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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter7 彷徨いの少女
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†chapter7 彷徨いの少女06

 その時、みくるはドーナツプラネットが入っているビルの共用トイレの前で、膝を抱え密かに瞼を腫らしていた。


 「……佐藤さん」

 声に反応したみくるは、チラリと視線を上に向けた。

 「何であんたが来るのよ」

 見るとそこには、困ったような表情をした雫が立っていた。


 「心配だったから」

 「心配? どうせあんたもあたしのことバカにしてるんでしょ!」

 嫌なことがあると、この世の全ての人間が自分の敵のように感じてきてしまう。それはみくるの悪い癖だった。


 「そんなことない」

 雫のその抑揚のない無感情な言い方に腹が立ったみくるは、手に持っていたスマートフォンを目の前の壁に目掛けて力強く投げつけた。

 「あんたに何がわかんのよ! どうせ他人のことなんか何も考えてないくせにっ!!」

 壁にぶつけたスマートフォンの液晶が割れ、画面が真っ黒に滲んだ。


 雫は更に困ったように眉尻を下げた。

 「怒ってるの?」

 「見ればわかるでしょ」

 みくるの言う通り怒っているのは明らかなのだが、何故か雫は首を振った。

 「私は怒るという感情がわからないの」


 「どういうことよ?」

 「私は後天的だけど感情を一つ失ってしまった。いわゆる『内面の異形』なの……」

 「内面の異形……?」しかしみくるは、そんな言葉聞いたことがなかった。「何それ?」

 「今、私が考えた言葉」

 「何だよ」

 みくるが不貞腐れたような顔で睨むと、雫は真っすぐな目で見つめ返してきた。


 「佐藤さんはお母さんのこと嫌いなの?」

 「えっ?」みくるの心が静かに動揺した。


 みくるが母によって児童養護施設に預けられたのは、丁度琴音と同じくらいの年齢の時だった。あの頃は何故母と一緒に暮らせないのかと毎日毎日泣いてばかりいた。

 施設に預けられてから母と会うことは一度もなかった。母の方から施設に来ることはなかったし、こちらから母に会いに行くことも許されてなかった。そもそも母がどこにいるのか知らされていなかったのだ。その時はまだみくるは千里眼の能力に覚醒していなかったので、幼い彼女は母の居場所を調べることも出来ない。


 「悪いけど、もうママのことなんて覚えてないよ」

 みくるはそう言ったが、それに対し雫は何かを考えるように黙り込んだ。


 人はそんな悲しい記憶もいつしか忘れてしまう。それは薄情とも言えるが、人間の脳には辛い記憶を本能的に忘れさせるメカニズムがあるのかもしれない。


 「ママは私を捨てたんだ。そして勝手に死んだの。あたしが知ってるのは、その事実だけ」

 震える声でみくるが言うと、無機質なビルの廊下に沈黙が落ちた。ドーナツ屋の店員の「ありがとうございましたー」という声が遠くに聞こえた。


 みくるが中学校になって半年が過ぎたある日、施設の職員により母が亡くなったことを聞かされた。

 母のことなどもう忘れてしまっていたみくるだったが、その瞬間一気に思い出が蘇り涙が溢れた。母の優しい声、母の手料理の味、母の美しい横顔。幾つもの思い出が脳内に駆け巡り、そして泡のように消えていった。

 思春期だったこともあり、それが母に対する怒りに変わるのも難しくなかった。


 なぜ自分を捨てたのか? なぜ自分を残して死んでしまったのか?


 廊下の壁にもたれて座るみくるは、頭の中にある黒いもやもやを払うように首を振った。

 「あたしはママのことが大好きだった。けどママはあたしを裏切った。あなただってかすみ園にいたんだから、あたしの気持ちがわかるでしょ?」


 雫はそれに同意はしなかった。

 「私には佐藤さんちの細かい事情はわからない。だからあなたの気持もよくわからない。もしかしたら、佐藤さんもお母さんがあなたたちをかすみ園に預けなくてはいけなくなった事情を知らないんじゃない?」


 しかしみくるにとって、母の事情など関係なかった。

 「事情なんて知らない! やむをえない事情があったら親は子供を捨てて良いの!? だったら始めから子供なんて産まなきゃ良かったんだっ!」

 心が高ぶり大声でまくし立てると、みくるは最後に自分の頭を両手で抱えた。頭の中に渦巻く激情の波が弾け、目から沸々と涙が湧き出てくる。


 表情も無くそれを聞いていた雫だったが、嗚咽を上げるみくるを目の当たりにすると一歩歩み寄り、彼女のその手をぎゅっと握りしめた。

 「お母さんは世界でたった一人しかいないんだから、そんなこと言ってはダメ。もっとちゃんとお母さんのことを思い出して。優しかったお母さんも、厳しかったお母さんも、全部あなたのためにしてきたことでしょ。自分の子供を憎む親なんてどこにもいないんだから……」


 年下の雫に慰められる形になったみくるだったが、不思議と嫌な気はしなかった。それは雫が自分と似た境遇だったからかもしれない。

 みくるは雫の顔を見据えると、雫も視線を返すようにじっと見つめてきた。

 「あんたは自分のママのことが嫌いじゃないの?」

 「うん」雫は即答するように言った。


 「オッドアイのこともバカにしない?」

 雫は当然だと言わんばかりに頷く。

 「佐藤さんの目はとっても綺麗。かすみ園で初めて会った時からそう思ってたよ」

 雫はそう言うとあまりにも真剣な表情で見つめてくるので、みくるは思わず目を反らした。


 「あんた、ちょっと変わってるね」

 そう言われたが、雫自身は何が変わっているのかよくわからない。

 「そうかな?」

 「怒る感情がないって言うけど、それ以外の感情だって怪しいもんでしょ。喜んだ顔だって今日初めて見たし」


 そう言われた雫は何度か瞬きをした後、静かにクスクスと笑い出した。「そうかもしれない」

 それに釣られてか、泣いていたみくるもフフフッと笑った。


 「そうかもしれないじゃなくて、そうだよ」

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