†chapter8 奇跡の能力05
とりあえず琴音の消息は掴めたので、一度上条に電話でもしておこうか。そう思いポケットに手を突っ込んだ丁度その時、大音量のBGMが鳴り響く街中で、どこからか炸裂するような音が風に乗って聞こえてきた。
「……ん? 今の音は?」
拓人は一度耳をすましたが、今はスピーカーから流れる音楽と街の喧騒しか聞こえてこない。
「どうかしたのか?」特に異音に気付かなかった中島がそう聞く。
「気のせいかもしれないけど、何だか銃声みたいなのが聞こえてきたんだ……」
二か月ほど前、拓人は実際の銃声を何度か聞いていた。だいぶ状況は違うが、何となくその時の発砲音に近い気がする。
「銃声? そういえば今、渋谷に世界的に悪名高いマフィア、デーンシングが来ているらしい。もしかしたらその連中が暴れているのかもしれんな」
悪名高いマフィア? それはもしかして、ドーナツ屋で上条が近々日本に来ると言っていたタイのマフィアのことだろうか?
「デーンシングって、もしかしてタイのマフィアのことか?」
「そうじゃ、流石に知っておるか」
知っているわけではなかったが、裏社会にも精通している風に見せたかった拓人は「まあな」と言って鼻頭を指で擦った。
「しかしよその国のマフィアに好き勝手させるなんて、日本のヤクザも随分甘いな」
拓人がそう言うと、中島は呆れたようにため息をついた。
「デーンシングは世界最大の犯罪組織だぞ。日本の暴力団がどうこうできる相手ではないわい」
「世界最大……? 何でそんな奴らが渋谷にいるんだ? 犯罪が金になる国ならもっと他にあるはずだろ?」拓人は空に向かってあちこち指差した。本人的にはどこかの国を指しているのだろうが、どこの国かを指しているのかは良くわからない。
「勿論、奴らにも目的はある。デーンシングは、今までヘロインの世界シェア第1位を誇っていたのだが、今年になって渋谷区松濤の暴力団、天童会に売上高で抜かれしまい、それでいざこざが起きているらしい」
「麻薬のシェア争いか……」拓人は眉間の辺りを指で掻いた。
中島が言うには、天童会は昨年から突然麻薬の密売に手を染めるようになり、急激に業績を上げているのだそうだ。高品質のヘロインを安定供給することで売上を伸ばし、今では世界シェア60%にまで上り詰めたということだ。
「何故警察は天童会を取り締まらないんだ?」拓人は当然の疑問をぶつける。
「一応警察も調べているようじゃが、ケシの栽培、ヘロインの生成、そして密売、いずれにしても天童会は中々尻尾を出さないようじゃ」
「栽培も製造も、海外で行ってるのか? 日本でやってたらすぐにわかりそうなもんだけどな」
中島は頷いた。
「そうだな。もしくは日本で製造しているのだが、警察は製造場所をわかった上で敢えて泳がせているのかもしれん」
「敢えて泳がす? 何のために?」
「外貨獲得のためじゃよ。天童会の作りだすヘロインは相場の数倍の値段で売れるらしい」
「数倍? そんなに質が良いのか?」
「天童会のヘロインは純度が160%だそうだ。製造の仕方は勿論企業秘密で、デーンシングにとっては目ざわりな存在なんじゃろうな」
拓人は腕を組み、なるほどと唸った。
「しかし天童会は目立ち過ぎたせいで、世界最大の犯罪組織に狙われるはめになったのか。それはそれで災難だったな」
「そうだな。ただデーンシングの来日の目的は、それだけではないようじゃ」」
中島はそう言ってこちらに振り向いた。
「そうなのか? 他にどんな目的が?」
「1つはクラウディに殺された同胞の仇」
それを聞いた拓人は、クラウディ事件の被害者が皆タイ人なのを思い出した。
「そうか、クラウディに殺されたのはデーンシングのメンバーだったのか……」
「報道はされていないので確たる証拠はないが、一応噂ではそう言われている。だがそれだけではなく、来日の理由はもう1つあるという」
「何だ?」
中島は顔を近づけると小声で囁いた。
「賊に盗まれ、今まで所在がわからなくなっていたバンコクの秘宝と呼ばれる宝石『人間の瞳』が日本で見つかったらしい」
「えっ!?」拓人の背中に鳥肌が立った。「に、人間の瞳……?」
その時、突然駅前のスクランブル交差点で大きな炸裂音が響いた。音が周りのビルに反響すると共に、「キャーッ!」という女性の叫び声も聞こえた。
「何じゃ今のは!?」
それは完全に銃の発砲音だった。魔窟大楼でミミックこと賴が撃ったリボルバーの発砲音と酷似している。
「やっぱり銃声だ! デーンシングの奴らかっ!」
「おーおー、物騒なことしてくれるわ。若い娘っ子が悲鳴を上げとるではないか。奴ら人さらいまでするらしいから、こっちも人ごとじゃないわい」
「ひ、人さらい……?」それを聞いた拓人の全身の血の気が一気に引いていった。
「そうじゃ、特に亜種や、異形の誘拐は奴らの専売特許だそうだ」
拓人は再び立ち上がり辺りを見回した。足の裏と掌にじわりと冷や汗が滲む。
「圭介君の言ってた誘拐ってそのことかっ! 冗談じゃねえぞっ!!」
「大した回復力じゃ、もう動けるのか?」
中島はそう言ってからかったが、拓人はそれを無視して走り出した。
「ちなみに言っておくと、お前の今日の運勢は大凶じゃ。せいぜい気をつけるんじゃぞ!」
走り去る拓人に向かって中島は大声で言ったのだが、彼の耳に届いたかどうかは定かではない。
―――†chapter9に続く。




