†chapter8 奇跡の能力03
口の中に錆びた釘がぎっしり詰まっている。錆びているため先端は尖りは鈍くなっているが、それでも口の中の粘膜を容赦なく刺激する。
後どのくらいの時間、これを我慢しなくてはいけないのだろうか? 憔悴しきっている拓人は釘が入ったままの口でゆっくり呼吸した。息苦しく何度も吸っては吐き出すを繰り返していると、どこからか「おーい、おーい」という声が聞こえてきた。
ああようやく助けが来たのかと安堵すると同時に、目の前に光の粒が見えた。あの先に助けがいるに違いない。
拓人は起き上がるとその光に向かい歩きだした。薄く光るその淡い光は、未来に続く希望の象徴のようにも感じられた。
光は徐々に明るさを増していき、拓人は薄く目を開く。だが腫れているのかうまく開かない。
そこで夢から覚めた。
「あれ?」
違和感のある頬に手を触れる。ガーゼが救急用のテープで貼りつけられており、そのことで暴行を受けていたことを思い出した。
「……どこだここは?」
細く開く目の先に忠犬ハチ公像の横顔が見えた。
「気が付いたようじゃな」
しゃがれた声が聞こえてきたので左に振り向くと、ベレー帽を被りよろよれの背広を着た初老の男性が折り畳みの椅子に座りこちらをじっと見ていた。前には小机が置いてある。どうやら易者のようだ。
「もしかして、俺のこと助けてくれたのか?」
そう言うと初老の易者は「いかにも」と言い、目で頷いた。
「君は亜種だな。特有の波動を感じる」
亜種は常に波動を発しており、中にはその波動を感じ取る者も存在する。易者は波動を感じるタイプの亜種らしい。
「俺は波動とか波長は感じないけど、それを感じるということはじいさんも亜種なんだな」
「無論。聞いて驚くな、ワシはこの世で一番最初に人外の能力の覚醒を果たした人間なんじゃ」
「一番最初の亜種? ホントに?」
拓人は疑いの目を向けたが、易者は昔を懐かしむように目を細めた。
「ああ、ワシが人外の能力に目覚めたのは確か2015年のことじゃったから、今から丁度50年前の話じゃな。あの当時は人外の能力とは言わず超能力と言っておった」
「50年前か、そういえば亜種の始まりは学校で習ったような気もするな。最初の亜種の名前は、確か中島和三郎……だっけ?」
そう言われると、易者は満足そうに顔をほころばせた。
「そうじゃ、そうじゃ。ワシが教科書にも載っている中島和三郎本人じゃ。まあ、今では一介の易者に過ぎんがな」
拓人は、未だに流れる口の中の血を飲みこんだ。
「まさかこんなところで歴史上の人物に会えるとは思わなかったよ」
「歴史上の人物って、人を物故者みたいに言うもんじゃない。だいたいそんな昔のことじゃないわい」
「いやいや」拓人は首を振って否定した。「10年ひと昔って言葉があるだろ? 50年も前だったから十分大昔の話だよ」
正論で返されると、中島は哀しげな顔でベレー帽を持ち上げそして被り直した。
「成程、確かにそうかもしれんな。だがワシにとっては50年前などついこの間のことのように覚えておる。あの頃ワシは超能力者としてもて囃され、まるで芸能人のようにテレビや雑誌に出まくっていたからな」
「それがじいさんの全盛期だったんだな」
拓人は目上の人に対し失礼な言い方をしたが、中島は気にしない様子でコクリと頷いた。
マスメディアの流行り廃れは早いものだ。第2、第3の超能力者が現れるくらいまでは超能力ブームとして盛り上がっていたのだが、そのうちにブームに便乗した手品師崩れのエセ超能力者のようなものが現れるようになり、それらがインチキだと知る所になるとあっという間にブームは去ってしまったのだ。
「まあ、その後はずっとここで易者をしているわけだ」
「ふーん」拓人は一つ息を吐いた。呼吸をするたび胸の下の打ち身に痛みが走る。「易者をしているのは、じいさんの人外の能力と関係あるのか?」
「いや、易者は元々趣味でやっていたことで能力とは無関係じゃ。教科書にはワシの人外の能力については書いてなかったのか?」
拓人は教科書の内容を思い返してみた。しかし名前以外の情報は掲載されていなかったように思える。
「いや。そこまでは書いてなかったよ」
「そうか、それなら特別に見せてやろう。当時『奇跡の能力』と謳われたワシの能力を……」
中島がそう言うと、渋谷駅前に午後6時を知らせるチャイムが鳴りだした。奇跡の能力とは大袈裟にも思える言葉だったが、偶々鳴りだした鐘の音がその奇跡を劇的に演出してくれた。
「き、奇跡の能力……?」
拓人の言葉に、中島は黙って頷いた。
その電子音の鐘の音が鳴り終わると、いつものように過剰なまでのネオンが灯り大音量のBGMが街に鳴り響く。そして渋谷の街は長い夜を迎えるのだ。




