†chapter12 悪徒の城09
「おい。消すって、それ本気で言ってんのか? お前らだってヘロイン+が作れなくなったら困るんじゃないのか?」
拓人は霧で姿が見えぬ相手に対し、声を大きくして言った。
「確かに失うには惜しい能力だが、もう竹村亜樹はデーンシングに売り飛ばしたんだ。それで折角トラブルを回避したのに、今更奪い返した所で元の木阿弥になる」
霧隠れはそう言い放つ。天童会はデーンシングの報復を恐れ悪魔の能力を持つ竹村亜樹を売ったのだが、やはりそのまま引き渡すのも癪に障るので、引っ捕らえて殺してしまおうという腹らしい。
「成程、チンピラ共の考えそうなことだな」
「デーンシングがつけてきた因縁も、ヘロインのシェアを天童会に抜かれたことの逆恨みだからな。まあ私にとっては、どっともどっちな話だ」
呆れた拓人は、大きく溜息をついた。
「そんなしょうもない争いに巻き込まれるとは、運が悪いな」
「フフフッ。しかしこっちにとっては好都合だよ。竹村亜樹が失踪したこの部屋に、お前の死体が転がっていれば、その罪を擦り付けることが出来るのだからな」
その直後、部屋の中に大きな炸裂音が鳴り響いた。
銃声だ! そう気付くと同時に死も覚悟したが、どこにも痛みを感じない。どういうことだ?
霧で視界が悪いため耳に神経を集中させると、霧の中から格闘する音が聞こえてくる。それと共に銃声が何度か鳴ったが、それも拓人に当たることはなかった。一体何が起きているのか?
「ほう。まさか俺の他に、この霧の中で目が見える奴がいるとはなぁ……」
霧隠れはそう言った。ミストの能力を使えばこの霧の中でも視界が保たれるようだ。もしかすると今霧隠れと戦っているのは、能力をコピーすることが出来る雫なのかもしれない。
そうであるなら、加勢しなくては。そう思い自分の周りに風を起こそうとすると、急に何者かに左手を引かれる感覚がした。
「やっと見つけた! 天野! ここにいたっ!!」
その姿は見えないが、明らかに聞き覚えのある声だった。腕を掴み横で叫んでいるのは、瀬戸口だ。
「フフフッ。お子様たちがこの迷霧の中で何をしようと言うのかねぇ……」
駆けてくる音がこちらに近づいてくると、瀬戸口は「何もしねーよ! 逃げるだけだっ!!」と叫んだ。
えっ、逃げる? 拓人はちょっと待て! と思ったがすでに遅かった。
「いくぞ! ジャンプッ!!」
瞬間的に身体が少し浮くと、拓人たちはその場から一瞬にして姿を消した。
拓人は呆然と立ち尽くしている。
「ここは……?」
辺りを見回す。相変わらず霧が濃いが、先程よりは見通しが良い。拓人の隣には瀬戸口と、雫がいる。ここは最初に飛び上がって辿り着いたバルコニーのようだ。
「おい! 何で逃げんだよ!!」
助けられたにも関わらず拓人は言い掛かりをつけた。しかし口が達者なはずの瀬戸口は反論してこない。ただ心身ともに疲れているようで、黙ったままその場に跪くとぐったりと倒れた。
拓人は先程までいた部屋の方角に目を向ける。
「戻るつもり?」雫が聞いてきた。
「あの部屋に琴音ちゃんの母親がいたんだ。早く戻らないとあの霧隠れとか言う奴に連れ去られる!」
「けど、あの人は銃を持っていたわ」
直接戦った雫が、珍しく及び腰になっている。よく見ると雫の着てるニットの右袖が赤く染まっていた。被弾してしまっているようだ。
「腕、撃たれたのか……?」
「うん。けど大丈夫。少し掠めただけだから」
雫はそう言ったが、だいぶ出血しているようで痛々しい。
拓人は着ていた半袖のコットンシャツを脱ぐと、それを10cm幅で破り包帯代わりにして雫の右腕に巻き付けた。
「くそっ! あいつ許さねぇ! 絶対にぶっ飛ばしてやる!」
負傷した腕をきつく縛られたが、雫は顔色一つ変えない。
「あの視界の中で戦える?」
「あんな霧、疾風の能力で全部吹き飛ばしてやるよ!」
先程はそれが出来なくて苦戦したのだが、雫がいる手前そう強がった。実際あの時はまだ本気の風を起こしたわけではなかったし、最大級の風を起こせば霧隠れの化けの皮を剥がすことがだって出来ないことはないはずだ。
「勝ち目があるのならいいけど」
右腕を押さえた雫は、憂心を抱いた顔で拓人を見つめる。
「男は馬鹿だから、勝ち目の低い喧嘩でも勝負を挑むんだよ!」
拓人はよくわからない理屈をこねると、各部屋に続く廊下に向かって走って行った。




