†chapter6 人間の瞳11
拓人と上条の二人は、抵抗することすら出来なかった。
人民帽を被った男たちにマウントを取られると、有無を言わさず拳の雨が降り注いだ。奇しくもその時、外では本当に雨が降ってきて、渋谷の遥か上空で大きな雷が一度鳴り響いた。
拓人は両手を上げて必死に防いだが、ガードの上からでも容赦なく腕を振り下ろしてくる。右手で殴っては、左手で殴る。人民帽の男はそういった作業を言葉もなくただ事務的に続けている。
やがて痛みも無くなり意識が遠ざかると、何者かの声が薄らと聞こえてきた。この場にもう一人、誰かが来たようだ。
「為什麼大喊大叫?」(何の騒ぎだ?)
人民帽の男たちの手が止まった。虚ろな意識ながらも、只ならぬ緊張感が伝わってくる。
(何だ? 誰が来たんだ?)
人を殴った時の鈍い音が二回聞こえると、馬乗りになった人民帽の男が横に吹き飛んでいった。
体が軽くなり助かったのだと思った次の瞬間、思い切り股間を蹴られ再び絶望の淵に叩き落とされた。
言葉にならない痛みが下腹部を襲い、拓人はうつぶせのまま尺取り虫のように腰を高く上げた。
「好像活著」(生きてるみたいだな)
下腹部の痛みが治まるのを待ってしばらくすると、拓人は大声を上げた。
「何すんだテメ―――っ!!!」
そう言って立ちあがると目の前に上半身裸の男がいる。知っている人物だ。
「何で貴様らがここにいる?」
いらついた口調でそう言うと、男は持っていた紹興酒のボトルを傾け無造作に飲みだした。
「何やぁ、巡査かぁ」
ほっとして息を漏らす上条の足を、巡査は思い切り蹴りつけた。
「ぎゃんっ!!」尻尾を踏まれた子犬のような悲鳴がフロアに響いた。
「何でここにいるのかと聞いているんだ」
巡査がもう一口紹興酒に口をつけると、倒れていた人民帽の男たちが立ちあがった。二人ともサバイバルナイフを手にしている。
「叛徒!」(裏切り者が!)
人民帽の男は、サバイバルナイフを前に突き出すように持ち襲いかかった。しかし巡査は紹興酒の瓶でそれを弾き、一定の間合いを取った。
「大丈夫か! 巡査っ!」
拓人がそう聞いたが、巡査は刃物を相手にしても平然としている。
「悪いが我は簡単には死なない」
その時、人民帽の男の一人が右手に持ったいるサバイバルナイフを前に突き出した。巡査は腹の皮を薄く切られたが、ナイフを持った手を掴むと、相手の関節に右肘を落とした。腕がありえない方向に曲がった人民帽の男は、堪らず叫び声を上げた。
腕をやられ身を屈めた人民帽の男に対し、止めを刺すべく巡査の右膝が男の顔面を捕らえた。
「やばい! 横だっ!!」
同時にもう一人の人民帽の男が巡査に向かってサバイバルナイフを横に薙いだ。
鮮血が飛んだ。巡査は男の顔面を潰すと同時に、もう一人の人民帽の男に脇腹をナイフで裂かれてしまった。
深く切られ腰の上から血が大量に出たが、それでも巡査は冷静さを失わなかった。
顔面を潰された男が地面に崩れると、素早くもう一人の人民帽の男に対し戦闘態勢をとった。だがすぐにその戦闘態勢は解かれた。拓人と上条の二人がその人民帽の男を取り押さえたからだ。
「こんなところに日本人が入ってくるからこういうことになるんだ。この魔窟大楼の中ではお前たちを守る法律は存在しない」
巡査は裂かれた脇腹に目をやった。何故かもう血は止まっているようだった。
上条は人民帽の男を後ろ手にすると、持っていた結束バンドで動けないように拘束した。
「堪忍してくれ。今回は訳ありなんや……」
歯切れの悪い上条に対し、舌打ちした巡査は難しい顔で何かを考えた。
「賴か……?」
それに対し、上条は頷きもしなかったが、否定をしないことこそが肯定していることを雄弁に語っていた。
巡査は紹興酒を一口あおると、ひとすじ垂れた液体を右腕で拭った。
「良いだろう。案内してやる。賴の住処に……」




