†chapter8 奇跡の能力01
「圭介君って、わざわざチーム作って何がしたいんだろ?」
JR渋谷駅1番線ホームで電車を待つ山田拓人は前を向いたままそう言った。隣には密着するような形で天野雫が立っている。
「さあ?」雫の口数は極めて少ない。
拓人は触れ合う腕に意識を集中した。少し動かせば右肘が胸の膨らみに当たらなくもないが、そう考えると逆に動かしにくくもなる。
「あの二人は付き合ってんのかな?」
拓人がそう言うと、雫は振り向き目を合わせてきた。
「佐藤さんと上条君のこと?」
切れ長で美しい雫の目が拓人の瞳に映りこむ。
「そう」
果たして雫は俺に好意を持っているのだろうか? ただでさえ女子の心を読み取るのは難しいというのに、あまり感情を出さない雫の気持ちとなれば尚更だ。
「さあ?」
雫はあまり関心がないようにそう言うと、前を向き直した。
「雫は恋愛とかに興味はないの?」
拓人は勇気を出してそう聞いてみた。だがしかし返事は返ってこなかった。
やはり波長の相性が良いというだけで、それ以上の感情はないのかもしれない。
人で賑わうプラットフォームに列車到着を知らせる自動アナウンスが流れる。
「まもなく1番線に新宿、池袋方面行きが参ります。危ないですから黄色い線までお下がりください―――」
列車の来る恵比寿方面に目を向けると、雫の横顔が目の端に映る。相変わらずの無表情だが、気持ちいつもより嬉しそうな顔をしている。お土産に貰ったドーナツが入った箱を持っているためだろう。
拓人は改めて考えた。自分はこの二か月ずっと雫と一緒にいたけど、果たして彼女を喜ばせることをしただろうか?
「あるけど……」不意に雫はそう言った。
何に対しての言葉なのかわからなかった拓人は数回瞬きした後「何が?」と首を傾げた。
「興味はあるよ」
雫にそう言われ、そこで初めて恋愛に興味あると言っているのだと気付いた。
「そ、そうなの?」
上擦った声で拓人はそう言った。しかしこれはチャンスなのかもしれない。いやチャンス? 俺は雫のことが好きなのか?
拓人は雫の気持ちは勿論、己の気持ちもわからぬまま横に佇む雫の顔に目を向けた。
キメの細かい白い肌、涼しげで大きな黒目、そして艶のあるミディアムボブの髪。ビジュアルだけで言えば完全にストライクだ。というか、自分の容姿とは釣り合わないレベルの美貌だ。
俺らって付き合ってんのかな? そう口にしようと息を吸った瞬間、拓人のポケットからジェームス・ボンドのテーマが流れ出した。
拓人は虚ろな目で吸いこんだ息を大きく吐き出した。東京に出てくる際に友人関係をほぼリセットしてきたので、電話を掛けてくる相手は限られている。ポケットからスマートフォンを取り出し画面を見る。先程無理やり撮らされた満面の笑顔の上条圭介の顔が映し出されていた。
拓人はもう一度ため息をつくと、仕方なく画面をタップした。
「何の用だ?」
一言そう言うと電話の向こうで上条がぎゃーぎゃーと難癖をつけてくる。
どうせ厄介事だろうと予想をしていると、上条は「悪いけど今からハチ公前に行ってくれ」と予想通り面倒なことを言ってきた。
「断る」拓人に考える余地はなかった。
「断んなや。琴音ちゃんが誘拐されてもええんか!?」
電話口から上条のわめき声が鳴り響くと共に、1番線に列車が進入してきた。プラットフォームが一気に騒がしくなる。断ると言った拓人だったが、待っていた列車には乗らず右手で空いている耳を塞ぎつつ乗車位置から外れた。
「何だよそれ? 琴音ちゃんって、さっきドーナツ屋であった女の子か? 圭介君たちが忘れ物届けに行ったんじゃないのか?」
「届けに行ったんやけど、かすみ園に琴音ちゃんが帰ってきてなかってん。それでみくるちゃんの千里眼で琴音ちゃんのおる場所調べて貰ったらハチ公前だったんや」
拓人は上条の言っていることがさっぱりわからなかった。一体児童養護施設で何があったのだろうか?
「詳しい事情は後で話すけど、琴音ちゃんが悪い奴らに誘拐されるかもしれへんねん! 今すぐハチ公前に行ってくれ! 頼むっ!」
誘拐って冗談じゃなくてマジなのか? 電話の向こう側で頭を下げる上条の姿が頭に浮かんだ。
「わかったよ。じゃ、保護したらこっちから連絡するから待ってろ!」
拓人は通話停止の赤いボタンをタップすると、気だるそうにうな垂れた。乗ろうとしていた列車も丁度扉が閉まり、走り出すところだった。
「どうかしたの?」電話が終わるのを待っていた雫が表情もなく聞いてくる。
「何だかわからないけど、さっきドーナツ屋で会った女の子がハチ公前にいるから保護してくれって」
「琴音ちゃん?」
「うん。何か誘拐されるかもしれないって言ってたけど……」
誘拐という言葉を聞いて雫の眉がぴくりと動いた。
「まさか」
「俺もまさかとは思うけど……」拓人はそう言ったが、先程の上条の口調には真に迫るものがあった。「万が一ってこともあるから、念のため捜せる範囲で捜してみるよ」
「なら私も手伝う」
雫が歩み寄ると、拓人はごく自然に彼女の手を握った。
「じゃ、一旦改札を出てハチ公前に行ってみよう」
「うん」
雫が頷くと二人は手を取り合い、人の波を潜り抜けて行った。




