第434話・アサシンVSゴアマンティス
自衛隊中央病院での戦いは、その激しさを増していた。
瓦礫と砂塵が舞う中で、マズルフラッシュが連続でまたたく。
「お前いつ死ぬん? いくらなんでもタフ過ぎるやろ」
アーチャーが対魔法徹甲弾を撃ち込む隙を作るべく、特戦第3小隊長のアサシンはタイマンで特級神獣ゴアマンティスを相手していた。
MP7A2に4本目のマガジンを差し込むが、視線の先の怪物は健在。
「言っただろう、俺をその程度の攻撃で倒せるとは思わんことだ」
砂塵から現れたゴアマンティスは、笑みを全く崩していなかった。
自分で言ったことだが、物理攻撃がさっきから一切通じていない。
スチールプレートも貫通する弾丸が、まるで通らないのだ。
単純な肉体強度だけでは、説明がつかない。
なので、少し探りを入れてみることにした。
「いやほんま天晴やわ、特級の名は伊達じゃないね」
「そうか、ならいい加減終わりにしよう。貴様と遊びすぎても無駄なだけだしな、どうせあのデカい武器の男が何か企んでいるのだろ?」
さすがにもう挑発には乗らないらしい。
そこで、アサシンは腰に装備していたスペツナズ・ナイフを取り出した。
ジャンプで一気に2階へ行こうとしていたゴアマンティスの目が、強制的にそれへ釘付けとなる。
「このナイフ知ってる? 特戦入った時に錠前さんからもろたんやけどな。本人いわく”呪い”がこびり付いてるらしいわ」
「ッ…………」
あり得ない。
一見してもただのナイフにしか見えないそれは、
「なんでも”学生時代”の思い出の品だとか、人にそんな呪物渡すって意味わからんけどな」
――――間違いない、”魔力”が宿っている。
あのナイフはただの道具ではない、天界が定める『宝具』の定義に合致する物だ。
それもそうだろう、アサシンもゴアマンティスも知る由などないが、あのナイフは錠前が学生時代に唯一自分を葬った敵。
ロシアの最強殺しであるロマノフが、錠前自身の心臓に突き立てた武器。
あの事件後、それをこっそり保管していた彼が、時を経て能力を見込んだアサシンに預けたのだ。
「ようやくポーカーフェイスが崩れたな、やっぱ君にはこういういわく付きの方が効きそうやね」
直後だった。
床を蹴ったアサシンは、一瞬でゴアマンティスの上半身を斬り刻んでいた。
今まで血の一滴すら出さなかった神獣が、初めてダメージを負う。
「グゥッ…………!!」
「君の攻撃が効かんギミック、少しわかったわ」
着地と同時に足裏を滑らせ、股下をスライディング。
次は下半身を切り裂いた。
「攻撃は攻撃でも、”魔力の無い物理攻撃”を無視できるってとこか」
アサシンの回答は半分正解だ。
確かに魔力の無い攻撃はゴアマンティスに通じないが、ただそれだけで特級は名乗れない。
正確には、”魔王の殺意”とでも言うべきレベルの呪いが必要だった。
呪いとは負の感情、すなわち魔力と根源が似ている。
あの時……人生で初めて敗北を喫した現代最強――――錠前勉の負の感情が、このナイフに全て宿っていたのだ。
まさに、“特級メタ”の宝具。
「それがどうしたぁ!!!! 薄皮を斬ったところで形勢は変わらん!!」
非常に素早く動いていたアサシンだったが、ゴアマンティスも本気だった。
4撃目をワザと食らい、とうとう隙を見せたアサシンを捕まえた。
「チッ!」
首根っこを掴まれ、持ち上げられる。
「誰が捕まえられないだって? 敵を過小評価していたのはお前だったな」
一気に首を絞め上げる。
あと数秒で全てが潰れそうになった時――――
「ほんま……、君がアホな小物で良かったわ」
視線の先――――ゴアマンティスの背後に立っていたのは、
「よくやった、アサシン」
対物ライフルを構えたアーチャー。
彼は既に装填していたJ5魔法弾を、爆音と共に発射した。
飛翔した弾丸は、ゴアマンティスの背中に直撃。
敵を吹っ飛ばした。
「ガッ………!!? な、に?」
その一瞬の隙を突いて、ナイフで手首を切ってアサシンが脱出。
――――ドガンドガンドガンッ――――!!!
連射で魔法弾を叩き込まれたゴアマンティスの腹部に、とうとう巨大な風穴が空いた。
――――ドガンッ――――!!!
最後の一発が頭部に撃ち込まれる。
重いハンマーのような攻撃に、ゴアマンティスはその場でフラつく。
「冥土の土産に教えたるわ」
首元の位置までジャンプしたアサシンは、呪いのこもった通称”錠前ナイフ”を逆手に持つ。
「錠前さんの隣に立つんは、新海透でも執行者でもない」
一閃。
アサシンが渾身の力で放った斬撃は、ゴアマンティスの頭部を完全に胴体から斬り離した。
「――――俺や!!」
直後、タイムリミット。
ゴアマンティスの足元と天井が、キャスターによって爆破された。
加護を呪いによって断ち切られた神獣は、爆発の衝撃波と瓦礫によって押し潰される。
砂煙が舞い散る中で、アサシンはナイフをしまった。
「やったな」
駆け寄って来たアーチャーに、アサシンはアザだらけの首元を触りながら返す。
「ほんま紙一重やで、アイツが薄い中身と分厚いプライドの持ち主じゃなかったら、エクシリアくん殺されとったかもしれん」
「とにかく、錠前1佐のお灸は免れた。今はこれで良いだろう」
「そういえば、セイバーのとっておきを披露し損ねたな。アイツの愚痴聞かなあかんわ」
「”とっておき”は、むしろ温存できて良かったよ。近い内に――――また使うかもしれないがな」
こうして、エクシリア抹殺を図った特級神獣ゴアマンティスは、日本最強の部隊によって討伐された。
彼らがそうして話している頃――――
――――ピクッ――――
ベッドで眠っていた執行者エクシリアの指が、かすかに動いた。




