†chapter11 墓場の住人01
2メートル程の大きさのその氷塊は表面が乾いたように白く濁り、その氷の中の様子は窺い知ることが出来ない。
「これ、ほんまに生きとるんやろか……?」上条圭介が大きくため息をつくと、その生温かい息吹が氷塊に触れ水蒸気となり立ち昇っていった。
宮益坂病院の3階に設けられた簡易浴槽の中に、この氷塊は無造作に入れられている。数日前スクランブル交差点から持ち込まれたもので、中には自らの能力で氷漬けになった竹村琴音が眠っている。
「生きとるんやろかって、この間圭介が自分で生きてるって言ったんじゃない!」
横にいる佐藤みくるにそう言われると、上条は不機嫌そうに目を細めた。
「まあ、そうなんやけど。実際いつ氷が解けるのかわかれへんしやな……」
そう言って上条がその氷塊に触れようとすると、近くにいた看護師の女にそれを止められた。
「あっ、氷塊には素手で触らないでください。張り付いて取れなくなりますよ」
「おうっ」
間一髪、氷に触れずに済んだ上条は、1歩後ずさるとその氷塊の全体像を確認した。
「しかし、こんなん風呂場なんかに置いておいて大丈夫なんか? でっかい冷凍庫とかで保管した方が良さそうやけど……」
「大丈夫です」
看護師は断言する。この病院、実は氷漬けになった琴音を収容したのは今回が初めてではないのだ。
「前に入院していた時も、この風呂場に置いておいたん?」
「いえ。以前入院していた際は、地下にある霊安し……、いや冷凍庫で保存していたのですが、それが返って良くない結果を生むことになりました」
「良くない結果?」上条が首を捻る。
「はい。彼女は時期が来れば、自らの力でこの氷を溶かすことできるようなのですが、前回入院していた時は冷凍庫に入れていたために自力での解凍が困難だったようです」
「戻りたくても戻れなかったんか?」
看護師は頷くと、その巨大な氷塊に目を向けた。
「そういうことです。当時はそれがわからなかったので、結局彼女は20年もの間その冷凍庫の中で眠っていたんです」
「に、20年!?」上条とみくるが顔を見合わせた。
「ということは、琴音ちゃんのほんまの年齢は一体幾つなんや?」
上条は聞いたが看護師の女はそれには答えず、不気味な笑みを浮かべると部屋から出ていってしまった。
「なんや気味の悪いナースやったな」
上条は扉を開けると、簡易浴場のある部屋から廊下に歩み出た。後ろにいるみくるは何かを考えるように押し黙っている。
「みくるちゃん、どうかしたんか?」
「うん」みくるは返事と共に数回瞬きした。カールした長いまつ毛が上下に揺れる。「圭介、これからどうするつもり? まさかデーンシングに喧嘩売ったりしないよね?」
それを聞いた上条は乾いた笑い声をあげた。
「んなアホな。世界最大の犯罪集団やで。いくら俺でも、そんな連中とやりあうつもりはないわ」
「そう、ならいいけど」
そうは言ったが、みくるの目は何故が優れない。
「みくるちゃんこそ、デーンシングに復讐考えてるんちゃうか?」
「えっ!?」みくるの小麦色の肌が仄かに紅潮した。
「琉王に聞いたの?」
しかし上条は黙って目線を反らした。本当は先日琉王から聞いた佐藤紘子の話を全てみくるに話してしまいたかったが、琉王自身が実の妹であるみくるにそのことを言わない以上自分が言うべきではないだろう。
「冗談やで。みくるちゃんがデーンシングに復讐って意味がわからんもんな」
「何よそれ……?」
みくるが不服そうに頬を膨らませると、前を歩いていた上条が大きな部屋の前で急に立ち止まった。
「おっ、ここやな……」
右手にある大きな部屋に、目を向ける。その扉には『ICU』と書かれていた。
「ICUって確か、重篤な患者の治療するところだよね? ここがどうかしたの?」みくるも上条の横からその扉を覗きこむ。
「この間、銃で背中を撃たれた奴がおったやろ? そいつがこの中におるみたいや。この病院に入院しとるのは知っとったけど、ICUに入れられとるんやな」
上条は暴露の能力で、病室の中にいる人物を暴いたのだ。
「それって、スクランブル交差点で若獅子に撃たれたスコーピオンのメンバー?」
「そう。スコーピオンの犬塚っちゅう男や。今頃、生死の淵を彷徨っとるんかもしれへん。面会は無理そうやな」
上条は残念そうにそう言うとICUに背を向けた。
「千里眼で覗いてみる?」
しかし上条は首を振った。
「いや、ええねん。もし会話出来る状態やったら、少し話したいことがあっただけなんや」
「話? スコーピオンのメンバーと?」
後ろからそう言われ、上条は小さく頷いた。
「今回のキーマンはスコーピオンの総長、不破征四郎やからな。不破というカードを手に入れたデーンシングがこれからどう動くかで、渋谷は大きな戦争に発展するかもしれへんで」
上条は抑揚のない声で言うと、静かにICUの前を後にした。




