第461話・イメージしろ、お前ならできるだろ––––新海
――――第4エリア侵攻3日前。
「はぁっ、はぁっ………! なんで、当たらないんだ」
ユグドラシル駐屯地内の訓練施設で、透は息を切らしながらダミーナイフを握っていた。
眼前には、サングラスを掛けた1人の自衛官。
「これで50回連続回避、また僕の勝ちだね。新海」
笑顔でそう言ったのは、現代最強の自衛官––––錠前勉だった。
彼は透の希望で、組手の稽古をつけていたのだ。
現在はナイフを1発でも当てれば透の勝ち、っというルールでやっているのだが……。
「強すぎますよ1佐……、俺みたいな危機察知能力も無いのに…………」
透は全くナイフを当てることができていなかった。
それもそうだろう。
彼が最強なこともあるが、透はどちらかというと回避特化型のタイプ。
攻撃を当てること、威力に関しては四条と大差がない。
危機察知能力が無ければ、近接戦も特戦の久里浜にボロ負けしてしまう。
そんな彼の唯一の弱点を、錠前は冷静に上司として見極めていた。
「んー、新海の攻撃はさ。”当たる”って感じがあんましないんだよねー」
「それ、どういう意味です?」
「ちょっと難しいんだけど、致命傷に至るイメージが湧かないんだよ。言うならば決定打不足以前の問題、そもそも脅威じゃない」
「そこまでハッキリ言われるとへこみますね」
「可愛い部下に現状を認識させるのも、上官の務めだよ」
そう言って透に近づいた錠前は、サングラス越しに彼の目を見つめた。
「新海さ、今までの人生で――――”本気で攻撃しよう”って思ったこと無いでしょ」
「いやありますよ、もう人だって殺してますし。ずっと本気ですよ」
「いいや違うね、君は最悪――――奥の手の危機察知能力があるから、最後はなんとかなるって無意識に思い込んでる」
「そんなことは――――」
直後だった。
なんの前触れもなく、錠前は透の顔面へ蹴りを放った。
「ウオッ!!?」
間一髪で回避。
衝撃波で、背後の壁が粉々に吹き飛ぶ。
食らっていれば、間違いなく死んでいた。
「なにするんです」
「それだよ、新海」
言われて初めて気づく。
攻撃を避けたなら、普通は防御なり反撃なり反射で行うもの。
しかし透は、無防備に立っていたまま。
「それは君の悪癖だね、痛い思いをしたことが無いゆえの――――幸福だが不幸な体質」
「……どうすれば、改善できますかね?」
「簡単さ、イメージすれば良い」
「イメージ?」
「うん、徹底的に思い込むんだ。自分は戦う前から既に勝っている。自分の攻撃は確実に相手の命を奪えるとね」
「言うは易しですね……、それは1佐が最強だからできる思考では?」
「大丈夫――――」
近寄った錠前が、透の額を軽く叩いた。
「お前ならできるだろ、相手に見せるつもりでイメージしろ。攻撃を避ける時と同じ要領だ、反射で世界を作るんだ」
訓練室に、静かな空気が満ちた。
◇
林少佐は人生で初めて冷や汗をかいていた。
目の前に立つのは、正真正銘……世界の代行者として覚醒した人間。
現代最強――――錠前勉に唯一並び立てる、世界最強クラスの傑物。
最初に一撃叩き込んで有利を取ったつもりが、逆に目覚めのきっかけを与えてしまったのだ。
「逃げられるか? 俺の描く世界線から」
「ッ!!!」
――――キィンッ――――
今度もまた、全身をミンチにされる凄まじい映像が強制される。
全身全霊で避けると同時、林少佐はこのままだとやられると判断。
起死回生の一撃を決めるべく、崩壊する壁を背に走った。
「やはり貴方は選ばれし存在だったわけか! どうりで、世界が執行者にしか殺せないよう仕組んでいるわけだ!!」
一気に肉薄し、透のナイフと鍔ぜり合う。
間近で見ても、やはり彼の瞳は銀色に輝いていた。
纏う魔力も、同色に変貌している。
「テオたちにそんな使命は背負わせねえよっ、アイツはまだ幼い女の子だ。特別だろうと執行者だろうと――――」
――――キィンッ――――
「ッ!!!」
咄嗟に龍雲でガード。
次の瞬間には、右から強烈な蹴りが打ち込まれていた。
もし事前にイメージを強制する作用と、龍雲のメタ効果が無ければとっくに5回は殺されている。
「あの子たちには、幸せになる権利がある!」
「もし世界がそれで終わるとしてもですか!?」
痺れる腕に鞭を打ち、林少佐は三節棍をカウンターで振った。
しかし、危機察能力……もとい、覚醒した”因果改変能力”を持つ透には掠りもしない。
攻撃を仕掛ける前から、透は既に回避行動を取っているのだ。
動きを先読みしようとしても、未来自体が書き換えられるため意味を成さない。
「ぐぅあッ…………!!」
遂に隙を突かれ、ジャブの連打を顔面に食らう。
今まで訓練で痛みの耐性はつけたつもりだったが、明らかに重みが違う。
「テオもベルセリオンも、エクシリアも! みんな幸せになるために生まれたんだ! 世界の運命なんてのはなぁッ!!」
大きくタメを込めた透は、渾身の蹴りを打ち込む。
「ガキじゃなく大人が背負うもんなんだよ!!!」
放たれた攻撃は、林少佐から龍雲を弾き飛ばした。




