†chapter21 12月のホーリーウォー17
飲食店の前に無造作に並ぶ瓶ビールのケース。そこに腰掛けていた氏家は、ため息をつきながらやれやれといった態度で立ち上がった。
「お前らのことを舐めてたわけじゃないが、俺の部下が手も足も出ないとは想定外だったな……」
異常な殺気を放ち、拳を前に出す氏家。格闘家のような構え。そういえば以前聞いた話では、こいつはボクシングの経験があるということだった。最初から本気でぶつかっていった方がいいだろう。
硬く拳を握りしめる。俊足で間を詰めた拓人は、そのまま氏家に殴りかかった。彼のガードを潜り抜け拳は腹部中央に突き刺さる。見事なクリーンヒット。
しかしながら拓人はそこから2発目の拳を出すことなく、飛ぶように身を退いた。殴った時の手ごたえがまるでなかったからだ。例えるなら、大木でも殴ったかのようなやるせない感覚。
「もっと本気でかかって来てもいいぞ。こんなもんでは俺は満足できんからな」
そう言うと今度は、氏家が右腕を振りかぶり襲いかかってきた。
避けなくてはと思うのだが、何故か体がうまく反応しない。先程の桐生の攻撃に比べると蠅が止まるような拳なのだが、どういうわけか拓人はそれを避けることができなかった。
横っ面を殴られ吹き飛ばされる拓人。風のクッションで受け身こそ取ったが、殴られた頬は熱を帯びたように痛い。
入れ替わるように、今度は雫が攻撃を仕掛ける。「やっ!!」と声を上げ特殊警棒を逆袈裟に振り上げるも、氏家はそれを左腕で防ぎ弾き飛ばしてみせた。何という硬い体を持っているのかと舌を巻いたが、流石に特殊警棒は痛かったようで顔をしかめ腕を振っている。
「黒髪ぃ!!」
氏家の放つ数発のジャブが、雫の体に確実に捕らえた。やはりそれほど速くないパンチなのだが、彼女もそれを避けることができない。
そして氏家は少し腕を引くと、雫の顔目掛けてストレートパンチを放ってきた。
バチッとその場で大きな音が鳴る。『電光石火』と同調した雫は能力を使って移動し、そのパンチだけは何とかかわしていた。
もう一度バチッと音を鳴らしこちらに移動してきた雫は、顔を差し出すと拓人の耳元でこう呟いた。
「氏家さんのパンチは少し避けずらいかも」
それは拓人も感じていたことだ。桐生の電光石火の攻撃に比べれば遥かに鈍いパンチなのに、どういうわけかそれを避けようとすると体が動かなくなってしまう。
「何であのパンチは避けることができないんだ?」
「それは……」
雫が何かを言おうとしたところで、氏家の大振りのフックが浴びせられる。咄嗟に反応した2人は、地面を蹴り、後方に退いた。先程までの攻撃とは違いボクサーらしい素早い拳。
「これは避けられたでしょ」
共に身を退いた雫がそう語りかけてくる。確かにその通りだった。
「どういうこと?」
「多分、恐怖心理が働いてるんだと思う」
「恐怖心理?」
再び繰り出される氏家のパンチをかわし、拓人はカウンターで飛び蹴りを浴びせた。しかし頑丈な氏家の体は、微動だにしない。
「氏家に対する恐怖心が体を動かなくしてるってことか……」
だから咄嗟の攻撃はかわせるが、直接対峙してしまうと避けることができない。動きがゆっくりに感じるのも、危機的状況と脳内で判断されスローモーションに感じているということかもしれない。
しかし避けることができないのが心理的状況のせいであるならば、それはこちらの気の持ちようでなんとかなるものだろう。拓人は氏家と向き合い、真っすぐに睨みつける。すると奴は大きく腕を振り、こちらに向かってストレートパンチを放ってきた。
拓人本人としては彼を恐れているつもりはまるでないのだが、やはりどうしても体を動かすことが出来なくなってしまった。これは失策。
だが氏家の拳が拓人の顔面を捕らえる寸前、跳んできた雫が特殊警棒を振りその攻撃を弾き返してくれた。なんとか間一髪セーフ。
「こざかしいっ!!」
苛立った声を上げる氏家。奴の放つ左フックが雫の頬に命中した。彼女は吹き飛ぶとアスファルトを転がり、そしてぐったりとその場に横たわる。
「雫っ!!」
気を取られた隙に、氏家の追撃が拓人に襲いかかった。死角からの攻撃だったが、拓人はそのパンチを右手で受けとめ、そしてその拳を強く握り締めた。
そのまま腕を持ち上げ関節を決めようとしたが、抵抗する氏家にそれを振り払われ未遂に終わった。
「俺のパンチを掴み取るだと……」
氏家はそこにきてようやく焦りを感じ始めただろう。何故なら目の前にいる拓人の瞳の色が、異常なまでに黄色く輝いていたからだ。
「そうか。そういえばお前も異形、『スターイエロー』だったな……」
拓人の中でいつの間にか覚醒していた後天的異形のスターイエロー。この症状が現れた時は、性格までも少し荒々しくなってしまう。
「おい、氏家。お前、雫に何してくれてんだ?」
「……くっくっくっ、これが戦争だ。殴られたくないんだったら、家に帰ってゆっくりテレビドラマでも観ていれば良いだろう」
そう告げると、氏家の体にも異変が起き始めた。生え際の辺りから2本の角が生え、口からは4本の牙が露わになる。そしてその巨大な体が更に一回り大きくなると、顔には深い皺が刻まれていった。
これこそが氏家時生の『鬼人』の能力。彼は鬼のような姿になる亜人系亜種なのだ。
「これは意外な展開だ。久しぶりに面白い喧嘩をすることになりそうだな!」




