第409話・対日特別軍事作戦
それは突然のことだった。
北京での停戦条約目前という時に、沈黙を保っていたロシア連邦が動いた。
横田に設置されたオペレーション・ルームでは、モニターに複数の機影、艦影が映っていた。
同時に、スピーカーからロシア国営放送の音が流れる。
『中国における連合軍の虐殺行為は、平和を希求する人類にとって到底許されるものではない。その魔の手がロシアに降りかかる前に、我が国民を守るため、偉大な祖国の軍は早急な自衛行動を行うものとする! 我がロシア連邦は、西側の殺戮行為を断じて容認しない!!』
時のロシア主導者は、以前から認知能力の欠如が進んでいるのではないかという論が、欧米で囁かれていた。
それは当たっていると同時に、外れているとも言える。
結論から言ってしまえば、ロシア首脳部は正気だった。
しかし、ロシアという国家自体は……既に狂気に呑まれていた。
「E-2Dより最新の観測情報来ました。ロシア航空宇宙軍のエリゾヴォ基地より制空戦闘機多数発進! また、ウクラインカ基地からも戦略爆撃機と思しき航空機が多数離陸!! 日本本土へ向けて飛行中」
常識的に考えてあり得ないタイミングで、ロシアは対日”特別軍事作戦”を決行。
しかし、非合理なそれはあくまで常識の範囲の話。
ロシアは西側が思っていた以上に、追い詰められていた。
長引くウクライナとの戦争を経済的に支えて来た、石油・ガスなどの輸出資源。
日本円にして30兆円にも昇るこれらは、現在ほぼ機能していなかった。
なぜか、それこそ日本が原因である。
ダンジョン攻略により産油国となった日本は、世界中に破格の石油取引を持ち掛けた。
これにより、ロシアは主要輸出先であったインドを失ってしまった。
だが、これだけならまだ愚行に走る動機にはなりえない。
決定的だったのは、中国の陥落だ。
最後まで莫大な金で石油を買ってくれていた中国は、今や崩壊して見る影もない。
必然的に、ロシアは主要外貨の獲得手段を失ってしまった。
資源国の呪いに憑り憑かれていたロシアは、日本と違い輸出できる技術も商品も無い。
石油さえ売れれば良い、国内産業なんていつかテコを入れれば良い。
何十年もそうして国内投資を怠って来たゆえに、いざ天然資源の売り手がいなくなった瞬間、経済が崩壊してしまう。
ウクライナとの戦争をあと10年は続けるためにも、膨大な戦費獲得は絶対条件。
通常の国家なら停戦の交渉を始める頃だが、ロシアはガチガチの権威主義国家。
停戦=政権の転覆であり、すなわちソ連崩壊の再現に至る。
困窮したロシア政府は、諸悪の根源である日本との開戦――――そして二正面作戦を決意。
電撃戦で北海道を制圧し、そのまま本州へ侵攻。
日本政府を屈服させ、ダンジョンを確保する。
未知の天然資源である魔力の秘密さえ手に入れば、まだまだ戦争ができる。
政権は生き永らえ、不凍港まで獲得できるチャンス。
狂気の正気でそう判断したロシアは、持てる全ての東方戦力を日本へ投射した。
――――ロシア・ベラヤ航空宇宙軍基地。
タキシング中のTu-22M3爆撃機群の中で、無線が鳴り響いた。
『諸君!! 時は来た! 先の大戦から80年、日本帝国はかつての過ちを認めるどころか、国際社会の秩序を乱す悪の権化へとなり果てた!! 中国へ襲い掛かった暴虐の嵐が、いつ我々に牙を剥くかもうわからない!!』
――――ロシア・ウラジオストク海軍基地。
出航していくのは、スラヴァ級ミサイル巡洋艦『ヴァリャーグ』、およびステグレシチー級フリゲート3隻。ソヴレメンヌイ級駆逐艦2隻、ウダロイ級駆逐艦が4隻。
さらに、たった4隻の揚陸艦。
総数14隻の、ロシア太平洋艦隊が出撃した。
『我らは屈しない!! 我らは膝を折らない!! 今ここに共産主義の旗の下、悪の枢軸日本を我らの手で降す!! 目標―――北海道西端部!!!』
プランは、参謀本部により既に策定されていた。
総数500名の海軍歩兵部隊を、自衛隊北部方面隊打倒と同時に強襲揚陸。
速やかに札幌、函館などの主要都市を制圧し、北海道全域を1週間で陥落。
その後は空軍、海軍の支援の下、青森県に上陸。
予定通りならば、1ヵ月で北日本全域を攻略できる算段だ。
真っすぐ突っ込んでくるVKSの航空機群に対し、空自はすぐさまスクランブル。
三沢からF-35Aを、千歳からはF15-JMを発進させた。
「запуск (発射)!!!」
ユーラシア大陸奥地から、ロシア軍の戦略爆撃機が巡行ミサイルを多数発射。
その数、実に40発。
標的は――――青森県、航空自衛隊三沢基地。




