†chapter22 決戦のクロスロード01
12月24日、午後4時36分。
丁度日没を迎え薄闇に包まれる渋谷の街は、時が止まってしまったかのような静けさが広がっていた。この街が若者の発信地になって以来、最も閑散としたクリスマスイブだろう。
予定の時刻より早く渋谷に着いてしまった上条圭介は、特に目的も無く街をぶらついていた。凛とした冷たい空気が頬の横を撫でていく。こんな荒廃した都市の姿も時に美しく見える時があるが、日の暮れた今の時間は不気味さが増すばかりだ。
ただ現在の渋谷は、街としての機能はほぼ停止しているものの、駅舎とスクランブル交差点の周辺だけは未だに煌々と明かりが点いている。鉄道会社が点けているものと、B-SIDEが自主的に点けている青い明かりだ。現在いる道玄坂の上からも、上空に向かって伸びるサーチライトの青い明かりが幻想的に左右に揺れている。
「まあ、綺麗な明かりやけどな……」
ふと立ち止まり、坂の上からそのサーチライトを見ていると、目の前から2人の人物が歩いてくるのが見えた。
「おっ、戦を前に険しい表情しているな」
「まさか、ナーバスになってんのか?」
そう言ってきたのは、スコーピオン総長の梶ヶ谷鉄二と、副長の東正親だった。彼らは先日のVOLTとの戦闘で、顔中に痣と切り傷を負っている。
「アホか。今日であの青いサーチライトも見納めになるやろうから、最後にゆっくり眺めてただけや」
「ほう、すげぇ自信だな。あの駅前のライトを消すってよ、梶ヶ谷」
東と梶ヶ谷は、その天に伸びたライトに目を向けた。
「まあ、たかだかストリートギャングの喧嘩をするにしては仰々しいステージだよ、実際」
とっとと消してこいとでも言わんばかりの態度の梶ヶ谷。これはこちらへの応援ととって差支えないのだろうか?
「ええんか、スコーピオンは?」
上条がそう聞くと、梶ヶ谷と東の2人は揃ってこちらに振り返った。
「何がだ?」
「俺らがこの街のてっぺん取っちまってええんかって聞いとるんや」
本来、B-SIDEと互角に渡り合ってきたのは彼らスコーピオンだ。ここで新参であるスターダストがB-SIDEを倒して天下を取ってしまうのは、彼らにとっても面白いことではないはず。
「スコーピオンもあれから随分変わったんだ。渋谷の頂点を目指してた不破さんが引退して、総長も俺に変わった……」
「それに情けない話だが、ケツ持ちだった天童会もいなくなって、俺らもあまり無茶なことが出来なくなったんだ」
梶ヶ谷と東がそれぞれに言う。スターダストがB-SIDEとやりあうことに関して、特に不満はないようだ。
「鳴瀬倒して天下を取っちまえ。お前らがてっぺんなら、後から俺らが奪うのも容易だ」
不敵な笑みを浮かべ東が言う。
「まあそれは冗談として、頑張ってくれよ。うちのメンバーが邪魔するかもしれないけど、そこは勘弁してくれ」
そして梶ヶ谷がそう言うと、彼ら2人は道玄坂上の方角に去っていった。果たして東の言葉が、本当に冗談だったのかは定かではない。
「スコーピオンの人達と何を話していたの」
急に声をかけられ驚いて振り返ると、薄闇の中からチェック柄のチェスターコートを着た佐藤みくるが姿を現した。
「ああ、みくるちゃんか……。別に何でもあれへんよ。単なる世間話をしてただけや」
「そう。この決戦を前に、街の人たちも変に気が荒くなってるかと思ったらそうでもないのね。さっき会った溝畑さんと乙村さんもそうだった」
みくるは言う。溝畑と乙村は元夢魔の幹部だった2人だ。
「へぇ、あの2人に会うたんや。何か言うてた?」
「彼女たち、この抗争が終わったら渋谷で新しく商売を始めるんだって」
「ほう」
「だから早く戦争を終わらせて欲しいって、言ってたわ」
みくるは前髪をいじりながら、どこか遠くを見つめた。『千里眼』を使っているわけではないようなので、この先の未来のことを見据えているのだろう。
「確かにこのままやったら、俺もみくるちゃんもバイトがでけへんからなぁ」
そんなことを話し、道玄坂を下っていく上条とみくる。そしてそのまま歩いて行くと、2人はSHIBUYA109の正面に辿り着いた。その横にある植え込みを囲む煉瓦の上に、山田拓人と天野雫が仲良く腰を下ろしているのを発見する。
「よう、お二人さん、早いやんか」
そう言うと、拓人も雫もむっとした表情を浮かべた。
「こんな日に遅刻出来るくらいの大物になりたいもんだけど、何だか落ち着かなくて早く来ちまったんだよ」
そう言う拓人の横で、雫も強く頷く。
「ははは、こっちもそうや。俺らは宮本武蔵にはなれへんやろうし、時間にはまだ早いけどとっとと行こうか」
上条のその言葉で、拓人と雫が立ち上がった。ここから決戦の地であるスクランブル交差点は、目を鼻の先だ。
「ちょっと待てっ! また僕をのけものにするつもりかよ!」
歩きだす4人に対し、呼び止めようとする子供の声。振り返るとそこには、携帯型のゲーム機を持った楠裕太がいた。
「おー、どうしたんや裕太?」
「どうしたじゃねぇーよ! 今日、『SHIBUYA SCRAMBLE』の決着が着くって聞いたぞ! それなのにスターダストのメンバーである僕がその場に居ないのは、明らかにおかしいだろ!」
声変りもしていないような甲高い声で、きんきんと喋る裕太。だがその言葉の一部によくわからない単語があったので、上条は軽く首を捻る。
「何やねん、渋谷スクランブルって?」
「は? 知らねーの! この間移転したかすみ園に来た四月一日とかいう刑事が言ってたんだ。それが今回の抗争に付けられた名前だって」
「わたぬー? 警察が付けた名称か……」
上条は背の低い四月一日と、高校生のくせに幼い顔をした裕太が会話しているところを想像した。何だか良くわからないけど、微笑ましい気持ちになり表情が自然と綻ぶ。
「けど名称を決めたってことは、警察もこの抗争に介入するつもりなんじゃないの?」
後ろにいるみくるがそう言うと、裕太は手を大きく横に振りそれを否定した。
「いや、その刑事が言うには、これ以上抗争が長引けば警視庁も動かざるを得なかったけど、年内で決着が着くのなら、敢えて手を出さない方針なんだって」
鄭巡査が生きていた時代からそうだったが、渋谷の街は基本放任状態なのだ。だからそこに居心地の良さを感じた若者や悪党共が大量に集まってくる。いつの時代も、警察組織はいい加減だ。
「抗争の名前をつけるだけで、何もしてこないんか。楽な仕事やな、けーさつ屋さんは」
「まあ、警察に出てこられてもやり難くなるから、いいんじゃないか?」
そう言って、絵に描いたようなしかめっ面を浮かべる拓人。確かに警察には貞清誠二や、キョージンのような化け物もいるので積極的には関わり合いたくない。
上条は目の前で青く照らされたスクランブル交差点をじっと眺め、そして大きく肩を振るわせた。
「SHIBUYA SCRAMBLE……。おもろいやんけ。勝って渋谷に、スターダストの名を残したろうやっ!」




