†chapter22 決戦のクロスロード07
左腕をだらりと下げた拓人と、胸から腹にかけて大きく裂傷を負った鳴瀬。2人とも平然とした顔で立っているが、恐らく限界は近いだろう。
「そろそろ終わらせるか、風斬り?」
「ふんっ! 引導を渡してやるよ」
鳴瀬の背後で緩やかに浮かび上がった業務用のビール樽が、正面目掛けて一直線に飛んでいった。風を使って予備動作無しに後退し、それを避ける拓人。
ビール樽は勢いよく地面に激突し、大きな音を立てると黄金色の液体が派手に吹き出した。
「中身入りだったのかよ。恐ろしい物をぶつけてきやがるな……」
「酒は嫌いか? せめてもの餞別だ」
そしてぶつかり合う2人。体力を消耗しているせいか、互いに勢いが落ちている。
「拓人の奴、何をだらだらしとんねん。今の状態で互角やったら、スターイエロー使ってたら普通に勝てるやんけ!」
歯痒い思いで2人の対決を見守る上条。だが横にいるみくるは、戦闘には目もくれず何故かこちらの顔をまじまじと見ていた。
「……どうかしたんか、みくるちゃん?」
「いや、スターイエローになってるじゃん」
「えっ?」
遠くで戦う拓人の顔に目を送る上条。だがここからでは、瞳の色の変化まではわからない。みくるの『千里眼』では、確認できたのだろうか?
「ほんまに? 拓人の奴、いつの間に覚醒したんや」
上条は首をひねる。自身の持つ『暴露』の能力では、拓人が覚醒しているようには思えなかったからだ。今一度みくるを顔を合わせてみる。彼女のオッドアイの視線が、真っすぐにぶつかった。嘘をついている顔でないことは確かだ。
「そうじゃなくて、スターイエローが覚醒しているのは、圭介だよ!」みくるは言う。
上条は最初、何を言われたのかわからなくて「は?」と間の抜けた声を上げた。
そして目元を手で触れた時、自分の瞳の奥に何か熱い違和感があった。
俺の目が後天的異形スターイエローに覚醒しとるやと……?
放心状態になり、そのまま戦闘を見つめる上条。暴露の能力が冴えているせいか、拓人の思考や感情が己のことのようにはっきりと理解することができた。
右手で鋭利な風、鎌鼬を放ち、続けざま右足でまた鎌鼬を放つ。弧を描いて飛ぶ斬撃は、鳴瀬の体を周回するパイプ椅子にぶつかり儚く消えていった。
この折れてしまった左腕を動かすことが出来れば、有利に戦闘を運べるのだが……。上条は苦々しく歯を食いしばる。この時上条は増幅する暴露の能力の影響で、感情のみならず視覚や痛覚までも拓人と同化していた。自分の目の前で蹴りを放ってくるのは鳴瀬光国であり、それを腕で受け止めれば鈍い痛みを感じる。
拓人、とっとと勝負を決めんと体力がもたへんようになるで。
上条は同化した思考を通じてそう訴える。だがそれが通じているのかいないのか、拓人はむっつりと黙ったまま腹の下に力を込めた。足元の地面が、真夏のアスファルトのように高熱を発する。
「『熱気流』っ!!」
爆発的な上昇気流が発生し、拓人の体が天に吹き飛んだ。空中でもがきながらどうにか体制を整える。
この時、上条の体感速度では、時速100kmを超えていたのではないだろうか? 青いサーチライトを次々に潜り抜け、天に向かって上昇していく。冬の冷たい空気で、目から少しだけ涙が零れた。
風の勢いが治まった頃を見計らい、拓人はくるりと体を返し空中で制止する。そこはスクランブル交差点のランドマークである、キャピタル電力ビルの頂上付近。高さは50メートルといったところだろうか?
高所恐怖症ではない上条でも、この高さは目が眩んだ。そして拓人の足がすくんでいるのも同時にわかる。それでも拓人は地上にいる鳴瀬に向かって、鋭い眼光を向けていた。
これで決める!
拓人の強い意思がはっきりと伝わってくる。
かましたれ!
上条が後押しするように伝えると、拓人は震えるあごで小さく頷いた。
冬の気流が渋谷の谷に吹き下ろす。疾風に乗った拓人は、飛燕の如く回転しながら下降していった。分厚い風の膜に包み込まれる拓人。上昇してきた時とは比べ物にならないほどの速度で一気に滑空していくと、拓人は右足を高く振り上げ地上の目標をしっかりと見定めた。
「喰らえ、『高山颪』っ!!!」
高い角度から高速で振り下ろす、不可避な踵落とし。
大地に真っすぐに立つ鳴瀬は迷うことなく両腕を天に掲げると、拓人の踵落としを素手でがっちりと受け止めてみせた。上条の頭の中に2人分の絶望が流れ込む。
鳴瀬は足首を掴んだまま横に回転し、ハンマー投げのように遠くに投げ飛ばした。宙を舞う拓人。そして地面に叩きつけられると、サイコキネシスによって砕かれたアスファルトの巨大な残骸が飛んできて、拓人の体を無慈悲に押し潰してしまった。
「まともに喰らったようだな。俺の『ジャイアントインパクト』……」
ぎこちない歩きで近づいてくる鳴瀬。拓人は体の上に乗るアスファルトを辛うじて足で蹴り飛ばしたが、そこでぐったりと力尽きてしまった。
スクランブル交差点の真ん中で大の字に倒れる拓人の元に、鳴瀬が歩み寄る。
「これで終わりか?」
横に蹴り飛ばしていた、拓人の体を覆う程の大きなアスファルトの残骸が宙に浮きあがった。こいつで止めを刺すつもりのようだ。
拓人は目前に浮かぶアスファルトの塊を見て、恐怖よりも先に諦めの感情が沸き上がった。
駄目だ……。もうここまでか……。
しかし拓人と同化した上条が、その感情を否定する。
いや、行けるやろ。お前の本領はそんなもんやないで。
他人事みたいに言いやがって……。
他人やない。俺らは同じ仲間やからな。仲間の力を信じるんは、当たり前のことやろ。
何だよそれ?
だからお前も、俺の言うことを信じるんや。拓人、お前は鳴瀬よりも強い!
……だったらこれで最後だ。とっておきの必殺技を見せてやる。
「熱気流っ!!!」
背中が熱くなると同時に爆風が発生した。鳴瀬とアスファルトの残骸は吹き飛ばされ、拓人の体は天高く飛び上がった。
回転しながら空へ空へと上昇する。体中が激しい痛みを訴え、気を失いそうだ。
キャピタル電力ビルの屋上を超え、更に高く上昇する拓人。どうにか空中で制止すると、荒ぶる鼓動を抑え、ゆっくりと深呼吸をした。
本当にこれで最後だ。後はどうにも出来ねぇ。
「天高く吹き抜けろ……。『天津風』!!」
渋谷のビル群を見下ろす上空100メートルの地点で、一陣の風が吹き荒れる。
ダウンバーストに乗った拓人は、ハヤブサの如く一気に滑降した。風と体が一体化する。夜だというのに、上条は体の周りが虹色の風に包まれるような感じがした。
だがそれも一瞬の出来事だ。視界の先には、サイコキネシスで飛んでくる鳴瀬の姿があった。先ほどのアスファルトの塊も一緒に宙を飛んでいる。
拓人は右腕を後ろに引くと、滑降する勢いで掌底打ちを繰り出した。対する鳴瀬はアスファルトを楯にするように、己の目の前に繰り出す。
「行けえええぇぇぇぇぇっ!!!」
拓人の咆哮と共に、ボゴッという大きな破壊音が響く。掌打によってアスファルトを粉々に粉砕すると、拓人は向かい来る鳴瀬に今一度掌打を放った。
鳴瀬の心臓の位置に、拓人の底掌が食い込む。……見事に決まった。
体を貫かんばかりの掌底打ちを受け、瞳孔の光を失う鳴瀬。彼はそのまま地上へと落下すると、後から落ちてきたアスファルトの残骸の下敷きになった。
これで決まらなければ、俺の負けだな……。
そして拓人も下降しながら意識を失い、アスファルトの破片に埋もれる鳴瀬の横に激突した。
砂埃が舞うスクランブル交差点。ギャラリーはざわめき出し、辺りは異様な雰囲気に包まれ始めた。
「……すけっ! ねぇ、圭介ったら!」
横にいるみくるに肩を揺さぶられ、拓人と同化していた上条は自分の意識を取り戻した。
「あ、ああ、みくるちゃん……。拓人の奴はどうなったん?」
前に目を向けたが交差点内立っている者はおらず、勝負の行方はわからない。
「それどころじゃないのよ! 大変なことになりそうだから!」
「何? 大変なこと?」
この渋谷の頂点を決める戦いを差し置いて、それどころじゃないとはどういうことだろうか?
訳もわからぬまま他のギャラリーの見つめる視線の先に目をやると、センター街の入り口に見覚えのあるフォルムの大男が立っていることに気づいた。
「キョ、キョージンやんか……」
そこに現れたのは、渋谷駅前地区を管轄する警察官、2級巡査のキョージンだった。
センター街側の人だかりが左右に散り、交差点への道が出来る。キョージンは類人猿のように肩を揺らし、その道をのそのそと歩き出した。
ここには数多くのチンピラが集まっているが、キョージンの相手が出来る者など、それこそMC.BOOくらいのものだろう。だが見てみると、MC.BOOは動く様子がない。交差点の真ん中に歩いていくキョージンを、腕を組んだままじっと眺めていた。
どうにかして拓人を救出しなくてはいけない。だが、あの化け物相手にどうすればよいか……?
何か弱みでもないものかと、暴露の能力でキョージンを調べる上条。過去に何度かそれを暴こうとしたことがあるので、キョージンの弱点などないことはわかっていたのだが、いざ調べてみると意外なことを知ることになった。今の奴には殺気がまるでないのだ。
「どういうことや? あいつは俺らを叩きのめしに来たんやないんか?」
キョージンはそのまま、交差点の中央まで歩いていく。鳴瀬はアスファルトの残骸に埋もれたまま身動きを取らないが、拓人はキョージンの存在に気づき、震えながらもどうにか立ち上がった。しかし勿論、攻撃を仕掛ける余力は残っていないだろう。
しばし倒れる鳴瀬を見下すと、キョージンはふらついている拓人の左手首を掴み、そしてその手を高く掲げた。
お前がこの戦いの勝者だ!
物言わぬキョージンがそう言いたかったのかどうかはわからないが、とりあえず喧嘩をしていた自分たちを捕らえるつもりではないことは確かのようだ。
「しょ、勝者っ!! スターダスト、『風斬り』山田拓人ぉぉっ!!!」
ギャラリーの中の誰かが叫んだ。B-SIDEのメンバーはがっくりとうな垂れ、それ以外の人たちから大きな歓声が上がった。
それは渋谷の歴史が変わった瞬間だった。
くるくると回る青いサーチライトは黄色に変化し、空から色鮮やかな紙吹雪がはらはらと舞い散ってくる。これは恐らく裕太の『幻術』の能力による演出。中々小粋なことをする小僧だ。
上条とみくるがほっと肩を撫で下ろす中、真っ先に走っていった雫が拓人の体に抱き着いた。キョージンは役目を終えたかのように、静かにその腕を下げ、そしてまたセンター街の入口の方に帰っていく。
拓人はどこか安心したようにゆっくりと目を閉じると、雫の細腕に疲弊した体を預けた。
―――†chapter23に続く。




