†chapter7 彷徨いの少女04
「日本のヤクザとタイのマフィアか……」
実際抗争になれば渋谷の街が大変なことになりそうだが、本当にそんなことが起こりうるのだろうか?
「それは信憑性の高い情報なのか?」
「琉王さんが言うてた話やから、信頼出来ると思うで」
目の前に琉王を嫌っているみくるがいることから、上条は更に声を細める。
「琉王? 圭介君、今も琉王と会ったりしてるのか?」
「まあな。人間の瞳が見つかれへんうちは、罪滅ぼしは終わらんからな」
以前、上条が無許可で打ち上げ花火を上げたことでヘヴンとB-SIDEの間にいざこざが起きてしまったのだが、それに対し未だに責任を感じているのだ。
「そうか、しかしヤクザとマフィアの間に何があったんだろうな?」
拓人が小さく口にすると、テーブルの向かいにいるみくるが口を挟んだ。
「ヤクザ? マフィア? 一体何の話?」
すると慌てた様子の上条が、すぐに間に入った。
「いやいや何でもあれへん。スコーピオンのバックにはヤクザがおるから気いつけやって教えたったんや。俺めっちゃ親切やろ?」
「ふーん。そうね」
みくるは話を誤魔化されたことに気付いたのか、どこか拗ねた様子で目線を反らすとアイスカフェオレのストローに口をつけた。
「マフィアの話は、みくるちゃんには内緒にしといて欲しいねん」拓人の耳元で上条が囁く。
「何でだ? 異形やオッドアイが禁句とは聞いたけど、それとは関係ないだろ?」
「琉王さんからみくるちゃんには言うなって口止めされてんねん」
「琉王から……? あの二人は顔見知りなのか?」
二か月前このドーナツ屋に来た時、みくるが琉王のことを知っているようなそぶりを見せていたことを思い出した拓人は、一体どういう関係なのだろうと頭を捻らせた。
「いや、俺もみくるちゃんと琉王さんの両方に確認したんやけど、うまくはぐらかされて詳しいことは教えて貰ってないねん」
しかし拓人は思った。
「そんな時こそ、暴露の能力で調べればいいんじゃないのか?」
「いや俺の能力では人の気持ちは暴けへん」上条はそんな単純なものではないと、呆れたようにため息をついた。
「何だよ、肝心なところで使えない能力だな」
「そういうもんや。人の感情までも暴けへん。人間は嘘をつく生き物やからな」
そんなやり取りをしていると横のテーブルに小学校低学年くらいに見える幼い女の子が、オレンジジュースを乗せたトレーも持ってやってきた。
ドット柄のワンピースの裾から出た棒のように細い脚を浮かせ、女の子は一人椅子に腰かけた。そしてポケットから写真を取り出すと、それを眺めながら疲れた様子で静かに一つ息を吐き出した。
「どうかしたの?」
雫が話しかけると女の子が驚いたように振り向いた。「わっ!」そして山盛りに盛られたドーナツを見て更に驚き栗色のミディアムボブの髪がふわりと揺れた。
「何これ!? 全部食べるの?」
「まあ、全部は食べへんやろうけど、その場の勢いってやつや。良かったら好きなの取ってもええで」
「ほんとに!? やったーっ!」
喜ぶ女の子の目がきらりと輝いた。良く見ると瞳の色が左右で若干異なる。
「ちょっと待ち。嬢ちゃん、オッドアイなんか?」
大きい声に動揺した女の子は、目をパチクリとさせた。黒い右目に比べて、左目が僅かに茶色い。みくるほどわかりやすくはないが、オッドアイに違いなかった。
「うん。生まれた時から目の色が違うの」
そのやり取りを横で見ていたみくるが一つ咳払いをした。オッドアイは彼女の前では禁句だった。
「ま、まあ、それはええわ。とりあえず食べたいドーナツとかあるか?」
それに関して女の子はもう決めている様だった。
「それじゃ、オールドファッションちょうだい!」
オールドファッションとは、サクサクした生地が特徴の昔からある定番のドーナツだ。
「どれがオールドファッション?」
雫が取ってあげようと手を伸ばしたが、ドーナツ初心者のため種類の判別がつかない。
「そのリングが割れてるやつよ」
みくるが指差すと、雫がそれをペーパーナプキンで包んで隣の席に座る女の子のトレーに乗せてあげた。
「ありがとう!」
喜んだ女の子はさっそく一口頬張った。ゆっくりと噛みしめ美味しさを堪能している。
「しかしオールドファッションとは渋い選択やな。ケーキドーナツとかは食べへんの?」
「他のも美味しいけど、このドーナツが一番生地の美味しさが味わえるから好きなの!」
女の子が両手でドーナツを持ったままはにかむと、その言葉に反応した雫がごくりと喉を鳴らした。
「そんなに美味しいの?」
「外はサクサクなのに中はしっとりしてて、美味しいよー」
女の子が笑顔でそう言うと共に、上条は素早くドーナツの山から半分チョコレートのかかったオールドファッションを掘りだした。
「オールドファッションはプレーンとチョコの二種類あるから、雫ちゃんの分も残ってたで」
上条からドーナツを渡された雫は笑顔で答えた。
「うん。ありがとう」
受け取るなり早速一口かじった。と同時に口の動きが止まった。口の脇から崩れたドーナツの欠片がほろりと落ちる。
「雫ちゃん、どないしてん!?」
「……このドーナツ堅い」
雫は眉を八の字にして、その堅いドーナツをゆっくりと咀嚼した。生地の旨味と共にミルクやハチミツのコクが段々と口の中に広がってきた。
「これ堅いけど美味しい……。生地がとっても美味しい」
結局雫は、ドーナツを片手に泣きだしてしまった。
何だか疲れた上条は椅子にもたれかかり天井を見上げた。
「俺ら今日、何しに来たんやっけ?」




