†chapter20 人の消えた渋谷23
港区南青山のとあるオフィスビル。その12階に朝比奈雄二郎の音楽事務所があるのだが、昨日の小学校での騒動の後、エリックこと鈴江リクを救出した上条たちは、彼を連れこの事務所まで避難してきていた。渋谷から少し離れているこの辺りは、比較的平和な空気が流れている。ここにいればしばらくは安全だろう。
「とまあ、そういうわけで、現在に至るいうわけや」
先程オフィスに来たばかりの朝比奈に、昨日の出来事を一通り説明した上条はそう締めくくった。
「君らには色々と世話になるな。改めて礼を言う、ありがとう」
「いやいや、礼にはおよばへんで。けど、俺らの仲間がまだ捕まっとる状態やから、ヒナ先輩にも少し手伝ってほしいんや」
上条の手伝ってほしいという言葉を聞くと、頭を下げていた朝比奈が神妙な表情で重い首を上げた。
「俺に出来ることなら何でもしよう。一体何をぶっ壊す?」
朝比奈の持つ能力は『ワンヒットワンダー』。己の全ての力を1発の拳にかけるという、1日1発限定の必殺攻撃能力だ。
「いや、ヒナ先輩はおってくれればそれでええんや。それだけで百人力。なぁ、雫ちゃん?」
そう話を振ったのだが、雫は俯いたまま顔を上げない。そう彼女は今、猛烈に落ち込んでいるのだ。
「彼女、どうかしたのか?」
朝比奈が聞いてくる。上条はポケットの中から小さく折り畳んだA4サイズの用紙を取り出し、開いて見せた。それは渋谷区犯罪抑止条例に抵触している人物を知らせるための手配ポスターなのだが、何とそこには凍るような冷たい視線でファインダーを睨みつけている天野雫の写真が写っていた。雫は昨日『オーバーキル』の能力で暴れたことにより、いわゆる賞金首になってしまったのだ。
「こういうわけやね」
「成程……」
今まで賞金稼ぎとして活躍してきたのに、まさか自分が賞金首になってしまうとは思ってもみなかったのだろう。チンピラが相手とはいえ、少しやり過ぎてしまったようだ。ミイラ取りがミイラになってしまうパターン。しかし、被害者たちが奇跡的に気を失っていただけで大きな外傷がなかったのは、せめてもの救いと言える。
「今や渋谷は、役所も警察も機能してないって話を聞いたが、少なくとも手配ポスター作る人間はいるようだな」
朝比奈が呆れたように言う一方、雫は怨めしそうな顔で手配ポスターを睨んだ。少々可哀そうではあるのだが、色々な経験を積んだせいか、雫も感情表現がだいぶ上手になってきたような気がする。今はその事実を素直に喜ぶとしよう。
「しかし、何でうちのタレントはいつも夢魔に狙われるのかねぇ?」
腕を組み、ため息をつく朝比奈。すると、今まで静観していたエリックが長机を叩いて怒りを露わにした。
「一体あいつらは何なんだよっ! 俺は夢魔に恨まれるようなことは一切してねえぞ!」
「いや、エリックさんが捕まったんは恨まれてるからちゃうで。夢魔はあんたの持っている能力を欲しがってるんや」
上条がそう言うと、エリックはしっかりとアイメイクが施された大きな目を何度も瞬かせた。
「俺の能力? 『パフューマー』をか?」
『暴露』の能力で調べるのを忘れていたが、エリックの能力はパフューマーというらしい。改めて調べたところ、体内で様々な匂いを生成してそれを体外に分泌する能力なのだそうだ。敵を撃退する悪臭を放つこともあれば、相手を誘惑し虜にする香りを漂わせることもできるとのこと。
「そうや。全ては奴らの計画している『ナイトメアプロジェクト』に繋がっとるんや」
ナイトメアプロジェクト。それは表参道にある小学校の校庭で、夢魔の幹部、神林那由他が言っていた言葉だ。その言葉が気になっていた上条は、あの戦闘の最中、少しだけ暴くことに成功していた。
今現在、この場にいるのは上条、雫、西蓮寺、エリック、朝比奈の5名。上条は他の4名に対し、ナイトメアプロジェクトの詳細を語り始めた。
夢魔の代表である松岡千尋は、自身の持つ『魅了』の能力を使い、渋谷を中心にその勢力の拡大を推し進めてきた。
しかしどんな能力にも限界というものがある。そこで松岡は配下にあるクラウン、神林の『人寄せ』の能力、エリックの『パフューマー』の能力、そして攫われている『ALICE』嶋村唯の『インクリース』の能力を『魅了』の能力にかけ合わせ支配エリアの拡大を狙っているのだ。
「くそっ! 人の能力を、金儲けの道具にしようとしてたのか。とんでもない女だな!」
松岡に対し、怒りを露わにするエリック。その松岡はエリックの所属する『FAKE LOTUS』の大ファンだったはずなので、計画以前に不純な動機で攫おうとしている可能性もなくはない。まあ以前、渋谷モディの前でシマスカンクとコモドドラゴンの悪臭を嗅がされているので、さすがに懲りているかもしれないが。
「すぐにでも潰しに行こう。夢魔のアジトはどこにあるんだ?」
「丁度、今それを調べて貰っとるところや」
エリックに聞かれ、上条はそう答える。松岡の居場所は、今現在ここにいない佐藤みくるが『千里眼』の能力を使って捜してくれているところだ。
ポケットに収められたスマートフォンがピロンと音を立てる。
「言っとる側から、早速きよったで」
取り出したスマートフォンの画面に目を移す上条。しかし、着ていたメッセージはみくるからではなく、ブロックされていたはずの溝畑エレナからだった。




