質問する。
「……今までは、本気じゃなかったと?」
「そうだね、だって女児にガチるとかダサいじゃん? だからなるべく手加減して、楽に殺してあげようかと思ってたんだけど――――」
そこまで言って、ガブリエルは全身に魔力を纏った。
周囲の食器が一斉に砕け散り、暴風がテオドールの長い銀髪をなびかせる。
「どうやら、そうも行かないみたいだ」
「ではどうぞご遠慮なく、わたしは――――最初からずっと本気ですよ?」
両者の動きはほぼ同時だった。
互いに距離を詰め、ランスと拳が交差する。
――――キィンッ――――
「がふっ!!」
すかさずの因果改変。
こちらが被弾した結果を書き換え、代わりにテオドールの拳が相手の顔面をぶん殴る。
しかし、まだ付け焼刃――――まして借り物の能力も万能ではなかった。
「ぬぅう!!『惑星炙り刺し』!!!」
「ガハァッ!!」
カウンターで放たれたのは、炎を纏った槍での刺突。
即座に魔力でガードしたため貫かれはしなかったが、強烈な衝撃は内臓を粉砕。
その場で数歩押し戻されたテオドールが、たまらず吐血した。
床が薔薇色に染まる中、ガブリエルは笑みを浮かべる。
「やはり、その奇怪な能力を連発はできないらしいね! インターバルは5秒ってところか、しかも使用する魔力量だって異次元でしょ。君の体が先にイカれるんじゃない?」
「ははっ……関係ありませんね! その前にこちらが勝ちますよ」
そうは言ったが、半分ほどブラフに近い。
既に体力も気力もゼロに近い状態で、内臓や骨もかなりやられている。
痛みを堪えるだけでも、13歳の少女が感じて良い苦痛ではない。
さらに、
――――あの宝具が厄介ですね、アレに付けられた傷は全く治癒の気配がありません。
ガブリエルの持つ特級宝具、『イグニス・ランス』。
その効果は、相手の治癒能力を根こそぎ焼き切る呪詛の付与。
通常、執行者はどんな怪我でも1晩寝れば全快する。
しかし、この宝具はそんな執行者の治癒能力を根っこから封じる効果を持っていた。
渋谷で貫かれたエクシリアの本体が未だ瀕死なのも、この宝具の効果によるもの。
おそらくは、ベルセリオンの治癒魔法でも治らない一生の傷になるだろう。
――――”ある条件”を満たさない限り
「多連装――――『星間誘導弾』!!!」
両手から、大量の爆裂魔法を放った。
長期戦は不利、今の状態では本気を出したガブリエルに勝てない。
唯一の勝ち筋を掴むべく、彼女は最後に残った魔力を振り絞る。
「そろそろ限界なんじゃない? 誘導がお粗末になってるよ! もう因果を書き換える力も無いか!」
軌道を読んだガブリエルが、魔法を次々と飛びながら迎撃。
想定通り、再び敵は城の外へ出た。
執行者テオドールは、残った全ての魔力を両手に集約した。
「透!! わたしに――――全部貸してください!!!」
思い切り踏み込み、執行者テオドールは最後の魔法を放った。
「ショックカノン!!!」
3本の青白いビームが、横に並んでガブリエルへ突っ込んでいく。
非常に強力なそれだが、彼からすれば受けても問題ないクラス。
『イグニス・ランス』を構え、盾にした時だ――――
――――ギュルギュルギュルッ―――
「ッ!?」
3本のショックカノンが、ねじれるように回転。
なんと、そのまま1本の太いビームへと変貌したのだ。
貫徹力、威力共に実に単純計算で3倍。
避けようとしてももう遅い。
執行者テオドールは、最初からこれを狙っていたのだ。
「51センチ――――『超収束・ショックカノン』」
莫大な魔力が、ガブリエルの宝具に命中。
最初は小さなヒビだったそれが、すぐさま目に見える亀裂へと変貌。
大きな音を立てて、特級宝具は砕け散った。
「最初から……! 本命の一撃はこれだったか!!」
全ての魔力を使い果たしたテオドールは、その場で座り込む。
もう抵抗の術は無い。
一杯食わされたガブリエルは即断する。
この執行者は、ここで必ず殺さねばならない。
右腕に魔力を纏い、超高速で肉薄。
トドメの一撃が彼女の顔へ当たろうとした瞬間。
「なっ…………にぃい!!?」
ガブリエルの拳は、直前で莫大な出力の障壁に防がれる。
脱力したテオドールの目に、”金色の髪”が見えた。
あらゆる治癒を焼き切る宝具の破壊は、その効力の消滅を意味する。
つまり――――
「よくやったわねぇ、テオドール」
「お、お前…………ッ!!」
輝く黄金の髪と瞳、小さな身体ながらもその齢は180を超えた大魔導士にして、テオドールが敬愛する師匠。
「あとは任せなさい」
宝具の呪縛から解放された”執行者エクシリア”が、完全に元の姿となって復活した。




