†chapter9 泰国の若獅子08
若獅子が視線を送ると、パイソンは目を釣り上がらせてこちらに近づいて来た。
「おい! そいつの目は絶対に見るんじゃねぇぞっ!!」
後ろから犬塚の叫び声が聞こえた。
雫はそのことを思い出し視線を反らすと、パイソンはその場でくるりと振り向き犬塚を睨みつけた。パイソンは日本語を理解していないようだが、横から聞こえてきた声が自分の邪魔をしていることは感づいたようだ。
犬塚は慌てて視線を反らす。だが何故なのか横に向けた首が、引き寄せられるようにゆっくりと正面に動いた。
「な、んだと……」
パイソンが犬塚の元に歩み寄ると、互いの目が至近距離でぶつかる。犬塚はまさに蛇に睨まれた蛙の如く身体が硬直してしまった。
自分から目線を合わせにいったように見えたが、あれはどういうことだろう? 目が合ったら恐怖で身動きが取れなくなるということは、犬塚自身が教えてくれたことなのに……。
パイソンは動かぬ獲物を前に舌舐めずりした。右手が犬塚の喉元を掴みかかる。
させないっ!
雫は目を光らせると、右太腿のベルトから伸縮式特殊警棒を取り出し勢いよく振り抜いた。伸びると同時に特殊警棒が炎を纏う。
炎の熱と光を感じ、パイソンは振り向いたが遅かった。雫は高く掲げた特殊警棒をパイソンの頭部目掛けて思い切り振り下ろした。
甲高い金属音が周りのビルに反響する。
「えっ!?」雫が唖然とした。
何と特殊警棒がパイソンの頭を叩きつけた際、大きく曲がってしまったのだ。
頭部を攻撃されたパイソン自身は、平然とした表情で自分の頭を撫でた。相当な石頭のようだ。だが特殊警棒が折れたのは度重なる炎の熱による影響も大きかったのかもしれない。
こんな時に……。雫が目を細めると、パイソンの首がぐるりとこちらに向いた。
駄目だ。絶対に目線を合わせてはいけない。雫は反射的に顔を反らした。だがパイソンは構わずに睨み続ける。
するとどうだろう。その眼力に吸いつけられるように、雫の目がパイソンの視線に貼りついた。全身に緊張が走り、身動きがとれなくなる。
若獅子は笑う。「日本のガキは意外と元気が良いんだな。だがパイソンが相手ではそれも終わりだ。そいつに睨まれたら目を合わさずにはいられなくなる」
「あっ……」雫はうまく言葉を返すことも出来ない。
すくむ足を震わせ、雫は目の前のパイソンを睨み返した。
始めは勝ち誇った顔をしていたパイソンだったが、やがて自分の身体が動かなくなっていることに気付くと忌々しく顔を引きつらせた。身体が硬直しながらも、雫はスネークアイの能力をコピーしたのだ。
同調を使い能力をコピーされた人間は、大抵のあのような渋面を作る。
二人は睨み合いながらも、互いに一歩も動けない。しかし若獅子と物部は何故パイソンまで動かないのかわからなかった。
「どうしたパイソン?」
不審に思った物部が二人の間に近づく。パイソンは脂汗を流し、小刻みに震えている。
物部はギャングハットを少し持ちあげる。「この娘、もしかすると相手の能力をコピーするのかもしれませんね。如何されますか若?」
「そいつは高値がつきそうな能力だが、今は厄介でしかねえ……」
若獅子は首元を左手で斬るような仕草をした。つまり殺せと言うことだ。
物部の右の掌を広げると、その中にアメリカ製のオート拳銃コルト・ガバメントが出現した。それこそが彼の持つ魔躯の能力。物部は体内に亜空間を作り出し、自らの身体の体積より小さい物ならそこに保管しいつでも取り出すことが出来るのだ。
物部の持つコルト・ガバメントの銃口が、雫の額に触れた。
「そういうわけだ嬢ちゃん。喧嘩を売る相手が悪かったな」
しかし物部が引き金を引こうとしたその瞬間、スクランブル交差点内に異変が起きた。
「ぬあっ!」
唐突に物部の身体が大きく痙攣した。するとどういうわけか、能力によって格納していた拳銃や短刀等の武器が彼の身体から弾き出されてしまった。
アスファルトに落ちた幾つもの武器が鈍い金属音をたてる。
何が起きたのか理解出来なかったがスネークアイによる硬直効果も同時に解け、雫は横に回転するとすぐにその場から立ち上がった。
「どういうことだ?」若獅子が苛ついた声で唸る。
だがどういうことなのかは雫自身もわからない。ただ脳内に違和感があるため、辺りにメビウスのような高周波が流れていることは理解出来た。つまり交差点にいる全ての亜種の能力が無効になったのだ。
「俺様を呼び出してんのはあんたらか?」
野太い声がしたので振り返ると、そこにはガンメタリックのごつい鎖を首に巻き、側頭部に蠍のバリアートを描いた大男がふてぶてしい様子で立っていた。
「なるほどお前が不破征四郎だな」若獅子が言う。
「ああ、今更何の用だ。デーンシング?」
そこに現れた大男こそメビウスと同様の効果のある『結界』の能力の持ち主。スコーピオンの総長、不破征四郎であった。




