†chapter6 人間の瞳08
「まあええわ。悪いけど今俺ら急いでんねん。お前にやる気がないんなら、どっか行ってくれるか?」
鳴瀬がこちらに対し敵意がないことを知った上条は、震えながらも少し強気にそう言ってみせた。
「ああ、もう行く。けどその前に一つ良いか?」鳴瀬は真剣な表情を向けた。
「何や?」上擦った声で上条が返す。
「お前ら人間の瞳を探してんだろ?」
鳴瀬の口から人間の瞳という言葉が出てくるとは思わなかった上条は、思わず表情を固まらせた。
「……何でそんなこと知っとるんや」
不審そうな目を向けられると、鳴瀬はやはりそうだろうと言いたげに笑って見せた。
「お前ら不破が人間の瞳をどこに持って行ったのか知ってるのか?」
「ああ、知らん。お前は知っとるんか?」
「恐らく、裏ブローカーに売るつもりだろう」
「裏ブローカー?」
「そう。盗品や銃器、法律で禁止され表の世界では流通出来ない物の売り手と買い手を仲介する奴らだ。お前ら、スコーピオンがこの辺りで脱法ドラッグ『パッション』を売りさばいてるのは知ってるか?」
その言葉を聞いた拓人は首を傾げたが、事情を知っている上条は小さく頷いた。
スコーピオンは代々木公園内とその周辺でパッションという名のケミカル系脱法ドラックを売り活動の資金源にしているのだ。
拓人は傾げた首を戻し呟いた。
「たかがストリートのチンピラが街中で薬捌いたりして大丈夫なのか? 本職の奴らに目ぇつけられそうなもんだけど」
「そこは大丈夫だろ。スコーピオンのバックはヤクザそのものだからな。それに安く手に入るパッションを入り口にして渋谷の若者たちに麻薬や覚せい剤が広がり始めてるから、それらを売るヤクザのシノギも同時に増えるっていう寸法だ」と鳴瀬。
「なるほど。脱法ドラッグのせいで麻薬に対する抵抗感もなくなるってわけか」
「まあ、そういうことだ。とりあえずそれは良いとして話を戻そう。スコーピオンの連中はパッションをその裏ブローカーから入手しているんだ。つまり奴らは裏ブローカーと繋がりがある。恐らく人間の瞳も、その裏ブローカーに売り渡すつもりなんだろう」
「その裏ブローカー言うんはどんな奴なんや?」
上条にそう言われると鳴瀬は首を振った。
「さあな。『ミミック』っていう通り名だということは聞いたことあるが詳しいことは知らねえ。まあ、そいつの手に渡る前に不破をぶっ潰しちまえばいいじゃねえか」
「簡単に言うんじゃねぇ。大体ええんか、それで? 万が一不破が俺らに負けることになったら、あいつも引退せなあかんやん。そしたらB-SIDEとスコーピオンは戦争になるでっ!」
B-SIDEとスコーピオンは現在停戦協定を結んでいるのだが、これが有効なのは協定を結んだ当人であるスコーピオン七代目総長、不破征四郎とB-SIDE二代目頭、八神透の二人が現役を退くまで。現在はB-SIDEが二代目頭の八神から鳴瀬が三代目頭を襲名しているので、残る不破が現役を引退すれば停戦の期間は終了することになる。
「戦争になるのは俺達だけじゃねぇ。停戦協定が無くなれば渋谷にある全てのストリートギャングや愚連隊が戦争状態になる。そうなりゃお前らみたいな弱小チームは、この街で生きていけねぇだろうな」
「ああ、物騒だ、物騒だと思っていたら、今度は戦争なんて怖いこと言ってる人がいるよ」
その言葉は三人の足元から聞こえてきた。そこにはスコーピオンの犬塚が倒れているのだが、彼は未だ気絶していて動かない。おかしいと思った三人が同時に見下ろすと、いつの間にそこにいたのか小柄な男が気絶している犬塚を繁々と眺めていた。
「ふむふむ。頭は焦げてますけど、まだ息はありますねぇ」
犬塚を観察している子供とも大人ともつかない小柄な男がそう言った。
「どわぁ、びっくりした!! ちっちゃいから全然気付かへんかった!」
「小さいとは失礼な人ですね。僕はこう見えても160cmはありますからね」
上条の言葉に憤りを感じた小男は、背筋を伸ばしてすくっと立ちあがった。だが残念ながら身長が160cmあるようには見えない。
「何だ、『わたぬー』じゃんか」鳴瀬が言う。
「むっ? この僕のことをわたぬーと呼ぶ人間は世界で一人しかいない……」
わたぬーと呼ばれた小男が三人の中から鳴瀬を見つけると一歩近づいて、背の高い鳴瀬の顔を下から見上げ抗議し始めた。
「おい鳴瀬! 僕のことをわたぬーなどという素っ頓狂なあだ名で呼ぶのは止めろと言っているだろう! 僕は君より社会的地位が100倍くらい上なんだからなっ!」
「堅いこというなよ。俺とわたぬーの仲だろ」
「あっ、またしても!」
イラつく小男がそれを発散させるように足で地面をバンバンと叩いている。
「で、わたぬーは何者なんだ?」
拓人の質問に鳴瀬が答えた。
「わたぬーは刑事だよ。本庁の」
「刑事!? 嘘やん!? このとっちゃん坊やが?」「見た目を子供、頭脳は大人ってやつだな」
上条と拓人の二人がそう言ってからかうと、小男は下から拓人を睨んだ。何故か拓人にだけ敵意を向けている。
「くそっ、わっぱまでも僕を馬鹿にして!」
小男は、よその家の子のおもちゃをうらやむ子供の様に地団駄を踏んだ。




