†chapter7 彷徨いの少女09
「あんたがここに遊びに来るなんて驚きだわー」
その大柄のオカマは喉の水分が枯れ果てたかのようなガラガラ声でそう言うと、にやにやとした顔で値踏みするようにみくるの全身を眺めた。
「べ、別にキム子に会いに来たわけじゃないのよっ」
「何よあんた、ちゃんとママって言いなさいよ! かすみ園を出たとしても、みんな私の子供であることに変わりないのよ!」
キム子と呼ばれたオカマは、わざとらしい女言葉でそう言う。
「き、キム子ママ……?」
上条がそう呟くと、すぐに気付いたキム子は椅子に座っている上条に、何故かはわからないがショートレンジ式ウエスタンラリアットと喰らわせた。
「ウラッ!!」「んがっ!!!」
キム子の太い二の腕が喉元に食い込んだ上条は、一瞬意識を失うとそのまま椅子ごと床に倒されてしまった。
「ちょっと、誰が冷蔵庫の脱臭剤よ。まったくぅ」
キム子は倒れた上条を尻目に、横の髪をかき上げた。
「キム先生、あんまり暴れると埃が舞いますよ」
持っていたティーカップをソーサーの上に置くと園長は静かにそう言った。
「あっ、すみません園長先生。不審者がいるのかと思っちゃいましたよ」
キム子はそう言って仰向けに倒れる上条を一瞥した後、今度はみくるの方に視線を向けた。
「あんた相変わらず男の趣味悪いわねぇ。こんな坊主頭の男、どこが良いのよ?」
「うるさいなっ! 関係ないでしょキム子には!!」
「何よ反抗的ね。もっと琉王みたいなイケメンを……」
そこまで言うと何かを思い出したのか、キム子は急に神妙な面持ちに変わった。
「そうだ、そんなことよりあんた、琉王は大丈夫なの?」
「琉王?」しかし突然大丈夫なのと聞かれても、みくるにはどういうことなのかわからない。「琉王がどうしたのよ?」
「あんた何も聞いてないの? たった一人の肉親でしょ。ちゃんと連絡取り合いなさいよ」
「やめてよ! あたしは琉王が自分のお兄ちゃんだなんて思ってないんだからねっ!」
上条は起き上がりながら、今の会話を脳内で何度も反芻した。
「琉王がたった一人の肉親……? どういうことや?」
「やだ、あんたみくるの彼氏なのにそんなことも知らないの? 渋谷の夜の顔と言われている佐藤琉王はみくるのお兄ちゃんなのよ」
「え―――っ!!」
驚いた上条は目が飛び出すんじゃないかというくらい大きく見開いた。しかし琉王とみくるの今まで知り得た関係性からみて、兄妹であると考えると辻褄が合うことは確かだった。
みくるは不貞腐れたような表情で前髪をいじりだした。
「で、その琉王が一体どうしたっていうのよ?」
「それが大変なのよ。昨日の夜、道玄坂ヘヴンが外国人の集団に襲撃されたみたいでさー」
それを聞くとみくるは言葉を失ったように顔の形が固まってしまった。そして衝撃を受けたのは最近琉王と頻繁にやりとりをしていた上条も同じだった。
「そ、それでヘヴンはどうなったん……?」
「店の中、めちゃくちゃにされたみたいだから暫く営業出来ないみたいね。けど昨日は営業してなかったから、人的被害はでなかったそうよ」
「営業してない? ヘヴンに定休日なんてないやろ?」
キム子はうっとおしそうに顔を歪めた。
「もう、顔に見合って馬鹿な男ねぇ。琉王は百聞の能力を持っているんだから、今回の襲撃もあらかじめ把握出来たんでしょ。聞いた話だと店の入り口に一昨日から無期限休業のお知らせが貼ってあったそうよ」
「そうなんや。琉王さん、知っとったんなら警察に連絡すりゃええのに……」
「警察なんかに言っても無駄よ。その襲撃した外国人っていうのは、裏社会だけでなく世界中の表社会とも太いパイプも持っている『デーンシング』のメンバーらしいわ。今回は相手が悪かったわね」
「デーンシング? 件のタイのマフィアか!?」
デーンシングはタイのバンコクを拠点にした巨大犯罪組織で、主に亜種や異形の人身売買を生業として急成長した組織だ。近年では麻薬の製造、販売にも力を入れており、メキシコやコロンビアの麻薬カルテルが密売している物より上等な物を製造する技術を手に入れ、その分野でもトップクラスの収益を上げているらしい。
「天童会とデーンシングが揉めてるいう話は聞いとったけど、何で無関係なヘヴンが襲われなあかんのや……」
上条が坊主頭を掻きながらテーブルの上にうな垂れると、前にいるキム子が急に大きな声を出した。
「ちょっと! あんた、大丈夫っ!!」
キム子は椅子から立ち上がるとみくるの両肩を強く掴んだ。見れば小刻みに身体を揺らしガタガタと震えていた。
「どうしたんや、みくるちゃん! しっかりせい!」
「う、うん。大丈夫。もう、平気……」
みくるはそう言ったが、まだ少し肩が震えている。
「本当に大丈夫ですか、みくるさん?」
園長が心配そうな面持ちで見つめるとみくるはそっと頷き、そして何かを思い出し部屋の壁に掛けられた時計に目をやった。時刻は5時35分を指していた。
「キム子ママって、さっきまで玄関にいた?」
「そりゃそうよ。門限の時間はいつも私が見張ってたでしょ。今も変わらないわよ」
かすみ園の門限は事前の許可がない限り、原則5時半となっていた。少し早い時間かもしれないが集団生活を送る上では遵守しなくてはいけない大事なルールだ。
「それじゃ琴音ちゃんは帰ってきてる?」
「琴音? あーそうそう。竹村琴音がまだ帰ってきてないのよー。あの子いつもはちゃんと5時に帰ってくるのに何やってんのかしら? 帰ってきたら説教してあげなくちゃ」
「えっ、帰ってきてへんの? 俺らより先に店を出たはずやで」
驚いた上条はみくるに目をやった。一旦は落ち着いていたみくるだったが、またガタガタと身体を震わせている。
「琴音さんとどこかで会ったんですか?」
園長にそう聞かれると上条は答えた。
「いや、さっき区役所の隣のドーナツ屋で琴音ちゃんと会うたんやけど、もう夕方になるから言うて5時前にはそこを出てったんや。てっきりここに帰ったんやと思ってたわ……」
園長は窓の外に目を向ける。薄暗くなってきているが、まだ日は落ちていない。
「そうですか。まあ、日没もまだですし、もう少し待ってみましょうか」
「いや、は、早く捜さないと。もしかしたらデーンシングに誘拐されてるかも……?」
みくるは震える声で、懸命にそう訴えた。




