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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter23 星屑のシャングリラ
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†chapter23 星屑のシャングリラ

 12月31日。大晦日の渋谷の夜。


 SHIBUYAシブヤ SCRAMBLEスクランブルと呼ばれる大きな抗争は、山田拓人が鳴瀬光国を倒したことで決着が着いた。

 その後、街の灯りはぽつぽつと点き始めているが、離れていった人たちは未だに戻ってきていない。それでも正月休みが終われば、閉まっているショップのシャッターは開き、徐々に賑わいも取り戻すことだろう。


 「あー、寒いっ。今夜は特に冷えるなぁ」

 ひびの入った肋骨に響かぬように、拓人は静かに鼻をすすった。


 「心頭滅却すれば火もまた涼し。寒いと思うから、より寒なるんやでぇ。人間、気の持ちようや。なぁ、琴音ちゃん?」

 高そうなダウンコートで完全防寒している上条圭介が自信満々にそう言うと、彼の横にいる竹村琴音は上条の顔を見上げ、「あたし、寒いのきらーい」と無邪気に答えた。


 琴音からの共感を得られずに、少しだけ落ち込む上条。だが、彼女は『クリオキネシス』という凍結能力を持っているはずなのに寒いのが苦手とはおかしな話でもある。


 「馬鹿みたいにこんな高いところにくるから、寒い思いをしなくちゃいけないのよ……」

 これまた寒いのが苦手そうな佐藤みくるが、腕を胸の下で組んで寒さアピールをしている。彼女はファー付きのダウンジャケットを着ているが、下は相変わらず足が丸出しのファッションだ。お洒落は我慢ということらしい。


 現在、竹村琴音を足したスターダストメンバーは、寒空の下、キャピタル電力の屋上に集まっていた。しかし半年前に無断で侵入した時とは違い、今回は事前にしっかりと許可を得ているらしい。


 「周りの建物が危ないからっていっても、わざわざ花火を上げるのにここまで来なくてもいいような気がするけどな」

 拓人が空を眺めながら言うと、上条は小馬鹿にするようにふんっと鼻を鳴らした。

 「それだけが目的やないからな。というより、むしろそっちの方が本来の動機や」


 「本来の動機?」

 塔屋の陰からひょっこり現れる天野雫。手には文庫本を持っているので、どうやらそこで読書をしていたようだ。よくこんな薄暗くて肌寒い環境で、本が読めるものだ。


 「皆、その動機が何か気になってるようやな。ええやろう、教えたる。それは俺が上京した時から思い描き、今の今まで温め続けていた、『東京ユートピア計画』やっ!」


 大衆を指揮する扇動者のように右腕を高らかに掲げる上条。すっかり自己陶酔しているようだが、みくるは白い目をしているし、雫と琴音は真顔のまま表情を崩さないし、楠裕太に至っては塔屋の横に座り込んでポータブルゲーム機を操作している。こいつはずっとゲームをしているが、一体何をしにきたのだろうか?


 流石に誰もまともに相手にしないのは可哀そうなので、拓人は仕方なく言葉を返した。

 「何だよ、その計画? 東京を理想郷にするのか? そんなの、裕太のおやじにでも任せておけばいいだろ」


 苗字こそ違うが、裕太の血縁上の父親は日本平等党の党首、物部もののべ雲海うんかい。言わずと知れた東京都の知事だ。


 「そうや。俺らは都知事の息子を人質に取っとるからな……」

 悪魔のように邪悪な笑みを浮かべる上条。こいつ、一体何を考えてやがる……。その時、都合よく裕太のゲーム機から「助けてー」という音声が聞こえてきた。


 「なぁ拓人、お前にとっての理想郷って何や?」

 塔屋に近づいた上条はゲームをしている裕太を追い払って、固く閉ざされた扉の前に立った。


 「さあ? 戦争も終わったし人が戻ってくれば、前みたいに賑やかな渋谷が戻ってくるんじゃないのか?」

 戯言たわごとと思われる質問にも、一応答えてあげる拓人。人に優しくしてほしいくらいに弱っている時は、他人に優しくなれるのかもしれない。


 「成程、戦争前の原状に復興させようってことやな。うーん、30点!」

 そう言うと上条は、暴露の能力を使わずに普通に鍵を使って扉を開けた。この男は全然優しさがない。


 開け放たれた扉に目をやると、その中は大量の配線が剥き出しになった大きな分電盤があった。


 「懲りずにまたやるの? キョージンに捕まっても知らないわよ」

 呆れ顔のみくるがため息交じりに言う。


 「その点は大丈夫や。今回はキャピタル電力に正式な許可を貰っとるからな」

 かたや上条は、自信満々に腕を組み、自分の正当性をアピールしている。だが、彼が一体何をしようとしているのかは、未だわからない。


 「それでその東京ユートピア計画ってのは、何をするつもりなんだよ?」

 そう質問すると、上条は顎を突き上げ空を見上げた。

 「都会の空に、星を取り戻すんや」


 「はぁ?」

 拓人も合わせるように夜空を見上げた。だが東京の夜は明かりが眩し過ぎるため、肉眼では星を確認することは出来ない。


 「半年前に実験した時は全然だったけどね」

 みくるが言うと、上条はそれに対しすぐに反論した。

 「あの時は渋谷駅前地区だけだったやろ。今回はもっと広範囲やから間違いない。それに冬場の方が空気が澄んどるからなぁ」


 「あの時みたいに、街の電気を遮断するつもりなの?」

 どこか責めるような言い方をする雫。ゲームをしていた裕太は一瞬焦ったようにこちらを向いたが、自分のゲーム機は充電式だと気づいたのか、すぐに視線を落としまたゲームに没頭した。


 「そうや。副都心を含む城西地区全域の明かりを消して、東京に満点の星空を取り戻す……」

 「すごーい! 見たいっ!」

 上条の言葉を受け、手を叩いて喜ぶ琴音。ぬか喜びになりそうな気がする。


 「けど、キャピタル電力がよくそんなの許可してくれたな。B-SIDEビーサイドとキャピタル電力は癒着があるって話だったけど、それが関係してるのか?」


 「癒着言うか、『冬将軍』の大関夏男が居ったやろ? あいつがキャピタル電力の社長の息子やったんや」


 上条の発言を受け、静まる空気。裕太のプレイするゲームの音だけが、場違いな音を響かせている。


 「えええぇぇぇぇぇっ!!!」

 そして、冬空に盛大に響く若者たちの叫び声。

 拓人の頭の中に、大関のどこか間の抜けた顔が思い浮かんだ。にわかに信じがたいが、あいつの家、金持ちだったのか……。


 「鳴瀬に勝ったから、渋谷のライトアップはスターダストの好きにしてええって、大関が言ってくれたんや」

 「好きにしていいっていうのは、ブルーのサーチライトの色をスターダストのチームカラーに変えてもいいっていう話じゃないのか?」

 「まあ、そういうことやったらしいけど、賄賂を渡したら大晦日のカウントダウンの時だけやったら、特別に電気を止めてもええことになったんやで」

 あっさり語られる犯罪的所業。それ社長の息子だからって、勝手に決めていいことじゃないだろ。


 「ほんとかよ? ていうか金持ち相手に幾ら賄賂渡したんだ?」

 信じられないといった表情で拓人が聞くと、上条は目を細め申し訳なさそうに指を1本立てた。


 「いやー、これが何とかあずきバー1箱で手を打ってもろうたんや」

 「あずきバー1箱っ!?」


 みくるはその時、「よくこの寒い時期に、あずきバー1箱も手に入ったね」と感心していたが、正直驚くポイントはそこではない。


 「まあ、そんなんやこんなんがあって、このカードキーを借りることが出来たんやで」

 金色に輝くカードを見せつける上条。それが城西地区の電気を遮断することが出来る鍵になっているようだ。ちなみに城西地区とは、皇居を中心とした東京23区の西側のエリアのことだ。


 ただ今の時刻は、午後11時59分。

 「よっしゃ。ほんなら、そろそろ始めようか」

 上条は腕時計で時間を確認すると、カードキーを挿入口に近づけた。


 「せーの! サーン!」

 上条が言うと、琴音もそれに合わせて「ニーッ!」と続けた。


 楽しそうに笑う琴音に釣られ、みくると雫も「イーチッ!」と声を上げる。


 最後に全員で「ゼロッ!!」と叫ぶと、何かが断ち切れるような大きな音が、鳴り響いた。


 手始めに屋上の塔屋や手すりの下にあるライトが消えると、キャピタル電力のビルを中心に闇が浸食していくように街の明かりが次々に消えていった。


 渋谷に訪れた、かつてない程の暗闇と静寂。それはユートピアというよりも、滅亡した世界を連想させた。


 あまりの非日常的状況に、呆然と天を見上げる拓人。だがその夜空に、星のようなものは確認出来なかった。


 「……星、全然見えなくない?」

 「ほんまやな。冬ならいけると思ったんやけどなぁ……」

 がっくりと肩を落とす上条。その横では琴音が一生懸命に空を見上げ、星を探していた。


 「まあ、こういうオチだとは思っていたけどね」

 対して期待もしていなかったであろうみくるがそう言うと、暗闇の中で雫がこくりと頷くのが見えた。


 「星が見たいんだったら、僕の幻術の方が早いだろ? 今からプラネタリウムで見るような満天の星を、夜空のスクリーンに映し出してやるよ!」

 ゲームを止め、急に張り切りだす裕太。こいつ、何の役に立つのかと思っていたが、意外なところで良い働きをしてくれる。


 「良いぞ。やれっ!」

 拓人が煽ると、突然琴音が「あーっ!!」と声を伸ばした。


 「お星様あった! あそこっ!!」

 南東の空を指差す琴音。しかしそこには薄暗い夜空があるだけで何も見えない。否、微かにまたたく恒星が確かにそこに存在していた。


 「おお、よう見つけたな琴音ちゃん! やったでぇ、渋谷で星が見えたでえっ!!」

 子供のように興奮して、喜びを訴える上条。


 インディゴブルーの夜空に浮かぶ、たった一粒の星。それは冬の大三角の一角を担うシリウスという名の恒星なのだが、彼らの中にその星の名を知る者はいなかった。


 「やばいっ! あたしリアルな星見たの、これが初めてかも!」みくるは興奮気味に言った。

 「なっ? 綺麗やろ? 田舎に行ったら数え切れんほどの満天の星が見えるんやで」


 薄闇に浮かぶ一つ星はお世辞にも美しいと言える程のものではなかったのだが、みくるは上条の言う満天の星空を見たかのように満足気に微笑んだ。


 「星空が見える渋谷ってのも、逆にお洒落かもね……」

 色素の薄いみくるの左目の奥で、シリウスが僅かに煌めいた。


 「兄貴ぃー! 兄貴ぃー!」

 しっとり落ち着いた屋上に、突如響いてくる野太い男の声。見ると、階段室から脱力状態のキャップ男とタオル巻き男が姿を現した。手には大量の袋を持っている。


 「どうしたんだよ、お前ら!?」

 不思議そうに聞くと、キャップ男は信じられないといった感じに表情を歪めた。


 「どうしたもこうしたもないっすよ。俺ら買い物頼まれたから行ってきたんすけど、ビル上がってくる途中で停電になりやがって、仕方ないからエレベーターの扉破壊して、自力でここまで上がってきたんすよ。マジ、感謝してください」


 「ああ、そうや。俺が祝杯用のビールとおつまみをお願いしとったんや。マッドクルーには感謝しとるで!」

 上から目線で謝礼を言う上条。マッドクルーの2人は、停電の原因がこいつだとは気づいていないようなので、特別に内緒にしておいてあげよう。


 「ビール? 上条の兄貴、何言ってんすか? 俺らが買ってきたのはカフェオレとドーナツっすよ」

 「ドドドド、ドーナッツ!?」

 激しく動揺する上条。


 「そうっす。ドーナツ666個」

 「悪魔の数字っ!?」

 大袈裟にのけ反る上条。確かにマッドクルーの2人は大きな袋を持っているが、絶対に666個も持ってないと思う。せいぜい66個が関の山だろう。


 「ドーナツプラネットが営業を再開したから、あたしが彼らに買い占めてもらったのよ」

 みくるは悪気もなく言う。これには雫も琴音も、ほっこり笑顔。


 「そもそも俺らも下戸で甘党っすからね。ビールなんて、買ってくるわけないじゃないっすか」

 更にだめ押しするキャップ男。お前らその面で、酒飲めないのかよ!


 「あー、最悪や。最悪。他人に頼んだ俺がアホやったわ。こうなったら、花火の打ち上げをもって祝杯とするしかないな。最悪や……」

 疲れ切った様子で花火の準備をする上条。その後ろ姿から中年男性の悲哀を感じる。


 「怒らせたんじゃない?」

 小声で聞くと、みくるは興味もなさそうに肩をすくめた。

 「いいよ。花火上げる時はいつもこんな感じだし、とりあえず圭介抜きで乾杯しよ」


 上条が1人黙々と花火の準備をするすぐ後ろで、他のメンバーは温かいカフェオレを手渡ししていく。


 久しぶりのドーナツを見て、待ちきれない様子の雫。しかし琴音と裕太が大人しく我慢しているので、手を出すことは出来ないようだ。


 「それじゃあ飲み物も行き渡ったみたいだし、乾杯でもしましょうか」

 何故かその場を仕切りだすキャップ男。まあ、普段仕切る上条があれなので、別に良いとしよう。


 「それでは、スターダストの勝利を祝して……」

 皆、断熱用にスリーブが付いた紙コップを高く掲げ、声を合わせた。

 「かんぱーいっ!!」


 そして温かいカフェオレを一口飲み込むと、甲高い音と共に上空に花火が打ち上がった。

 空に広がる闇の中に直径200メートルの大輪の花が咲き開く。


 ほんの一瞬だけ、夜の街が黄色い明かりで照らされる。やがてパチパチという破裂音が鳴ると、花火は星屑が零れるように夜の空に溶けて、儚く散った。



          了

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