第445話・ダンジョン内の食料事情
◇
――――第4エリア中央より7キロ。
配信を開始しながら、透たちは森林を進んで中央の城を目指していた。
距離にして10キロはあるだろう、過酷な道のりだと思われた道中だったが……。
「おっ、なんかありますよ隊長」
前方をポイントマンとして進んでいた坂本が、ハンドサインでストップを掛けた。
彼の構える64式自動小銃のスコープに映ったのは、木の上から垂れ下がった――――
「キウイ…………でしょうか? 少し地球のとは見た目が違いますが」
後ろを歩いていた四条も、足を止めてそれを見た。
装備は迷彩戦闘服に新型のプレートキャリア、そこへ6本のSTANAGマガジンや手榴弾を装備した、非常にタクティカルな格好。
ヘルメットにはいつものカメラが取り付けられており、この瞬間も世界に配信されている。
さすがに森林を薄着で進む無謀はせず、四条は最後まで透に隠していた迷彩服を着たのだ。
理由は単純で、最初にその服の存在がバレれば恋人の独占欲が爆発して、ずっと迷彩服を着ることになるのが見え見えだったから。
「なぁエクシリア、あれがなんの実かわかるか?」
油断なく周囲を警戒しながら、透は20式小銃を構えつつ聞いた。
この質問に、テオドールの頭に乗った彼女は即答。
「あら珍しい、『スパークル・キウイ』じゃない。わたしも見たのは初めてよ」
「スパークル・キウイ? 普通のキウイとなんか違うのか?」
「この第4エリアにしか無い希少種よ。食べたら強烈な炭酸みたいな刺激と一緒に、桃みたいな甘味を楽しませてくれる。ダンジョンマスターのお気に入りだったわ」
「へぇ、食えるのか」
日本人らしく、全員が涎を垂らす。
その凄まじい食欲を察したのか、ベルセリオンが手に宝具のハルバードを顕現させた。
「しょうがないわね、取ってあげるわ」
ベルセリオンがジャンプし、”1級宝具”『ホーネット・ハルバード』を振るう。
技量は見事なもので、実を傷つけずに収穫してきた。
【おぉ! 異世界産フルーツ!】
【食ってみてぇ……!! 名前からして美味しそうじゃん マンガの世界だ】
【早く市場に出回らないかな、良い値で買うぞ】
活況を呈すコメント欄の前で、透が素早くナイフで皮を剥き、みずみずしい果肉を取り出した。
「おぉ、まるでエメラルドの宝石だな……いただきます」
まずは一口。
頬張った瞬間、透の全身に電撃が走った。
「おっ、おぉぉ!」
舌触りはしっとり滑らか、だが噛んだと同時に想像以上の果汁が溢れ出した。
名前通り電気が走ったと錯覚する酸味と炭酸を含んでおり、これを持っておけばジュースが入った水筒も同然。
キウイジュースを丸かじりしたような感覚だ。
「凄いな、ダンジョンには知らないだけでこんな美味しい食材がたくさんあるのか?」
透の問いに、エクシリアは即答した。
「いえ、こうして美味しく食べられる食材はほぼ存在しないわ。このキウイだってこの島でこれだけしか無いもん。もし食材で溢れてたら執行者は欠食になってないわ」
それもそうだった。
証拠に――――
「ほえぇ……、おいひいれす……」
「ふぇえー!」
同じく頬張った執行者姉妹も、幸せそうなトロ顔をカメラに晒した。
当然ながら敵だった頃は勝手に食べることなどできなかったので、初めての体験だ。
しかし、ここはあくまで敵地。
このような平和な配信で終わるわけが無かった。
――――ドォンッ――――!!!
近くの森林で、爆発音が響いた。
まだ半分残っていたキウイを口に放り込んだ透は、20式に装着したスコープのゼロインを確認する。
「おっ、引っかかったな」
ここで配信のコメント欄も気づく。
隊列の中に、久里浜の姿が無かったのだ。
「総員配置につけ! デカいのが来るぞー!」
透の指示を受け、各々が散らばっていく。
一方、爆発音の轟いた方角では――――
「ちょっとぉ!!! なんでわたしがこんな役なのよぉ!!!」
みんなと同じく、タクティカルな装備をした久里浜が、涙目で全力疾走していた。
彼女の背後には、大樹をも薙ぎ倒すようなモンスターが走っている。
「ブォオオオッ!!!!」
”準1級神獣”、『タートル・ウォートホッグ』。
全身を固い甲殻で覆った、まさしくイノシシのような風貌の神獣。
一見ただのデカいイノシシだが、準1級に指定される上位モンスター。
ワイバーンよりも強力で、攻撃に特化した肉体と魔法を扱うことができる。
『おいバカ千華、本気で走れよ。轢かれたら死ぬぞ』
「言われなくてもわかってるわよ!!! って、あっ!!!」
そこまで言って、久里浜は地面の石ころにつまづいた。
装備が重かったこともあり、盛大に転んでしまった。
「あっ、ちょっ……! やば!」
目の前には、勢いを止めずに突進してくるモンスター。
尻もちをついて動けない久里浜に、無慈悲な一撃が当たろうとして――――
『今です! ベルさん!!』
「りょうっかい!!」
そこは既に、第1特務小隊のキルゾーンだった。




