†chapter20 人の消えた渋谷28
「雫ちゃん、ほんまに大丈夫か?」
上条が後ろから声をかけると、フロアの中央に歩み出た雫が、ゆっくりとした動作で首をこちらに向けた。
「大丈夫、私は負けない。だから上条さんたちは、絶対に手を出さないって約束して」
雫は再び前を向き、財前ヒカリ子と対峙する。緊迫した空気に支配される冷めたフロア。
財前の持つ能力は『刹那』。この能力は50秒間の内、2秒だけ時間を止めることができるというものだ。時空を操る恐ろしい能力。一瞬でも目を反らせば、彼女の持っている日本刀の餌食になってしまうだろう。正に命を掛けた戦い。
「けど、相手は有名な殺し屋なんやで。雫ちゃんが負けることはないと思いたいけど、万が一負けるようなことになったら……」
財前の持つ日本刀で、腹を裂かれる想像をしてしまう上条。寒気と共に胃液が逆流するような痛みを喉に覚え、口元と胸の辺りを同時に押さえた。
「人を殺さないと自分を守れないような弱い人間に、私が負けるわけがない」
背中越しにそう語る雫。少し上擦っているようにも聞こえたが、果たして本当に大丈夫なのだろうか?
「生意気な後輩さんね。でもあなた、私の若い頃そっくりよ。結局あなたも私も同じ穴の狢じゃないかしら」
薄笑みを湛え、そう挑発する財前。だが雫はそれに何の反応も示さず、2人の間で睨み合いが続いた。
「このままお見合いをしていても、つまらないものね……」
そう言うと、不意に財前が姿を消した。『刹那』で攻撃を仕掛けたのだ。
雫の目の前に出現した財前は鞘から日本刀を走らせ居合抜きを放った。目の当たりにしている上条の全身に鳥肌が立ったが、雫は極めて冷静に剣の軌道を見つめその場からふっと姿を消した。彼女も『同調』の能力でコピーした『刹那』の能力を使用したのだ。
日本刀を振り抜き空気を斬り裂いた財前の背後に、黒い特殊警棒を振り被った雫が現れる。この間、僅か数秒の出来事。雫は隙だらけの財前の背中目掛けて、武骨な特殊警棒を渾身の力を込めて叩きつけた。苦しげな声が財前の口から漏れる。
「くっ……。成程、これが音に聞く『同調』の能力。しかし他人の能力をいきなり使いこなすとは大したものね……」
敵である財前に褒められても、雫は一切返事をしない。次の攻撃に備えて神経を集中させているようだ。
「同じ『刹那』同士なら、後の先を取った方が有利という訳ね。いいわ。それならこっちは、あくまで先の先にこだわる」
財前はそう宣言し日本刀を鞘に戻すと、すぐに攻撃を仕掛けてきた。前回の使用から50秒が経過し、再び姿を眩ませる。
2秒分の距離をキープしている雫は、目の前に現れた財前を確認すると、それを『刹那』の能力で回避した。だが、今回の財前は鯉口を切ってない。再び背後に出現した雫に対し、体を反転させ日本刀を逆袈裟に振り上げた。特殊警棒と日本刀がぶつかり合い、激しく火花が飛び散る。
そこから互いに武器の激突が続き、50秒後、また財前が姿を消した。合わせて雫も『刹那』を使用し姿を消す。そのような戦闘が暫し続いた。力は極めて拮抗している。改めて思うが、雫の戦闘センスはずば抜けている。
しかし互角の勝負をしていた2人だったが、財前の方が僅かに速度で勝りだしてきた。相手の攻撃を防ぐことで手いっぱいになってしまう雫。
そしてついには財前の振った日本刀の切っ先によって、雫の右腕が微かに斬り裂かれてしまった。真っ赤な鮮血が花火のように舞い散る。
「ふふふ、やっぱり思った通り。あなたの『刹那』は『インクリース』の恩恵を受けてないようね」
財前の言う『インクリース』とはFCこと嶋村唯が持つ、他の亜種の力を増幅させる能力だ。彼女が近くにいれば、財前の『刹那』の能力は当然増幅されるが、雫が増幅の対象になるのは『同調』であって『刹那』ではない。
袖が赤く染まってしまった雫は流れる血を押さえるでもなく、ただ生気のない目で財前の顔を見据えた。
「それが何か?」
むしろハンデをくれてやるといった態度で、言葉を返す雫。ここまで煽ってくる雫も珍しい。本当に財前のことを、嫌っているようだ。
「その思い上がった態度が、死を招くことになるわよ……」
財前は上着を脱ぎ取り、脇に投げ捨てた。ノースリーブニットから見える左肩の美しい刺青が、見る者に更なる恐怖心を与える。どうやら雫は、『吉祥天女』を本気にさせてしまったのかもしれない。




