†chapter11 墓場の住人09
「しかし武器屋って現実世界に存在するんやな。フィクションの中だけにしかないと思ってたわ」
上条は壁に飾られた刃物やスタンガンに目をやる。この店主らしき老年女性は武器屋と言っているが、つまるところカタコンベ東京は護身用具やミリタリーグッズの専門店のようだ。
「琉王が来て以来の久しぶりの客かと思って喜んでいたらただの冷やかしだったなんて、ここのところ星の巡りが悪いねぇ」
女性店主は乗っている車椅子を半回転させると、カウンターに向けてタイヤを転がした。
「ん? 婆さん、今琉王って言うたか?」
「誰が婆さんだい。私はこう見えてもまだ40代だからね!」明らかに70代以上に見える女性店主が言う。
「そうなんか。すまん」
上条が素直に謝ると、女性店主はカウンターからくるりと振り返った。
「申し訳ないと思うんだったら、何か買っていったらどうだい。このひょうろくだまが!」
女性店主は物凄い剣幕で怒っている。そして怒っている時の方が、何故か日本語が流暢だ。
「いや武器もええねんけど、実は俺らこの腕を治して欲しくてここに来たんや」
そう言って上条が石化した右手を前に出すと、女性店主は絵に描いたような顰め面を浮かべた。
「おやおや、人外の能力でやられたようだね。この手の能力は、術者本人しか治せないというのがセオリーだよ」
「けどこの店なら治してくれるんやろ?」
女性店主は一度視線を反らすと、苛立ったように強く息を吐いた。
「その話どこで聞いたのか知らないけど、ここでの医療費は高くつくよ」
「な、治せるんか? いくらや?」
「最低で1000万円。現金一括でね」女性店主は淡々と言う。
それを聞いた上条は、喜びの表情から一気に奈落の底に突き落とされた。払えるはずがない。あまりのショックに昔の漫画で高額な治療費をむしり取る無免許医が主人公の作品があったなぁ、等ということを思い出していた。
「1000万って、ぼったくりすぎでしょ。何でそんなに高いのよ!」横で聞いていたみくるが抗議の声を上げた。
「高額なのは当然。施術に使用する『リワインド』の能力は私にとって非常にリスクが高いものだからさ」
「リワインド? 婆さ……、お姉さんも亜種なんやな。それどんな能力なん?」
上条の暴露の能力があればその亜種がどんな人外の能力を持っているのかなど簡単にわかることなのだが、今はコミュニケーションをとるために敢えて使用はしない。
女性店主は皺くちゃの手を前に差し出し、大きく開いた。
「私の専門はガンの治療。この手を患部に近づけると細胞は時を遡り、腫瘍が発生する以前の状態まで時間を巻き戻すことが出来るんだよ」
「時間を巻き戻す? 身体を部分的に? それなら俺の石化した腕にも効果がありそうやな」
「もちろん私の能力なら治せるよ。金さえ払えばね」
そう言われ、上条はがっくりと肩を落とした。石化した腕が重く地面に垂れる。
「けど治療費に1000万円は法外過ぎるんちゃう? 一体どんなリスクがあんねん?」
「リスクはこれだよ」女性店主はその深く皺の刻まれた大きな顔を指差した。「巻き戻した時間の分だけ、私自身が年老いていく。1年若返らせれば、私は1歳年を取る。1000万円はその代償さ」
彼女は自分の寿命を犠牲にして、高額な対価を得ているのだ。
「1年も巻き戻さんでええねん。腕が石化したのは、ついさっきのことなんや。1日、いや半日巻き戻せば元に戻るはず。それなら安くなるやろ?」
「悪いけどリワインドの能力は1年単位でしか、巻き戻せないんだよ。1000万円払えないならとっととお帰り」女性店主はけんもほろろで取り付く島もない。
頭が痛くなった上条が左手で後頭部をさすると、横にいたみくるが1つ咳払いをした。
「お金のことなら琉王に相談してみる?」
「琉王さんに?」
確かに琉王なら、1000万円くらいすぐに融通してくれそうだ。
「けど琉王さんには迷惑かけっぱなしやからな……」
「関係ないでしょ。どうせ金を持て余してるんだからいいのよ」
「また百聞の能力で聞かれてるかもしれへんのに、無茶苦茶言うなぁ……」
上条がそう言ったところで、女性店主が口を挟んだ。
「お前たち、琉王の知り合いなのか?」
そう言われ、この店に来た時に女性店主が琉王以来の客だと言っていたことを思い出した。
「まあ知り合いやで。琉王はここによく来るんか?」
「琉王はこの店の常連だよ。この間もアメリカ製のライフル……、いや、ゴホッ! ゴホッ!」女性店主は急に咳き込んだ。
「ライフル?」みくるが青い顔で聞き返す。
「いや、ナイフか何かを買っていったよ」
女性店主は細い声でそう言う。しかし彼女が、アメリカ製のライフルと言ったのは間違いなかった。商品棚には並んでいないが、どうもこの店は銃器も扱っているようだ。
「ところであんたは、琉王とどういう関係?」女性店主はみくるに対して聞いた。上条との会話の内容から、みくるの方が琉王と近しい関係にあると判断したようだ。
だが、当のみくるは青褪めた顔のまま微動だにしない。琉王が銃を購入していることにショックを受けているようだ。
それを見かねた上条が代わりに返答した。
「彼女は琉王さんの妹だよ」
「琉王の妹? そう言えばオッドアイの妹がいると聞いたことがある。確か千里眼の能力を持っていて探し物が得意だとか?」
「ああ、みくるちゃんの千里眼があれば、この渋谷で探せないものはないで」上条は誇張して言う。
「成程、面白い。本当に兄妹揃って異形とはね……」そう言うと、女性店主は上条に向かって手招きをした。
「なんや、治療してくれるんか? 金なら1万円くらいしか持ってへんぞ」
「金はいい。他ならぬ琉王の妹の頼みというなら特別だ。ただし1つだけ条件がある」
「条件?」
女性店主は車椅子の位置から、目の前の上条を見上げた。
「奇跡の能力者、中島和三郎という男を捜してここに連れてきて欲しい」
―――†chapter12に続く。




