†chapter12 悪徒の城10
廊下側から駆けてきた拓人が、そのフロアの一番奥にある部屋の扉を開いた。中は先程までの大量の水蒸気が満ちていたのだが、今はすっかり晴れて視界が良くなっている。
「ど、どういうことだ……?」
見通しは良いのだが状況が読めない。その部屋には竹村亜樹と倒れている中島和三郎の他に、2人の男がいた。立ち尽くすサングラスを掛けた白髪頭の男と、その目の前で横たわるニット帽の男。霧で姿を確認していなかったため、どちらが霧隠れなのかわからない。そして、もう1人の人物は一体何者なのだろうか?
「……あんたは誰だ?」
そう聞くと、白髪の男は聞いているのかいないのか、悲しそうな顔で首を上げた。「また、殺めてしまった……」
殺めた? 白髪の男がそう言うので、拓人は倒れているニット帽の男に目を向けた。外傷はないようだが、確かにピクリとも動かない。
「あなたは警察の人?」
そう言ったのは後からやってきた雫だった。どうやら白髪の男に言ったようだ。
「け、警察? この怪しいおっさんが?」
雫は頷く。「そう。この人がスクランブル交差点で私たちを助けてくれた刑事さんよ」
白髪の男がこちらに振り向く。サングラスを掛けているのでわからないが、首がうろうろしていて視線が合っていない。
「ふむ、嗅ぎ覚えのある匂い。これは確かに先日、スクランブル交差点で嗅いだ匂いですね」
「そうか、電気を操る能力を持った盲目の刑事とか言ってたな。名前は確か……」
「貞清です。捜査一課の貞清誠司と申します」
貞清は胸元から警察手帳を出しそう告げると、しゃがみ込みニット帽の男を見えない目でじっと観察しだした。
「この方は亜種のようですが、先程覆っていた大量の湿気から察するに、もしかして『霧隠れ』と呼ばれている人でしょうか?」
亜種の放つ独特の波動や漂う霧の水分などから、貞清はニット帽の男を霧隠れだと判断したようだ。
「ええ、そうよ」
息を潜めていた竹村が静かに答えると、貞清はがっくり肩を落とした。
「やはりそうですか。銃を持っていたとはいえ、殺してしまったのはまずかったですねぇ……」
貞清は弁解するようにそう言うと、ニット帽の男に向かって両手を合わせた。
「しかし、何でこんなところに刑事がいるんだ?」
結果助かったのだが、拓人はそのことが疑問だった。
貞清はそこから立ち上がると、顎を上げて鼻をヒクヒクと動かした。
「火薬の匂いに混じって、微かに低級品の紹興酒の臭いがします。やはりここに鄭巡査がいたようですね」
「巡査が……?」
拓人はそう言うと、竹村がこの部屋に連れてこられた人たちを確認していると言ったことを思い出し視線を向けた。
「ええ巡査ならいましたよ。数時間前、デーンシングによってどこかに連れていかれてしまいましたが……」
「うーん、そうですか。宇田川交番に行っても鄭巡査がいないので、ここまで捜しに来たのですがやはりトラブルに巻き込まれていたのですね」
竹村は貞清のその言葉で何かを思い出したのか、あからさまに顔をしかめた。
「彼は酷く暴力を振るわれたようで、顔を腫らしてぐったりと倒れていましたよ」
貞清は無感情に「ほう」と唱えた。
「『異常代謝』の能力を持つ巡査なら顔の腫れなどすぐに治りそうなものですが、やはり人外の能力が無効になる『結界』の能力者、不破征四郎がデーンシングの配下となり、ここにいたようですね」
不破はデーンシングの首領、チャオ・ヴォラギアットの攻撃を受け病院に運ばれた後、そこから失踪してしまっていたのだが、やはり洗脳されデーンシングの軍門に下ってしまったようだ。
「まあ、そこまでは我々も予想していたことですが……」貞清はそう言って踵を返すと、倒れている中島の前で立ち止まった。
「時に、ここで倒れている御仁はどなた様でしょうか?」
拓人は貞清の前に横たわる中島に視線を落とした。
「刑事さんくらいの世代なら知ってると思うけど、そのじーさんは教科書にも載ってる亜種の起源、中島和三郎だよ」
「中島和三郎さん? 本当ですか。渋谷で易者をやっていると聞いていましたが、まさかデーンシングに目をつけられるとは……」貞清はそう言うと、また両手を合わせて頭を垂れた。
「おい。ちょっと待て。ナカジーはまだ生きてるらしいぞ」
「えっ!?」貞清は耳に手を当てて耳をすました。「本当だ。僅かに心音が聞こえる……」
「中島さんはチャオ・ヴォラギアット洗脳攻撃を受けたんです」
竹村がそう言うと、貞清はそれを受け小さく頷いた。
「成程、それで意識を失っているのですね。ところであなたもここで捕まっていたようですが、洗脳攻撃を受けていないのですか?」
「はい。私を含むここに集められた亜種の中で、洗脳攻撃を受けたのは中島さんただ1人だけだと思います」
竹村はそう言ってことの説明をした。
中島和三郎の持つ奇跡の能力は、竹村の持つ悪魔の能力と同じ空間の物質化。中島の生み出す聖灰を麻薬か何かだと勘違いしたチャオ・ヴォラギアットは、彼を自分たちの仲間にするために洗脳したのだそうだ。だが実際に麻薬を生み出す竹村や、巡査を含むその他の亜種が洗脳されなかった理由はよくわからないのだと言う。
「ただその後、東京支部長の物部連山に奇跡の能力の詳細を聞かされ酷くがっかりしていましたが……」
「奇跡の能力の本当の価値が理解出来ないとは、デーンシングの親分さんも大した器ではありませんね」
貞清は顎をさすりながらそう言うと、竹村の目の前にゆっくりと近づいた。
「しかしまさか、こんなところで悪魔の能力者、竹村亜樹さんに会えるとは思いませんでしたよ」
貞清と竹村が向かい合うと、部屋の中に異様な緊張感が走った。
「そうね。私は麻薬を生み出す悪魔の能力者。けど悪党共に仕えるのはもううんざりだわ。あなたが私を捕まえるというのなら、大人しく捕まるわ」竹村は両手を上げた。
「ちょっと待て、この人は言わば被害者だろ!? 何で警察に捕まらなくちゃいけないんだよ!」
拓人が異を唱えると、貞清はその白髪頭をポリポリと掻いた。
「人情的に言えばそうですが、残念ながら警察はそう見てはくれません。竹村亜樹さんの罪は、その能力を持ってしまったことなのです」
「おかしいだろ、そんなのっ!!」
ここで捕まってしまったら、琴音と再開させること出来ないじゃないか。拓人は戦闘態勢に入った。身体の周りに旋風が巻き上がる。
しかしそれを意に介さない貞清は両手を前に広げて「まぁ、まぁ」と諌めた。
「本来なら捕まえて行きたいところですが、私は一度に2つのことが出来ない性質でして、今はクラウディ事件の被疑者である霧隠れを殺してしまったことを本庁に報告することで頭が一杯なんですよ。だから竹村さんを捕まえるつもりは毛頭ありません」
貞清がそう言うと、拓人は戦闘態勢のまま口を大きく開いた。
「は!? 霧隠れがクラウディ事件の被疑者だぁ!?」
―――†chapter13に続く。




