†chapter7 彷徨いの少女01
「なあ、知っとる? 関西ではお好み焼きおかずにして白飯食うねんで」
公園通りを歩く上条圭介は、得意気な顔で関西あるあるを披露した。
「ふーん、そうなんだー」
しかし横を歩く佐藤みくるは、自身のネイルチェックに気がいっていてあまり真剣に話を聞いてない。
「リアクションうすっ!! びっくりせぇへんの?」
みくるはネイルから目を放すと「あー」と、死にかけたカラスのような声を出した。
「だって、お好み焼きをおかずにするエピソードってテレビで何回も聞いたことあるから、たぶん誰に言ってもこんなリアクションしか返ってこないと思うよ」
「えっ、ほんまに!? 関東では鉄板ネタやって聞いたんやけどなぁ」
上条は坊主頭をぽりぽりと掻くと、小声で「お好み焼きだけに……」と独りごちた。
「あ、それで思い出した。日本人は餃子をおかずにしてご飯食べるけど、中国人はそれ見るとびっくりするんだって。何で餃子をおかずにしてご飯食べてるんだ!? って言って。知ってた?」
「うそやんっ! 中国人、餃子をまさかのラビオリ感覚?」
「そう。地方にもよるみたいだけど、中国では餃子は主食なんだって」
「何やねんそのびっくり情報。俺のお好み定食、めっちゃ霞むやん。芸人殺しやな」
「圭介、いつの間にお笑い芸人になったの?」
みくるが冷ややかな視線を向けると、上条は「それはそうだろうと」力説を始めた。
「関西人は生まれた時から芸人気質やねん。関東の人間にお笑いで負けたなんて知られた日には、名古屋より西に帰れへんようになるでっ!」
歩道のど真ん中で大見得を切った上条だったが、隣を歩いていたみくるがいつの間にかいなくなっていることに気付いた。
「あれ?」
振り返ると、渋谷パルコの前でみくるは足を止めていた。
「何しとるん? 今日はパルコ寄らへんやろ?」
そう声を掛けられたが、みくるはガードレールに腰掛けている一組のカップルをじっと見ている。
「あそこにいるの、雫と疾風使いのくせ毛の子じゃない?」
上条もそのカップルに視線を向けた。なるほどみくるの言う通りだった。女性の視野の広さは侮れない。
ガードレールに近づくと、上条はすぐに声を掛けた。
「これはこれは、御両人」
聞き覚えのある独特のイントネーションが耳に触れ、スマートフォンを操作していた山田拓人がふと顔を上げた。
「二か月ぶりやないか拓人。元気やったか?」
ああ、やっぱり上条だったか。そう思った拓人は言葉を無視してまたスマートフォンをいじりだした。
魔窟大楼の件から二か月が経ち、季節は初秋。夏の暑さも一段落しており、拓人は七分丈のトップスにジーパン、天野雫は相変わらず白いブラウスの上にネイビーのニットベスト、それにタータンチェックのプリーツスカートという一昔前の学生服のような装いだ。
「拓人が教えてくれた連絡先、あれ嘘やったんやな。電話したらフィリピーナが家に来たぞ」
少しだけ上条に視線を向けた拓人は「良かったじゃないか」と人ごとのように呟いた。
「良いわけあるか。その後、筋もんのおっさんが来て修羅場やぞ。ミミックにやられた腹の傷が塞がったばっかりやのに死ぬかと思ったわ」
拓人はスマートフォンの操作を終わらせると、それをジーンズのポケットにねじ込んだ。
「怒ってんのか?」
当り前だろう。そう言ってやりたかったが、ここは一つ器の大きいところを見せつけてやろうと笑みを浮かべた。
「そんなことで一々怒ってられるか。小指を代償に良い社会勉強させて貰ったわ」
それを聞いた拓人の顔がわかり易く青ざめた。慌てて立ち上がり上条の左手に目をやると、小指の第二関節より先がなくなっていた。
「圭介君、マジで指詰めたのか?」
「はぁ? 指詰め?」
上条はわざとらしく首を傾げると左手を差し出した。指はしっかり5本ある。なんのことはない。ただ第二関節を内側に曲げていただけであった。
「何勘違いしてんねん。もう二度とイタ電せぇへんようにって、ヤクザのおっさんと指きりげんまんさせられただけや」
「何だよ!」
悔しそうに口を曲げると、拓人は乱暴にガードレールに腰掛けた。
その時、終始横で文庫本を読んでいた雫が目を前に向けた。小説の世界に入り込んでいたが、ガードレールが揺れて現実に引き戻されたようだ。
「雫ちゃんも久しぶりやな」
上条が言うと、雫は上条とみくるを交互に見た。
「佐藤さんと……、あなた誰だっけ?」
上条は昭和のアニメーションの如くずっこけた。
「忘れるなんて酷いやんか雫ちゃん。俺やで、一緒に道玄坂ヘヴンに行った上条圭介やで!」
「あー、こんにちは」
雫は上条のことを思い出しているのかいないのかわからないが、軽く挨拶をして再び文庫本を読みだした。
困った上条は話しのきっかけでも掴めればと思い、雫の読んでいる本をチラ見した。
本の上部には『新しい担任が私のお兄ちゃんになったのは全て生徒会の陰謀だった件(二学期目)』という長々しいタイトルが書かれていた。
(こ、これはつっこんだらこっちが大怪我しかねへんで……)
うまくつっこむことのできない自分の力量のなさを不甲斐なく感じた上条は、下唇を噛むとそっと視線を反らした。




