†chapter10 空中公園の隠者07
公園内にあるフットサル場の脇を通ると、目の前に四角い建物が見えてきた。それこそが黄が言っていた宮下公園の管理室である。
「実は、君たちを待っている人があの中にいるんだ」
薄闇の公園内を歩く黄がそう言って振り返る。フードの中の釣り上がった目が、鈍い光を宿した。
「俺らを待ってる……?」
上条と拓人の間に緊張が走った。一体あの建物の中で誰が待っているというのだろう? 先程黄がここに来た理由を知っていると言ってきたのは、その者がもたらした情報なのかもしれない。上条と拓人の訪問にも気付き、且つ人間の瞳の存在も知っている人物。そう考えると中で待っているのが誰なのかは、ある程度想像することが出来た。
黄は雨から逃れるように建物の入り口まで走って行くと、その扉を開き客人である上条と拓人を中へ誘った。
「どうぞー」
上条は開いた扉から中を覗きこんだ。管理室内のプラスチックのベンチに何者かが座っている。それは上条が予想していた通りの人物だったのだが、外見に変化があったため気付くのに少し時間を要した。
「あー、やっぱり琉王さんやったんか。一体今までどこにおったんですか?」
「心配を掛けてしまったようで、申し訳ありませんでした。上条くん」
管理室のベンチに腰掛けていたのは、道玄坂ヘヴンのオーナーでみくるの兄でもある琉王だった。彼はアルビノのため毛髪が白に近い金髪だったのだが、今は変装でもしているのか真っ黒に染められている。
「もう、やっと来たのね。ホントぐずなんだから」
すると今度は手前から鼻にかかった野太い声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声を耳にすると、上条の背中に冷たい汗が流れた。
小さなテーブルを挟んだ琉王の向かいのベンチに座る肩幅の大きい人物が、ギロリとこちらに振り向く。
「ちょっと、あんたたちいつまで待たせる気よっ! もう日が暮れちゃったじゃない!」
「げっ! キム子ママやないかっ! 何でこんなとこにおるんや!?」
「何でもへったくれもないわよ。可愛い甥っ子の英哲に会いに来ただけじゃない!」キム子は唾を飛ばしながら言う。
「甥っ子!? キム子ママは黄のおじさん? いや、おばさん? あれっ?」
上条は少々混乱し頭を抱えていると、キム子はおもむろにベンチから立ち上がった。
「ちょっと、誰がおばちゃんよっ!!」
キム子は混乱している上条にウエスタンラリアットを喰らわせた。太い二の腕が喉に食い込むと、上条はまたしても床に倒されてしまった。
「全く失礼しちゃうわぁ」
そう言って髪型を整えるキム子は、ベンチに力強く腰掛ける。プラスチック製のベンチが、重さに耐えかね悲鳴を上げた。
「えっ、誰?」
上条の後ろに立っていた拓人が小さくそう呟くと、その声を聞いたキム子が敏感に反応した。
「あら? あんたは可愛い顔してるわね。ちょっと、こっちにいらっしゃい」
キム子は拓人を半ば無理やり隣に座らせた。拓人はどうしていいのかわからず目を泳がせている。
背中を打ち付けた上条は口を曲げて立ち上がると、腰を押さえつつ空いている琉王の横の椅子に向かってよろよろと歩いた。
「まさか、琉王さんとキム子ママが一緒にいると思わんかったから、びっくりしたわ……」
「大変失礼しました。昨日までは新宿の同業者の所に身を隠していたのですが、訳あって渋谷に戻って来たのです」
「そうよ。行方を眩ませたから心配してたら、急に琉王から連絡があったのよ。それでどこかに匿って欲しいって言うもんだから、ここを紹介してあげたのよぉ」
キム子は大袈裟な手振りをしながら説明すると、黄もコクリと頷きフードを外した。
「今は渋谷が大変な時ですからねー。B-SIDEに手を貸すのは真っ平御免だけど、琉王くんに協力するのはやぶさかじゃないよ」
黄は琉王に協力すると言っているが、一体何に協力すると言うのだろう? ひょっとすると琉王はデーンシングに喧嘩を売るつもりかもしれない。
「琉王さんは渋谷の状況を知っとるんか? ヘヴンは暫くの間、営業せん方がええで」
「ええ。デーンシングの悪事については、百聞の能力で大体把握しております。何でも、彼らは天童会から悪魔の能力を持つ亜種をさらっていったとか……」
「えっ、悪魔の能力?」それを知らなかった上条は、その不吉な言葉を聞き思わず顔をしかめた。
「悪魔の能力ってのは、高純度の麻薬を作り出す能力なんだとよ」
キム子に右腕を掴まれたままの状態で拓人が答える。それはスコーピオンの犬塚から聞いた情報だ。
「麻薬? そうか。デーンシングは麻薬の密売でシノギを上げてるんやっけ? ということは、あいつらそれが目的でわざわざ日本までやってきたのか」
「いや、デーンシングの目的はそれだけではありません。恐らく彼らが日本に来た真の目的は、人間の瞳を奪還すること……」
琉王がそう口にすると、管理室の中に沈黙が落ちた。明治通りを走る車のクラクションが、遠くに聞こえる。
上条は琉王の顔に目を向けた。
「なあ、琉王さん。ほんまのこと教えて欲しいねん。魔窟大楼でなくなった人間の瞳は、やっぱり琉王さんが持ってるんやろ?」
琉王はテーブルの上に置いてあるミネラルウォーターのペットボトルを1口飲み込むと、こう断言した。
「そうです。察しの通り、人間の瞳は私が所有しています」




